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愛する人は桜色に  作者: Halka
君の笑顔は向日葵で
32/36

恐怖と怒り

(31話の前のお話です)

帰りの電車を待つ間、遠くで下校のチャイムが聞こえた。久しぶりに授業を静かに受けられた気がするのはなぜだろう。

そんなの、答えは決まっている。今日はあいつが話しかけてこなかったからだ。今日先生に呼ばれていたところ、名前は鈴宮(すずみや) 彩音(あやね)というらしい。いつもは隣の席から腕を突かれたり肩を叩かれたりとても騒がしくてほとんど授業に集中できていなかったのが、今日はそれが全く無かったのだ。そのおかげかいつもより授業時間が短く感じられた。しかし、なぜなのだろう。


「おい、神谷」

「……ん」


えっと、確かこの人は同じクラスの坂田上(さかたうえ) (りゅう)。バスケ部に入るような活発系で、男子からも女子からも人気のある、僕とは対照的な人という印象がある。


「お前さ、彩音のこと好きなの?」


いきなり何を言うかと思えば。


「まさか」

「即答かよ」


そりゃあ、クラス1の人気者男子が僕のような人とする話なんてそれくらいだろう。

坂田上は僕の答えにホッとしたようだった。彼は鈴宮彩音のことが好きなのだろう、少し暗い駅のホームでもわかるくらいに顔が赤いし、どこか恥ずかしそうな表情をしている。

でも、あの女子のどこがいいのだろう。しつこくてうるさくて迷惑なのに。

そこからは、電車が来るまでいたって普通の会話をした。


「神谷はさ、彼女いるの?」

「……まあ」

「へえ。だれ?」

「……君は知らないと思うし言っても意味ないと思う」

「そか」


僕が正直に答えた時、"なんでこいつが?"的な驚いた顔をされた。クラスの人から見たら僕はそんな印象なのだろう。地味で、他人に興味がなくて、いつも本ばかり読んでいる帰宅部の人。実際、そんなところか。


今日はいつもより早く学校を出たので、ミナクはまだ帰ってこないはずだ。この前、彼女が文芸部に入ったと聞いて驚いた。彼女が言うには、原因は僕らしい。僕は本については何もした記憶はないし、そこはよくわからなかったが、本に興味を持ってくれたと知って嬉しい。


「おーい、かーみんっ!!」


駅から家までの道で、今日初めて聞いた声。

それは、まさに僕の家の前から聞こえてきた。


「…は」

「かーみんの家ってここかぁ。立派だねえ」


なぜあいつ、鈴宮がここに。

背筋がこわばった。突然冷気と、変な汗が、体を流れていくのを感じた。


「後、つけたの?」


それしか考えられなかった。僕は住所非公開、電話番号すら教えていないし、SNSも全くやっていないから家の特定は不可能。だとしたら考えられる、この人でもできるのはそれだけだった。

ストーカー。


「うん、昨日ねー。だってかーみんが家教えてくれないんだもん」


鈴宮は当たり前のように、平然とそう答えた。怖い。今日全く話してこなかったと思えば、まさかこのために。怖い。足が震えだした。


「……帰れ」


こんな大事な時に、僕の喉から出た声はそれだけだった。


「えー、なんでよ。せっかく来たのにぃ」


なぜか残念そうに口を尖らせて言う鈴宮。


「帰れ」


もう一度強く、はっきり、睨みつけて言ってみても、


「……わかった、また来るね〜」


鈴宮には効果がないようだった。

彼女はいつものように軽く手を振って、僕が今きた駅の方向へ走って行った。朝見たときは一つにまとめていた髪が、今は下ろされていることに気づく。

一瞬ちらりと笑顔が見えた。ミナクのそれとはかけ離れた、細めた目とにんまりと開いた口。まるで、悪魔の顔。

警察にでも通報しようかと思った。彼女がまたここに来るようだったら、ただ来るだけじゃ済まなくなったら。もし、ミナクにまで危険が迫ったら。考えるだけで、どんどん体は冷えていった。

僕はそのまま、足から崩れて座り込んだ。初めて体験した恐怖に立ち向かえずに。


ブーッブーッ

着信音が鳴ってやっと我に返り、ふらふらしながら鍵を開けて家に入る。

恐る恐る見たそれは、なんでもない、ただの広告メールだった。

恐怖は消えない。

いつも鈴宮(あいつ)に監視されていたような、そんな感覚。


がちゃり


「__ひっ」


後ろでドアノブが回る音がした。

まさか、あいつではないか。いや、あいつはさっき駅の方へ走って行ったから、こんな短時間で戻ってくるはずない。


「ただいまー、あら光希! 何やってるのそんなところで」


聞きなれた落ち着いた声。叔母さんだった。


「ほら、通れないんだからさっさと奥行きなさいよ」

「……ごめんなさい」


壁に当てた手を支えにして重い体を起こす。

自分の部屋まで荷物を運ぼうとしたその時、すれ違ったおばさんが、静かに言った。


「……何かあったなら早めに言いなさいよ」

「……」


おばさんには、助けられたばかりな気がする。おばさんがいなければ今頃僕はミナクと一緒にいないし、そもそも生きていないし、毎日楽しく過ごすなんてことは絶対にできなかったはずだ。

だから、感謝しかない。

重そうなレジ袋を抱えて台所に入っていくその後ろ姿を見て、改めてそう思った。


「今日、何食べたい?僕が夕飯作るよ」

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