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49.変態

「痛いっ!」


「止まりなさいと何度言ったらわかるんですの!」


「うぅ……だって……」


「だってもヘチマもありませんわ! そもそも、私達のあの盟約をお忘れですの!? みっともないったらありませんことよ!」


 私達が、まさに変態を体現したような行動を遺憾なく発揮する眼の前の人物に戸惑っていると、後から追ってきた金髪クルクルパーマのいかにもお嬢様らしき人に頭を叩かれ、引き剥がされ、さらに説教をされていた。

 その様子の状況にもついていけず呆然と見つめる私達。


 一体、本当になんだというのだろう。戸惑いしかない。

 っていうか、すでにみっともないとかそういう次元の話ではないような気がするんだけど……

 異性なら確実にお縄案件だし、たとえ同性だとしても、シズクの今後の動向次第ではそれと変わらないような目に合うことは明白であった。


 この世界ではアカウント剥奪、いわゆる『垢BAN』というものはあれど、アカウント停止という措置はない。

 ただ、じゃあやりたい放題かというと決してそういうわけではなく、それに変わる罰は存在する。

 それが、『投獄』というシステムだ。

 その名の通り、街の衛兵によって一定期間、牢屋へと入れられてしまうのだ。

 そうなるともうプレイヤーは何もすることがてきず、ただただ、牢屋の中でじっとするだけの日々を過ごすことになる。

 幸いログアウトしていても、投獄期間は経過していくので、その間ずっとログインしている必要はないのだが、こうなるともうアカウント停止となんら変わらない措置とも言えるわけで。

 極力この世界内で処理したいという運営の意図が見え隠れしているシステムとなっていた。


 ちなみに、投獄期間の長さは罪の重さによって異なる。

 具体的には、PKであっても初犯であればリアル時間で3日、それ以降は捕まるごとに罪は重くなり、あわせて勾留期間も長くなっていくとのこと。

 個人的には重い措置だと思う。特にサービス開始して間もない現段階では。


 とはいえ、このシステムには大きな穴がある。

 それは、捕まらなければ処罰されることもない、ということだ。

 つまり、主に町の外を主な活動拠点とするPKにとっては、はたして抑止力になっているのかどうか、甚だ疑問だったり。

 まぁ町の店舗やギルドなどの施設をほぼ使えなくなると思えば、それなりの効果はあると思うのだけど。


 ちなみに、PKをすると一定期間顔に特殊な紋様が表示されるらしい。

 具体的には顔の半面を覆うアザのような紋様が浮かび上がるとのこと。

 『忘備録』にその画像がアップされていたのだけど、なんだか抽象化した炎をかたどったような……そんな形の紋様だった。

 そして、PKを行えば行うほど、その紋様は濃く、そして長く刻まれ続けるらしい。

 それを見て危険度を判断してくださいとも『忘備録』には書いてあったんだけど……

 普通に考えて、PKなんてことをするプレイヤーは顔なんて出さないよなぁ……なんて思ったり。

 ただ、ひとつの目安にはなるだろう。

 たとえば、顔を何かで覆っていたりして隠しているような者はプレイヤーとこの世界の住人、どちらからも大いに警戒される……とかね。

 まぁどちらにしろ私も気をつけないと。


 そういう意味では、目の前の変態は顔を全面に晒しているので、少なくともPKである心配をする必要はないのだけど。


「シズク、どうするの?」


「ん? 何がだ?」


「何がって……がっつり抱きつかれたわけだから、たぶん衛兵に言えばそれなりの措置をしてくれるとは思うよ? 今だってほら……」


 私が指を差したところには怪訝そうな顔でこちらを見つめる衛兵達がいた。

 そりゃそうだよね。だってここ、東門だし。門番的な衛兵がいるのは当然だ。


「そ、そんな!? 私はただお姉さまに会いたくて会いたくて……そして触れたくて!」


「最後が余計だと言っているんですのよ!」


「痛いっ!」


 変態は私達の会話をどうやら聞いていたらしく、シズクに向かって悲しそうな表情で今の気持ちを伝えてくる。と、同時に両手をワキワキとしながら、ジリジリとシズクへと近づ……こうとして、金髪お嬢様に再度力ずくそれを制止されていた。

 うん、まったく懲りてないね。

 私的には情状酌量の余地はないんだけど……


「ん~……」


 シズクは何か考えているのか、顎に片手を添え空へと視線を固定させたまま、その場から動かない。

 一体どうしたというのだろう。


 ただ、この状況は以前どこかで見たような……?

 たしか、入学式が終わってみんな初対面の状態で教室に入った時だったかな?

