ふたりの人生、時間
「ねえ神谷くん、私ね、こんなの見つけたの」
そう言って彼女が取り出したのは一冊の本。差し出されたそれを受け取り、眺める僕。
「また新しい本か。『時間』?」
パラパラとページをめくって、本好きの僕も見たことのないものだとわかった。
「そう。なんかおばちゃんが買ってくれたみたいでさ、いつの間にか本棚にあったんだ」
彼女の本棚は僕が来るたびに本が増えている。普通の小説や、話題になったライトノベル、本屋大賞受賞作も置いてあるそこの、端っこの数冊。これは、ミナクが読む気をなくすような哲学書やらで、この『時間』はそのうちの一冊らしい。
「珍しい、読もうと思ったんだ、鉄書」
彼女は端っこの哲学書を、固い(お堅い)本として「鉄書」と呼んでいた。
「うん、ファンタジー系も飽きちゃったから、次のシリーズ出るまで鉄系も読んでみようかなー、と」
鉄書は、基本的に埃をかぶっている。でも、その『時間』という本は、ミナクの手の中で光っているように見えた。
「私、この中のひとつの言葉がすごく素敵だと思ったの」
ミナクはあらかじめ青い付箋をつけていたページを開けると、綺麗な声で読み始めた。
「『「一瞬」が積み重なって「1秒」になる。「1秒」が積み重なって「1時間」、「1時間」も積み重なって「1日」となる。「1日」は積み重なって「人生」となる。「人生」とは、そのような「時間」の積み重ねである』」
白い紙に黒いインクで書かれただけの文字が、彼女によって鮮やかに色づいた。
「私は自分の人生を生きたい。きっとこの病気も、人生の一部なんだよね」
彼女は今までに見せたことのないほど真剣な眼差しでそのページを見つめた。真剣だけど、悲しそうではない。いつものように目から光がなくなっていない。
「でも、この病気のおかげで神谷くんとも会えた。だから、君も私の人生の一部で、私は、この本が置いてあったみたいにほんの端っこでいいから、神谷くんの人生の一部分になれるように頑張りたいな、て」
ゆっくりと、言葉を選ぶように続けた。
僕も、ミナクの人生の一部。
そう言ってもらえて、とても嬉しかった。
だから、僕も言った。
「もう、なってるよ。僕の人生の一部、いや半分くらいにね」
ミナクがいなかったら僕は今ここにいない。それは、出会わなかったということではなく、この世界にいなかったかもしれないということ。
「ふふ、嬉しいな。じゃあ、私はこれからは人生の全部になれるように頑張るね」
彼女は口角を上げて言う。
「人生の、全部…」
「冗談、冗談。神谷くんったら、そんな真剣に考えないでよー」
あっはは、という笑い声を聞いていたら、僕も自然と笑えてきた。
思えば、心の底から笑えるようになったのも、ミナクに出会ってから。
彼女が自分の人生の全てだ、と胸を張って言えるようになろう、そう心に誓うことにした。
彼がそう誓った時、ミナクは気づかれないようにそっと呟いた。
「これからも、たっくさん一緒の時間を過ごして、人生をつくっていこうね、神谷くん」