きつねと天ぷら
彼女は、なぜあんなにも美人なのか。
なぜ車椅子に乗っていたのか。
なぜあそこで桜の木の絵を描いていたのだろうか。
なぜまだ咲いていない花を__咲いてから書けばいいものを__書いていたのか。
彼女が最後に僕にくれたこの住所、家ではないのに住んでいる場所、というなぞなぞの答えは。
彼女に対する今の僕の気持ちとは、何なのだろうか。
彼女の笑顔を思い浮かべるたびに、これらの疑問が、ブランケットを吹き飛ばした風のように渦を巻いて出てくる。
「__つき、光希、大丈夫?」
育ての母、叔母さんだ。どうやら、今日は仕事を早く切り上げて帰ってきたらしい。
叔母さんが、具体的にどのような仕事をしているかは知らないが、前に、医療関係、と聞いたことがある。まあ、食べ盛りだった僕が満腹になるまで食べさせられるほどいい仕事なのだろう。
叔父さんは、ずっと海外で仕事をする、と言って、年に3回ほどしか帰ってこない。たまにふらっと帰ってきたと思ったら、すぐに別の国へ旅立ってしまうのだ。
おじさんの顔、どんな感じだったかな。必ず見たこともあるし、声も交わしたはずなのに、顔だけ思い出せないのはなぜだろう。今度写真を探してみようか。
「なに、ぼけーっとしてんのよ。寒いでしょう。はやく中に入りましょ?」
まだ叔母さんの声は遠い。
母さんや、父さんの写真はあるのかな。あるなら、見てみたい。
自分を育ててきた仮の母親、叔母さん曰く、両親は僕が生まれて1ヶ月ほどたったときに突然消えたそうだ。1人、病院でずっと泣いていた僕を。子供の生まれなかった叔母さんの家が、そのまま預かることにした、と。
僕に似ているのかな。なんでいなくなったのかな。その理由、叔母さんたちは知っているのかな。昔、それを聞いたら、2人とも知らない、と答えた。今でも、同じ答えが返ってくるだろうか。疑っているわけではないが、あの時、叔母さんの眉が少しつり上がったのを見たのだ。あれは、どんな意味だったのだろう。
「…………」
「ああ、もう!何考えてるかは知らないけど、受験がないからって油断して風邪引くんじゃないわよ。聞いてるの、光希?」
「……あ、ご、ごめん。大丈夫、聞いてる」
「そう。夕飯はきつねうどんと天ぷらうどん、どっちがいいかしら」
「……きつね」
「わかった。もうこれ以上、外でぼーっとしないでちょうだいね。おばちゃん、心配になっちゃうわ」
「……はい」
半分上の空で返事。
頭の中はさっきからずっと、彼女の笑顔。
正直、きつねでも天ぷらでもあんまり変わらないし。