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第1話 現状確認

 以前、何かの本か雑誌で仮想世界に入り現実のようにキャラクターを動かすVRゲームは、ゲームと現実の境界を曖昧にし、実生活に影響を及ぼすというようなことを書かれた記事を読んだことがある。


 それは、今の世界が現実なのかゲームの世界なのか分からなくなるという示唆でもあったのだろう。


 あの時は、そんなことないと思っていたけれど。


「さて、今、僕がいるこの世界はゲームか現実か」


 僕が先ほどまでしていたゲーム『幻想の宴』。自身の城を創り、他者と競うVRMMOのシミュレーションゲームである。

 戦いにおいては魔法があり、モンスターありのファンタジー系ではあったが、戦いの定石が覆るという点で多くのゲーマーを魅了していた。

 対人戦よりもモンスターを討伐している時間の方が長いため、RPGだと言う人もいるが、基本的には、それも対人戦のための準備であるから僕はシミュレーションゲームだと言う製作者側の考えを尊重したいところだ。


 僕が立っているこの場所は、そのゲームで見慣れた自身の城、そのものである。

 これだけであれば、ゲームか夢だと判断していただろう。


「カナデ様?」


 しかし、ゲームだと断じられない理由がこれだ。


 目の前には、僕が丹精込めて作ったキャラクターが僕の顔色を伺うかのようにこちらを見つめている。

 カナデというのは、僕の本名の白崎(しろさき)奏多(かなた)から奏の文字をとり、読みを対応させただけの安直なゲームで使用している名前であり、それ自体はこれがまるでゲームであることの証左のようである。


 『幻想の宴』は自由度が高いゲームであり、自身の城を守る兵もしくは、相手の城に攻め入る兵としての味方キャラを作ることができる。

 それも多くの設定を盛り込むことができるなど、その自由度は他のゲームと比べ群を抜いていた。

 しかし、それでもこれほどまでに人間くさい表情や動きはしなかった。


 現代のAI技術であれば、実現可能ではあるだろう。

 しかし、『幻想の宴』においては、それは不可能に近い。

 数万という人が好きに自分だけのキャラを複数作っているのだ。それに高度なAIを割り当てるなど、容量が足りないことは想像に難くない。


 目の前にいるのは僕が最初に作ったキャラであり、近衛兵としてよく傍に置いているお気に入りのキャラである。

 名前をシロツキといい、狐人と獣人種の中でも特殊なパラメータを持つ種族である。

 容姿にもこだわり、名前に合った白銀の髪に白い肌、銀色の瞳をしている。服装は着物に羽織という和服を着ており刀を帯刀しているため、狐の特徴と神聖さと武士のような凛々しさも兼ね備えている。

 尻尾や耳はふさふさしており、可愛らしくピコピコと耳がゆらゆらと尻尾が動いているため触りたい衝動に駆られるが、そこは状況を考え自制心を総動員させ行動には移さないようにする。


 そして、ゲームではないのではないかと疑うもう一つの理由、それが次のこれである。


「メニューオープン」


 ゲームであれば、当然の仕様として存在しているメニュー画面。それが起動コマンドに一切の反応を示さないのである。メニューの中にはステータスやマップの確認、また重要なログアウトなどの機能が存在している。

 ゲームとしてログアウトなどができないのは、メニューが開かないといったこと以上の致命的な欠陥であり、そのため、メニュー以外にも複数のログアウトの手段も存在しているのだが、そのいくつかを何度か試してもどれもログアウトすることはできなかった。


