少女の謎
なぞなぞの答えが気になって、あの笑顔の少女にもう一度会いたくて、彼女が描いた絵を見たくて、次の日、僕は渡された住所のところまで行った。
出会った駅から近い、歩いて5分ほどの場所にあったのは、この病院だった。
初めて来た時、受付で櫻庭ミナクの名前を出すと、少々驚いて、身分証明書を出すように言われる。
彼女の方から、医者と看護師には話がいっていたようで、確認が終わると、そのまま15階に連れられた。
その時はベッドに座っていた彼女が、僕を見て大はしゃぎし、僕も彼女も、医者にこっぴどく叱られた。
「きてくれたんだね!嬉しいっ!ありがとう!」
看護師が彼女を車椅子に乗せてくれて、初めてそれを押しながら、僕たちは屋上に向かった。
医者の休憩用兼患者の暇つぶし用のような、でもしっかりしたテラスには、芝生や植木など緑も多い。
車椅子は、思っていたよりもずっと軽かった。入院患者が着る患者衣から少しだけ見える腕も、首も、運動していない僕よりも細く、折れてしまいそう。いったい、この櫻庭ミナクとは、何者なのか。
「まあ、絵が見たかったし…」
顔が見たかった、というのは伏せておいた。会ったことが一回しかないのにそれを言うのは、すごく恥ずかしかった。
ちょうど街が一望できる位置に置いてあるベンチの横に車椅子を置いて、座る。
「光希くんにお礼ができなくて、ずっと心がすっきりしてなくてさ……。だから、来てくれてほんとよかった」
光希くん。彼女が僕の名前を呼ぶのは初めてだ。なんだか胸がざわざわする感じ。わざわざ〈くん〉をつけなくてもいいのに。
それに、
「名前で呼ばれるの、嫌いなんだ。できれば苗字で呼んで欲しいんだけど……」
僕は彼女と同じように、自分の名前があまり好きじゃない。みつきって、女子の名前に多いし。というか、男子で光希って僕くらいしかいないし。今までにあまりいい思い出がないのも確か。
小さい頃は女の子と間違えられてよく『みつきちゃん』と呼ばれ、美容院に髪を切りに行くと、なぜか『そんなに切っちゃって大丈夫?』とかわけのわからない心配をされ、小学校、いや、中学に上がってからも、いじめのような行為は止まらなかった。
自分にこんな名前をつけた親を責めているわけではない。
責めようと言ったって、僕の両親は、いないのだから。
「わかった、じゃあ神谷くん、ね!あ、私のことは、ミナクでいいよ。さんとか、ちゃんとかつけられるの、嫌いなんだ」
彼女は僕の口調を真似して言った。
思わず吹き出してしまった。
そのまま2人で笑った。
「今日、すごい晴れてて、暖かいね!小春日和だよ!病室からは全然空が見えないから、こられて良かったあ〜!」
周りの人や看護師が僕らを怪訝な目で見る。病院は静かにしなきゃいけませんよ、と。
でも彼らは同時に、ふふふっと笑う彼女のことを、優しく見守っているように見えた。
僕は小声で、思い切って質問してみた。
「ねえ、君はなんでこの病院にいるの?」
えっ、と驚いたミナクが振り向いた。
途端に笑いは途絶え、顔が暗くなる。
「それはね……」
何と答えようか、考え込んでいるようだった。
「ごめん、まだ、秘密」
僕に向けた顔は、笑顔ではなく泣き顔だった。
涙を隠すように下を向いて、でも隠しきれなくて、右手の袖で拭いながら言った。
「そうだ……絵だったね……。部屋……もどろっか……」
暗くなった雰囲気を戻そうと、話題を変えたミナクが隠しているもの。それが何なのか。とても気になった。
ただ足が悪くて車椅子なのなら、入院する必要も、ベッドに座る必要もないはずだ。きっと、もっと悪い病気を隠し持っているんだ。涙を流すほど重症の。
こんな綺麗なのに、ずっと病院にいるだなんてもったいない。早く治って欲しい。
彼女の病気がどんなものかなどつゆ知らずに、きっといつか治る、と信じていたこの時の僕はそんなことを思っていた。