39.4日目
「こう?」
「ん~もう少し腕を上げる感じかな?」
「こんな感じ?」
「そうそう、そんな感じで。で、足はもう少し――」
私達は、【ニューディール平原】から東にしばらく行くとある【ニューディール森林】との丁度境目あたりにいた。
といっても、単純に人目の付かない場所を探していたらここに辿り着いただけなのだけど。
どうやらこの【ニューディール森林】、歩きにくいはモンスターに奇襲されやすいはで、あまり人気スポットではないらしい。
プレイヤーのほとんどはこことは真逆の西にある比較的視界の開けて戦いやすい【ニューディール高原】か、もしくは、北にあるこの先に新たな街があるのではと噂の【ニューディール街道】に集中しているのだとか。
まぁβ時代はあったという話だから、おそらくあるのだろう。
じゃないと、噂程度でそんなに人が集まるとも思えないし。
私もいつか行ってみたいと思っている場所の1つだったりする。
ちなみに、南側にある【ニューディール山】も【ニューディール森林】同様、不人気な場所だ。
ただし、こちらは少々【ニューディール森林】とは不人気の事情が違うようで。
このゲームは、ギルドから依頼を受けるか、ギルドや冒険者にモンスター素材を売るというのが、現状の主な金策方法になっている。
もちろん、何をするのも『自由』なのだから、他にもその方法は多数存在する。
たとえば、この世界の住人の頼み事をこなしたりだとか、アイテムを作ったりだとか、絵を描いたりだとか。少し特殊なものでいうと、土地を転がしたり、お金を貸し付けたり等々。本当に様々だ。
ただ、そういういわゆる『運』や『特技』が必要な部類の金策を除けば、この2つの方法に集約されるというわけだ。
で、【ニューディール山】はそのメインとなる金策の1つである素材が壊滅的にダメなんだとか。
どれくらいダメかというと、比較的冒険者に優しいとされるギルドですら、ほぼタダ同然の買取価格とのこと。
過疎るのも当然だろう。
少し気になったので【ニューディール山】のモンスター事情を調べてみると、やれ土でできたゴーレムやら、やれ30センチくらいの大きさの蟻の軍団やら、やれ泥でできた何かやら……一見して碌な素材ではないことがわかる者ばかりだった。
サービス初日に、虹色に輝く小さな鳥を見たという噂もあるみたいだが、真偽の程は未だたしかでないらしい。
なので、現在では混むのが嫌な者や、何もないのだから何かあるのでは? と、逆張りする者、エリアボスだけを延々と探す者など……少々奇特と呼ばれる人達が集まる場所になっているのだそうだ。
世の中には変わった人達もいるもんだなぁと、その時は思ったもんだけど、よく考えたら、私達も場所こそ違えど、冒険者達が寄り付かないところに来ていることに変わりはないわけで。
同類ではないと信じたい。
違うよね? うん、違う違う。
だって、私達にはここに来る歴とした理由があるのだから!
では、そんなところで一体何をしているのかというと……
「おお、できた!」
「アクアやったね! おめでとう!」
「なんでそんな簡単にできんだよ……」
「そりゃ、カノンの教えがいいからだよー」
「納得いかねー!」
ご想像通り、先日取得した魔法の練習である。
私達は、『忘備録』に記載されている魔法制御の動きを動画で確認しながら、各々練習に励んでいたのだった。
昨日、私と別れたあと、どうやら2人で練習していたらしいのだが……あまり上手くいかなかったらしい。
で、そうそうに諦めて本日私が2人にコーチングという形で指導している真っ最中なのだ。
なにせ、動画とどう動きが違うのか私にとっては一目瞭然だ。
自分で言うのもおこがましいが、適任だと思っている。
まぁこれだけなら別に人目のある街の近くでやってもよかったんだけど、私達には決して他人に見つかってはいけない秘密を各々所持しているからね。
どうせなら、それも試そうと遠路はるばるここまで来たというわけなのだ。
コーチングを始めてしばらく、頭角を現しだしたのがバレー部主将で運動神経抜群のシズク……ではなくアクアだった。
なんとアクアは1度覚えた動きを忘れることはなかった。なんたる記憶力!