 誰に声をかけようか? 友達になれるのかな? みたいな、思惑が交差して、教室内に変な緊張感が漂ってたんだよね。

 私はその雰囲気に耐えきれず、知り合いだったマリンとミカとばかり喋ってたんだけど……思えばあそこが分岐点だったのかなぁ……あの時、勇気をだしてもう少しみんなと話していれば……もっと親しくなれたかもしれないのに……ああ、でもそもそもそんなことができるのなら、こんなに悩んでなんていないのか……はぁ~……

 って違う! 今はそんなことで凹んでいる時じゃない!

 あの時、たしかミカがクラスメートに話しかけられたんだっけ?

 で、その時に……そうだ! 思い出した! このままじゃまずい! ミカ……いや、シズクを止めないと!


 私がその結論に至った時には、すべてが手遅れだった。


 シズクはツカツカと変態に近づき、そして……


「今回は見逃すけど今度から気をつけるんだぞ」


 ――ポンポンッ。


 変態の頭を2度、優しく触りながら諭すように話しかけていた。


「……へっ?」


 変態はどうやら状況を理解できていないらしい。だがそれも束の間。自身の頭にシズクの手が触れたのを認識した途端……


 ――ボンッ!


「ひょ……ひょぼ!?」


 奇声をあげながら耳まで真っ赤に染め変態は後ずさる。そりゃそうだろう。好意を持っていた人間からのいきなりの頭ポンポンなのだ。

 しかも、相手はあのシズク。おそらく、瞬殺だろう。

 あまりの状況に変態は何も言い出せない。

 たぶん、今起こった出来事にいっぱいいっぱいで、シズクが言った忠告なんて聞こえてないんだろうなぁ。

 私の想像通り、変態はアワアワと動揺したまま何の意思表示もできていない。


 そして、そのことがさらなる悲劇へと繋がる。

 シズクがおもむろに変態の顎へと手を添え、そして……軽く持ち上げた。

 おそらく、シズクは身長差のある変態の顔をよく見えるようにしただけなのだろうけど……どうみてもそれは巷で言ういわゆる『顎クイ』以外の何者でもなかった。


「なんだ? よく見りゃ顔が真っ赤じゃないか。風邪引いてるならゲームなんてせずに休んだ方がいいぞ?」


「……はえ?」


 そして、その状態のまま今度は自身のおでこを変態のおでこへと……そっと触れ合わせた。


「ほらやっぱり。熱々じゃねぇか」


「……」


 最後はその状態の体勢から流れるような動きで、変態の耳元へと顔を移し……


「ゲームなんてやってねぇで、ちゃんと寝るんだぞ? わかったか?」


「は……はぴぃ……」


 コソッと何かを呟いているようであった。


「シ、シズク!」


「ん? どしたんだ?」


「も、もう止めてあげて! 変態のHPはもうゼロよ!」


「なんだそりゃ?」


 最後は聞かないでもわかる。おそらく、変態を気遣う一言を添えたのだろう。

 頭ポンポンからの顎クイからの耳ボソなんてコンボ……今時の少女漫画ですら見たことないよ!


「はわ……はわわわわ……」


 ああ! 変態の足腰はもうズタズタだ!

 ガクガクしたかと思えば、そのまま地面へペタンと女の子座り。そのまま、顔を両手で覆って動かなくなってしまった。

 ときおり、唸るような呻くような声が手の隙間から聞こえてくる。人はそれを嗚咽と言うのかもしれない。


 一緒だった。

 あの時も、同じようなことが教室内で行われ1人のいたいけな女子が、ミカの虜……を通り越して信者となってしまったのだ。

 その子は幸い別のクラスの子だったので、今はいい距離感を保てているみたいだけど。

 その状況は様子を見ていた周囲の女子にも少なからず影響を及ぼしたようで……その後が大変だった。

 『ミカ様ミカ様……』と、休み時間毎にミカのもとへ大挙して押しかけてくるのだ。

 休みも何もあったものじゃなかった。

 結局それ以降、誰も彼もがミカを追い求める(ただし同性のみ)という意味で『ミカの大飢饉』と後に呼ばれることになったその騒動は、結局夏休みが始まるまで収束することはなかった。

 いや、正確には夏休みがあったお陰で教室に行くことがなくなったので、教室内ではその現象を見ることがなくなったというだけで、その後も続いている。

 ただ、さすがに夏休みが終わる頃には、皆、丁度いい距離感を認識し落ち着いているというだけだ。


 私は嗚咽を超え、とうとう泣き崩れてしまった変態を見ながら、そんな想い出に浸っていた。

 その後に起きるであろう現実から全力で目を背けながら。




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