 メニューが開かないことは何度か確認しており、分かっていたことなので軽く息を吐き出し思考を次に進める。


 更に、これはゲームか現実かを見分ける材料ではないが、現状における問題が一つ。


「シロツキ。ここはどこかな?」


 僕は信じたくない思いを込めつつ、人と変わらない行動をするようになった頼もしき味方へと問う。


「玉座の間です」


 確かに、この場所は玉座の間である。

 ゲーム当初から存在している部屋の一つだが、椅子やその他細かいところを自分好みに変更しており、また、ゲームの多くの時間をこの場所で過ごした思い出深い場所でもある。


 そして、聞きたかったのはそんな分かり切った答えではない。


 もしかしたら、シロツキも信じたくはなく、返答を渋っているのかもしれないが。


「質問し直すね。僕らの城があるこの場所はどこ?」


 これも見れば分かる答えと言えば、その通りではあるが、もしかしたら僕が知りえない情報をくれるかもしれない。微かな期待をしつつシロツキに問う。


「海の上でしょうか」


 そう、周りは城の外は海が広がっていた。

 外に出れば潮の香りがすると言えば、風情あるが他の陸とつながっていないなど、海上での行動を想定していないこの城において、最悪とも言えるだろう。


「さて、どうしようか」


 シロツキからは僕の知らない情報は出て来なかったが、海にいることは僕の勘違いでないことが確認できた。


 現実であろうとゲームであろうと状況の確認は最優先であろう。


 先ほどまで少し城内を見たときは周囲とログアウトできるはずだった場所を軽く確認しただけなので、詳しいことは全然把握できていない。


「シロツキ、鏡って持ってる?」


 最初は自分の確認をすべきだろう。

 作られたとは思えないほどリアルな見慣れた(・・・・)手なんかを見ると、少し不安になる。


「取って来ましょうか?」

「いや、いいよ。短刀を貸してくれる?」

「はい」


 シロツキは快く了承し、短刀を差し出してくる。差し出された短刀は匕首と呼ばれる鍔のない種類のものだ。

 僕は短刀を鞘から抜き、刃を鏡代わりにして自身の姿を確認する。


 そこに写っていたのは、見慣れた自身の顔であった。

 そう、見慣れている。ゲームでは鏡なんかで自分の顔を確認することも少ないが、現実であれば毎日見ている。


 そう、写っていたのは、現実の自分の顔であった。


 これで、この世界がゲームである可能性が更に下がった。


「シロツキ、よく僕がカナデって分かったね」

「? カナデ様はカナデ様ですから」

「こんなにも違うのに?」


 ゲームの自分は、正直理想だ。VRゲームという特性から、現実との誤差が生活の支障になると体格はいじれなかったけれど、顔の形、髪の色、目の色、現実と違い、自意識過剰でもなくイケメンと言える造形であったものだ。


 そして、今の、現実の自分は、体格と相まって幼い。日本人は童顔で幼く見えると言われるけれど、僕はそれが顕著に表れていると言ってもいい。大学生なのに、たまに中学生に間違えられることすらあるほどだ。


 さて、自己嫌悪はこのくらいにして、話を戻そう。


 さきほどの僕の質問にシロツキがどう答えるかで僕が作ったキャラがどのような認識をしているのかが把握できる。


「何がですか?」


 僕の疑問に疑問で返す。ということは、シロツキはカナデという僕が作った僕の顔をこの顔で認識しているということだろう。他のキャラもどうなのかということは、追々確認しておけば良いだろう。


「カナデ様は、いつも通り凛々しさと格好良さ、それに可愛らしさを兼ね備えた素晴らしいお姿ですが」


 シロツキが誉め言葉として言った台詞だというのは分かる。だが、可愛いは余計だろうとは思わずにはいられない。たまに女の子に間違えられることもあるが何一つ嬉しくはない。

 それも不思議そうに首を傾げながら言ってくるので、可愛いのはお前だと言ってやりたくなる。とてもそんな言葉は口から出てこないが。


「まあ、大体理解できた。次の確認だ」


 メニューが開かなくなっている今、ゲームとして使用していたスキルは使用できるのか。

 このことは、早々に確認すべきだろう。

 もしも、スキルが使用できないとなれば、僕の力は半減では済まない。それは、ステータスがゲームのときのものであったとしてもだ。

 なぜなら、僕のゲーム時のキャラは魔導士であったからだ。当然、現実には魔法などなく、それらを使うためにはスキルが必要となる。


 さて、お試しとしては【魔力操作】がいいだろう。


 魔力と言う不思議なエネルギーの操作。ゲームでは自然に使っていたが、意識をして操作するとなると不思議な気持ちになってくる。

 さて、使えるのか。


 結果として、意気込みが嘘かのように普通に使えた。

 それこそ息をするかのごとく自然に。ゲームのときのように、魔力がこちらの意思を汲んでくれているかのように自由に動かせる。


 さて、これでこの世界に魔力があることと、ゲームのスキルが使用できることが分かった。


 では、次にゲーム時代ではできなかったことを確認すべきだろう。そのためにもスキルの確認で魔力操作を選んだのだから。


 試すのはゲームのとき自分が使えなかったスキルを使えるかの確認だ。使用するスキルは、【魔力撃】と呼ばれる武器に魔力を纏わせることで攻撃力や攻撃範囲を向上させるスキルだ。


