09.学校にて
「カナおいーっす!」
「おはよー」
そんなこんなで学校に到着。
いつも余裕をもって登校しているので、食パンを咥えながら遅刻ギリギリで転校生と衝突するようなこともない。
まぁ、お母さんが毎朝起こそうとしてくれるお陰で遅刻なんてするわけがないんだけど。
私は自分の席に向かうと、前の席にいる少人数制(以下略)の友人の1人と挨拶を交わす。
あ、ちなみに、私はみんなから「カナ」と呼ばれている。
最初は「かんな」だったはずなんだけど、いつのまにか「かーな」になり、気づけば「カナ」になっていましたまる。
当の本人はあだ名の一種だと思っていて、特に気にしておりませんのであしからず。
そして、先程まで一緒に登校していたマリンとは、同じクラスなものの席が離れてしまっているため、一旦お別れ。向こうは別のクラスメートと談笑中だ。
「なぁなぁ、ところでどこまで進んだ?」
「それを聞くってことは、まさかミカも……」
「もち、エリアボス倒したぜ!」
このニカッとした笑顔でピースサインをするこの子の名前は冴木美嘉。言葉遣いに少々乱暴なところはあるが、その長身とボーイッシュな見た目が相まって人気がある。主に女子から。
バレンタインデーの時なんて、妙にそわそわしている男子を尻目に、おい一体いくつもらうんだこのやろう、という勢いで女子からのチョコを総ざらいしていた。ミカが会社ならまず間違いなく独占禁止法に引っかかっていたことだろう。
運動神経がよく、バレー部の主将をしていて、言動は豪快なのに、気配りができて、面倒見がよく、厳しい練習の合間に見せるたまの優しさに皆、コロッといくらしい。
そして、当の本人は無自覚ときたもんだ。
と、まるで、一部の特殊な女性誌から抜け出してきたような人物がこのミカなのである。
「いいなー」
「あれ? まさか参加しなかったのか?」
「店の手伝いでねー」
「あーそりゃ仕方ねーなー! まぁ元気出せよ!」
「ちょ、痛い痛い!」
席に向かって項垂れる私の背中をバシバシと叩くミカはきっと自分がエースアタッカーである自覚がないのだろう。
「にしても……」
「ん?」
私は机で重ねた両腕の上に顎を乗せながらミカの声に反応し、見上げる。
「『Free』みんな割りとやってるんだなぁ」
「へぇ?」
ミカにそう言われて耳を澄ませると、確かにそこかしこで『Free』の話題が挙がっているようであった。
「昨日の祭り楽しかったねー!」「ねぇ!」「俺先頭付近でいたけどみんなのテンションやばかった!」「そういうお前は?」「実は俺も――」
まぁ話題はやっぱり、エリアボス討伐だよね。いいなぁ。私も参加したかったなぁ。
と、私がさらに乗り遅れた感に打ちのめされていると、それとは別の話題も耳に入ってきた。
「格好よかった!」「そう? 私はなんだかキザに見えたなぁ」「でも似合ってたじゃん!」「それは言える」
……なんの話なんだろ?
「ねぇミカ」
「ん?」
「祭り以外でなんか他に大きな話題でもあったの?」
「なんで?」
「いや、さっきあそこら辺でキザがどうとかって……」
「それはねぇ~」
「うわっ! もうマリン~!」
マリンが気配を消してまた後ろから急に話しかけてくる。いつものことだけど、一向に慣れる気がしない。
そして、ミカもマリンの接近に気づいていたはずなのに何も言わない。これもいつものこと。もう諦めた。
「たぶんこの動画のことだよ~」
マリンがスマホで見せてくれたのは、広場の映像だった。
中央には大きな女性の像。
私が転送された場所だ。すぐログアウトしちゃった場所でもある。
その映像の中央には……あれ? これって……
「あーこれかー! オレも見た見た!」
ミカも覗き込むように身を乗り出す。
私達3人は顔を寄せ合いながら、スマホの画面を凝視する。
そこには、黒と白のグラデーションの髪をした、スラッとしたスタイルの女性が映っている。
……間違いない。私だ。
でもなんで? ここで何かあったっけ?
たしかこのあと、すぐにログアウトしたような?
その直後に何か起こったのだろうか? だとしたらつくづく運が悪い。
祭りといいこれといい、とことんイベントごとに関われないとは。
映像には依然、私が映っていた。
「この人、サマになってるよねー」
「だなー」
「……へ?」
「ほら、もうすぐだよ」
その映像の女性は、ニヒルな笑みを浮かべながら、おもむろに像に向かって、自身の親指だけを立てた右手を、首元の高さで切るように左から右へ。さらにそこから下に降ろした直後に姿を消した。
客観的に見て自覚する。
これあれだ。外国人が悪態をつくときにやるやつだ……。
「まさか、初日で町のシンボルに喧嘩ふっかけるなんてこいつやるなー」
「ね? サマになってるでしょ!」
ミカがうんうんと頷き、マリンが笑顔で私に同意を求めてくる。
……ち、違うんや! これは単にメニューを開いてログアウトしただけなんや!
まさか、親指でメニューを開いとる動作がそう見えるやなんて思いもせんかったんやでー!
私はあまりの動揺のため、エセ関西弁で弁解してしまっていた。
だが、心の中でいくら言い繕ってもみんなには聞こえない。実際に口にせねば。
「あ……え……いや……その……」
「ん? カナどうしたの?」
「汗凄いけどどした? 保健室行くか?」
「あ、その……えっと……じ、実は……」
私は言葉を絞り出すように紡いでいく。
「これ……私……なん……で……す」
「「……え?」」
私はその消え入りそうな言葉と共に、机に突っ伏したのだった。
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