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愛する人は桜色に  作者: Halka
愛する人は桜色に
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弱さの奥の強さ、強さの奥の弱さ

「星の降る夜ってどう?」


ミナクは部屋に来た僕にいきなり聞いてきた。


「え?どう……?」


星の降る夜は僕は見たことがない。テレビでならあるかもしれないが、家の庭から空を見上げると都会の空は明るいんだな、と思い出せる。前に一度だけ、プラネタリウムに行ったことがあったっけ。デジタルで映し出しているとはいえ見たことのない、普段見ることができない空を見ることができて感動したのを今でも覚えている。


「まあ、流れ星は綺麗だけど」

「んもうっ!そんな堅いこと聞いてるんじゃないの!言葉の響きだよ、響き!」

「あ、そ、そう。ま、まあいいんじゃない?でも、なんでそんなこといきなり聞くのさ」


ミナクはふふ、と笑って机の端に置いてあった一冊の本を差し出してきた。今日は調子がいいみたいで、手を少しだけ動かすことができる。


「じゃじゃーん!」

「……なにこれ」


それは僕の見たことない、今までこの部屋の本棚にもなかった本。表紙は青と紫の色鉛筆で丁寧に塗られていて、銀紙を星の形に切って貼られていたり、白いペンで流れ星が書いてある。

手作りだ。少し色が剥げたり紙がめくれているところから見ると、結構昔に作ったものみたいだ。

受け取って中をペラペラめくろうとした僕に、彼女は衝撃のこの本の正体を話した。


「お話書いてみたの」


思わずページをめくる手が止まる。


「お話?」

「そ。小説、物語、ストーリー」


何の心変わりだろう。今まで僕に会うまで本を読むのも好きじゃなかった彼女がいきなり本を書いた?


「へえ。どんな話?」


ミナクが考えるシナリオは何系の話なのか気になるし、読んでみたくもなる。手に本を持ちながらもミナクが話すのを待つ僕に、いつものようににっこり笑う彼女。


「登場人物はねえ」


「君だよ」


「……は?」


まだよくわかっていない僕。


「男子高校生が、偶然に出会った入院中の少女が書いた日記っていう設定なんだけど、どうかな?」


僕が主人公だなんて、最悪の物語になる気しかしないけど。


「いや、どうって言われても……」

「えーなんか感想ないわけー?せっかく教えてあげたのに。むう」


頬を膨らませて口を尖らせて不満そうに言う彼女。


「……てことは、入院中の少女って、君のこと、なんだよね?」

「うふふ」


彼女は少し間を空けて、なにか裏がありそうな笑いを浮かべた。これは、イエスととっていいのか、ノーなのか。


「で、なんでその話の題名が「星の降る夜」なのさ」


「1年前の2月、君と初めて出会った日。

あの日の夜ね、この病室から、星が見えたんだよ。すっごく綺麗で、輝いてて」


彼女はどこか懐かしむように笑って、ゆっくり話し出した。


「それからずっと見とれてたら、星が、降ったの。流れ星を見たんだ。キラッて光ったと思ったらいきなり、シュッ、て。擬音だけじゃわかんないか」

「…………」

「初めて見たんだよ、流れ星。感動しちゃて。ほら、最近、中も外も明るすぎて星を見たことなかったからさ。君と出会った日の、星の降る夜。物語の題名にぴったりだと思わない?」


「これ、読んでいい?」

「あ!ダメダメ!まだ読んじゃダメ!」


ミナクは首と手をぶんぶん横に振って言った。こういうときはわざと読んでやりたくなるけど、僕が主人公の話を僕自身で読むのは少し恥ずかしいからやめることにした。


「じゃあ、いつならいいの?」

「えーっと、いつか」

「なんだよそれ」


その必死そうな顔を見て、作者がいいよというまで、僕が読みたくなったときまで読むのはやめてあげようと思った僕であった。


「あ、忘れてた。今日は塾だからそろそろ帰らなきゃ」

「塾あるのに来てくれてたの?!嬉しい!」


動けるところだけ使って全力ではしゃごうとするミナクの手をベッドの上に下ろしてから部屋を出ようと思ってふと、立ち止まる。


「大好きだよ、ミナク」


そう囁くと、彼女は優しい瞳を濡らして思い切り笑う。


「うん!」


明るい、花が咲くように弾んだ声。これが失われると思うと涙が溢れる。


「僕のそばにいて、離れないでくれ。君が急に遠くに行ってしまったらって、考えて、怖くて仕方がないんだ」


足がすくんで座り込む。そんな僕を黙って見つめる彼女。


「ミナク、死なないで……」


頭に、なにか温かいものが乗った。


「ダメだよ、人はいつか死ぬもの。私は死ぬの」


それはミナクの手だった。ぽんぽん、と撫でられるままにする僕を、彼女はずっと優しく見つめる。


「君のいない世界なんて、生きる意味ないじゃないか」


涙の奥から絞り出した僕の声は彼女のそれとは程遠い掠れたものだった。泣き崩れる僕に全く文句を言わずに、ミナクは今度は首を、ゆっくりと横に振った。感情をすぐ表に出す僕なんかより強くて、美しいものをもつ彼女は、静かに口を動かした。


「私の生きれなかった世界は、どうなるんだろう。考えたことある?」

「……」

「きっと、私がいなくても、世界はそのままなんだよ。何も変わりはしない。だから、生きる意味だってあるよ、見つかるよ」


生きる意味。そんなもの、見つかる気がしない。彼女に嫌われた、ただそれだけで死のうとした弱い僕がこの目の前の少女より大きな存在を見つけられるはずがない。


「ダメなんだ、ミナクがいないと」

「私の分まで生きてやる、って言ったのは神谷くんじゃない」

「……」

「生きる意味、あるよ。私のために、生きてよ。私はずっと、待ってるから。いつまでも」

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