 僕自身が取得しておらず、ゲーム時代に魔力操作の延長で試したことはあったが、使えなかったスキルだが、今はどうだろうか。


 魔力をシロツキから借りた短刀に流すように操る。

 すると、魔力は短刀に浸透していき、すぐにあふれるかのように短刀を覆っていく。

 前はここまでできなかったことを考えると、魔力操作の延長で魔力撃を使えると捉えても良さそうだ。


 さて、次の確認だ。


 僕は魔力を纏った短刀を自分の腕に振り抜いた。


 ゲームでは自陣に対する攻撃は範囲攻撃魔法などの一部を除き、フレンドリーファイアはない仕様であった。当然、自傷行為などできはしなかった。

 その確認は、使えなかった魔力撃ができた時点でできると考えるのが自然であるが、実際に確かめるという考えもあった。そして、何より夢である可能性を消すために最も効果的だと考えたのだ。


 結果は、飛び散った赤い血が、血の匂いが、何よりも焼けるような腕の痛みが物語ってくれた。


「ああああぁぁあぁぁぁ!!」


 叫ばずにはいられなかった。これほどの痛みを味わうのはいつ以来だろうか。

 いや、流石に腕を切ったことはあっても斬ったことはなかった。


 短刀は既に僕の手から離れて床に落ちており、握っていた手で斬った箇所を押さえる。当然、手で押さえた程度で血は止まらない。

 水とは違うどろりとした液体の感触が僕の手に不快感をもたらすが、そんなこと気にならないほどに痛い。


 ゲームではないのではないかという考えがありながら、どこか頭の片隅で現実味がない現状に夢やゲームだと思っていたのだろう。そのことが愚かな行動をさほど躊躇わずに実行できてしまった。

 自分の愚かしさを呪いたくなる。


 痛ければ、回復魔法を使えば良いと考えていたが、痛さによって魔法を使えるような状態ではない。


「何をしているんですか!」


 シロツキが叫びながら、傷口に緑色の液体の何かをかけてくる。

 すると、すぐに痛みが引いていく。傷口は傷跡もなく塞がっている。


「………ポーションか」


 かけられた液体はポーションであったのだろう。シロツキには回復魔法は使えないし、緑色の液体も既視感があった。


「シロツキ、ありがとう」


「カナデ様、このようなことはお止め下さい! 試し斬りであれば巻藁など相応のものを準備します! 何でしたら、私を斬っていただいても構いません! なので、ご自身を傷つける真似はお止め下さい!」

「………お前を斬るつもりはないけど」


 シロツキに矢継ぎ早に怒られた。いや、内容は所々おかしい気もするが、心配そうな表情をされて怒られると何とも言い訳もしづらい。


 シロツキの設定は、冷静で従順なキャラにしたはずだ。

 冷静って言うには感情が昂ぶりすぎだし、従順ってこういうことだったけ? と疑問を抱くほどだ。


「ごめんね」


 我ながら軽い謝罪だと思う。

 しかし、これ以上の謝罪をする気にはなれなかった。


 心配をかけたことは僕が悪いし、愚かだったとも思う。だが、確認という目的だけを考えたら間違ってなかったとも考えてしまう。つまるところ、大して反省はしていないわけだ。

 もっと言うと、僕という人間がこれからも必要性さえ感じれば似たようなことをするということを自覚している。誠意ある謝罪というのは、自身の過ちを認め、今後同じようなことをしないと誓うことである。僕には、前者はともかく、後者はできない。


 さて、気持ちを切り替えよう。


 確認すべきことはまだまだあるのだ。

 例え、シロツキがまだ不満気に涙目でかつ無言で睨んでいて、気まずい雰囲気が漂っていても確認すべきことは、早急に確認しなければならない。

 ただ、この空気もどうにかしなければならないが。


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