そして、私の指摘を受けながらどんどんと動きが精錬されていき……今では動画にある動きはほぼ完璧な状態に。
まだ、1時間くらいしか練習していないのに……
もちろん、動き自体には多少の誤差はある。
ただ、それを言ってしまうとじゃあ動画の動きは完璧なのかという話になるわけで。
要は、ちゃんと魔法が制御できる動きであることが重要なだけで、そこにミリ単位の正確さは必要ないのだ。
私がしたのはせいぜいセンチ単位の誤差修正だ。まぁそれで制御できたりできなかったりするのだから、シビアといえばシビアなのかもしれないけど。
正直、小さい頃からお母さんと遊んでいた私にはわからない感覚だったりするんだけどね。
センチなんてずれようもんなら、私はきっとその日は一日中落ち込んでいたことだろう。
と、こんな感じで偉そうに言ってる私ではあるのだけど、じゃあ魔法制御が得意なのかと聞かれれば笑顔で目を逸らす他なかった。
動きに関してはそれこそミリ単位もズレることなく完璧にマネられはするんたけど……いかんせん魔法制御の種類が多すぎて多すぎて。現在は若干混乱の渦中にいたりする。
全部を覚える……ましてやそれらを複合するのはなかなかに難しい。
たとえ今できたとしても、実践で使えるかどうかと聞かれれば……記憶力と応用力が乏しい私には難しいとしか言えなかった。
まぁ今すぐどうこうできるとも思っていなかったんだけどね。
とりあえずは、基本的なことだけを覚えてそれを使いこなせるようにするのを私の当面の目標とした。
「あー今日はもうやめ! これ以上やるとストレスでハゲそうだ!」
「フフッ。シズクお疲れー」
あ、シズクはどうやらギブアップみたいだ。
こういう細々とした動きの修正は相当苦手みたいだね。まぁらしいといえばらしいんだけど。
私もシズクにはハゲてほしくないので無理強いはしない。
「ところで、カノンはさっきから何やってんだ?」
「ん~……復習……かな?」
「くるくる回るのがか?」
「そう。忘れないようにと思ってね」
「ずっとやってるのに忘れるもんなのか?」
「あ~この前のとは少し違うからねぇ」
「ほ~同じように見えるんだけどなぁ」
「フフッ、まぁ見てて。これが今までので……こっちが新しいやつ! ほっ!」
「おおーなんだか早い気がする!」
「でしょー?」
私は私で魔法に関しては一旦置いといて、ログインする前にお母さんから教わった【宛転】の復習に励んでいた。
この動きは本当に凄い。
なんせ、今までよりもさらにスムーズに体重移動を可能としているのだから。
そして、今は復習を終え、様々な動きにこの【宛転】を適用させているところだった。
うんうん。動く! 動くぞ!
まるでうなぎになったようだ!
ぬるぬるだぬるぬる!
……たとえがあまりよくない気がするけど……ま、いっか!
こうして私が嬉しくてうねうねしていると……
「こうして、こうして、こうかな?」
「「おお!」」
アクアは早くも次の段階へと進んでいるようだった。
つまりは、魔法の複合制御だ。
うわっ! 放たれた魔法が途中から二股に別れてる!
そんなこともできるんだね。
一体何を複合させたのやら。
っていうか、本当に全部覚えているんだなぁ……その記憶力、少しでいいから私に分けてください!
「そしたら次は……」
「え? だ、大丈夫なの!?」
「たぶん大丈夫だよー」
そして、本日のクライマックス。
アレの出番だ。
アクアの右手には水の塊がぷかぷか浮いており、もう一方の左手には風が渦巻いていた。
そう。これがアクアが例の【美女屋】でもらったプレゼントスキル、【混合】だ。
ちなみに【水魔法】と【風魔法】は普通に購入したスキルになる。
【混合】スキルはいわゆる【魔法関連】スキルと言われる奴で、別種の魔法同士を混ぜ合わせることができるらしい。
そして、その副次的効果で、左右の手で別々の魔法を出現させることもできるという、なんともチートくさいスキルでもあった。
一応混ぜ合わせる魔法にも相性があるらしく、すべてがすべて混合できるというものでもないみたいなのだが、その中でも【水魔法】と【風魔法】は比較的相性のよい部類に入る組み合わせとのこと。
アクアは両手を合わせてそれら2つを【混合】すると、勢い良く両手を前に突き出した。
すると、どうだろう。
アクアの手から放たれた水流は、風の力で螺旋状に変化し、さらに勢いを増したものへ。そのまま真っすぐに平原をしばらく突き進んだあと、ここから約50メートルほど離れてた森林に生えている木に衝突し、大きく幹を抉り取るとそのまま霧散した。
被害を受けた木は自重に耐えきれずパキパキと音を鳴らし、最後はそのまま平原側へと倒れる結果に。
同時に辺りに響き渡る轟音。
「できた!」
「か、かっけぇ……」
「うへぇ……」
当の本人は初めての【混合魔法】に大喜びだ。
一方の私とシズクは、それを呆然と眺めるしかなかった。
なんちゅう威力だ。
通常の【水魔法】とは勢いも速度も段違いだ。
しかも、これだけの威力を保ちながら、精神力は単純に【水魔法】と【風魔法】を1発づつ放った時くらいの消耗しかしていないというのだから。
このことからも、いかに【混合】が優れたスキルなのかというのがわかるだろう。
そして、ここからさらに魔法制御で威力や速度を上乗せできるというのだから……
まさに必殺技。
食らった相手はきっとひとたまりもないことだろう。ただし、対象の素材が欲しい場合は、少々威力に問題がありすぎる気はするのだけど。
満足気だったアクアは、【混合魔法】が成功した直後から何やらうんうんと唸っていた。
どうしたんだろう?
何か気に入らないところでもあったのかな? 個人的には凄い必殺技だと思ったのだけど……
そうこうしていると、今まで唸っていアクアは途端に笑顔になり私達に言い放った。
「よし、決めた! これを【かめは……」
「ダメェエエエ!!」
「なんで?」
「ダメったらダメェ!!」
そんなピュアな瞳で見てきてもダメ!
私もなんでこんなに拒否しているのか。理由は正直よくわかっていない。
ただ、本能が囁くのだ。
――「それはちょっとコンプライアンス的にNGっすよ!」と。
初めてだ、本能の言う意味がよくわからなかったのは。
だけど、とにかくダメなことだけは理解できた。譲ってはいけない。譲歩は即死を意味するのだ!
「もっとほら、いい名前があるはずだよ! ね? 考えよう?」
「ん~じゃあ【ギャリッ……」
「やめてぇええ!」
結局、最終的には【ウォータートルネード】に落ち着きましたとさ。
明日の投稿予定時間は15時です。
ええそうです。恒例の2話更新です。
ストックあんまりないけど……まぁなんとかなるでしょう!




