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38.歩法

本日2話目となります。ご注意ください。

環那かんな、ちょっといいかしら?」


「え? あ、うん。別に大丈夫だけど」


「そう。なら2階の空き部屋まで来て頂戴。服装はそのままでも構わないから」


「はーい」


 厨房が一段落したあと、私はなぜかお母さんに呼ばれていた。


 今日はこれから『Free』をやる予定だったんだけどなぁ。

 一応、待ち合わせの時間は余裕をもって2人に言っているので、全然構わないといえば構わないんだけどね。

 ただ、単純に早めにログインの準備をしておきたかっただけの話で。

 それよりも、急に2階の空き部屋に来てなんて、どうしたんだろう?

 そういや、お母さんとの遊びが終わってからあそこには全然行かなくなっちゃったな。

 もしかしたら、久々にやるのかな?

 なら、ちょっと楽しみかも。




「どうしたのお母さん」


「環那、りょひさ8(両膝を8センチ下げて)、ひつだ38(左つま先を38センチ出す)、ひあひ42(左足を42度開く)、もと!(最初の姿勢に戻る)」


「よっ! ほっ! はっ! よっと!」


 やっぱりだった!

 いきなりで少しびっくりはしたけど、どうよこのブランクを感じさせない見事な動き!

 まだまだ現役バリバリだね!


 なんて、内心自画自賛してたんだけど、それ以降、お母さんは口をつぐんだまま、何やら考えるようなポーズをして動かなくなってしまった。

 

 あれ? もうやらないの?

 これからが本番じゃないの?


「ちょっと今度はここからあそこまで歩いてみてくれる?」


「う、うん」


 お母さんの意図が読めない。

 一体、私に何をさせているんだろう?


 とりあえず、私はそのあとも、歩いたり、反転したり、くるくる回ったり……と、しばらくお母さんの指示通りに動いていた。


 どれくらい動いただろう。

 おそらく2~3分程度だと思う。

 そうして、ようやくお母さんは納得がいったのか、何やらうんうんと1人頷いていた。


「やっぱりどう考えても【滑歩かっぽ】よねぇ」


「お母さんもういいの?」


「ええ、いいわよ」


 結局、最後までよくわからなかったなぁ。なんだったんだろ?


「環那って、その歩法どこで学んだの?」


「え? ほほう? って何?」


 聞き馴染みのない言葉だ。

 なんなんだろ?


 私が問いかけると、お母さんは意外そうな顔をしていた。


 え? そんなに有名な言葉なの?

 知ってなきゃ恥ずかしい……みたいなやつ?

 ……まったく私の辞書に引っかからないんですけど。


「歩く方法と書いて歩法よ。ほーほーう。店の厨房でも……っていうか、なんかもう日常的に使ってるっぽいわね」


「え? あ! なーんだ」


 やっと意味がわかった。

 なるほど……これって歩法っていうのかー……ほっほ~――ダメだ! 静まれ我に流れるダジャレの血よ!


「それはね。歩法の中でも【滑法】と呼ばれるやり方なの」


「へーそうなんだー。お母さんは相変わらず物知りだねー」


「そんなことないわよーたまたまよ、たまたま」


「なるほどー」


 そっかーたまたまかー。そっかそっかー。

 ……でも、世の中の主婦は歩法のやり方なんて普通知らないと思うんだけどな。

 もしかして、私が知らないだけで、やれ安売りだ、やれバーゲンセールだって時には、みんなこの歩法を使ってぬるぬるぬるぬる動いている可能性も?

 ……あんまり、想像したくはない光景だ。


「で、質問なんだけどね」


「うん」


「環那はそれをどこで習ったのかしら?」


「……え? あ……そ、それはぁ~……その……特に習ったわけでは……」


「どしたの? そんなに言いにくいことなの?」


「別にそんなことはないんだけど……」


 一体、どこから説明すればいいんだろう。

 とりあえず、順を追って説明するしかないか……


「お母さん私が『Free』ってゲームを友達としてるの知ってるよね?」


「ええ。それを買うのに環那頑張ってたもんね~」


「うん、それはもう本当にね……お小遣いも節約したりして……じゃなくて。その『Free』っていうゲームの中でね……そのなんていうか……マネしたっていうか、盗ったっていうか……」


「え? どういうこと?」


 私はゲームの中のチュートリアルで、謎のおっさんと戦うことになり、どうしてもその動きをマネる必要があったこと、その後もちょくちょくと使っている内に、リアルでもいつの間にか使ってしまっていたことを説明した。

 でも、この【滑歩】は本当に使ってると楽なんだもんなぁ。それこそ、クセになる程度には。


「なるほどねぇ。じゃあ環那はあくまでもそれが【滑歩】だとは知らずに使ってたってことなのね?」


「うん……もしかして、使っちゃダメだった?」


「ううん。そんなことないわよ。でも、大体の話はわかったわ」


 よかった。

 一瞬怒られるのかと思っちゃったよ。

 でも、そんなことを聞くためだけにわざわざこの空き部屋に?

 動きの確認って目的はあるんだろうけど、それだけなら、別にリビングでもいいような?


「じゃあ、もうこの話は終わり?」


「そうね」


「それじゃあ、もう部屋に戻ってもいい?」


「それはダメ」


「え? なんで?」


「というか、ここまではあくまで単なる確認ね。実は本題はこれからなの」


「……へ?」


 お母さんはそういうと、私から少し離れた場所で立ち止まりおもむろに歩き出した。

 ひと目見てそれが何かわかった。


「お母さん、それって……」


「そう。環那が今使ってる【滑歩】よ。そしてこれが――」


 お母さんは再度歩き出す。

 今度も先程と同じように滑らかな動きなのだが……その動きは先程とは明らかに違っていた。


「――【宛転えんてん】よ」


「……凄い」


「でしょー」


 【滑歩】も優れた歩法だとは思う。それ自体を否定する気はない。

 実際、かなりお世話になったわけだしね。

 でも、これを見たあとでは、【滑歩】の動きが酷くいびつに感じられた……それほどの差。

 【宛転】は【滑歩】に比べると明らかにムダが少なかった。

 見てすぐわかる合理性がそこにはあった。

 【滑歩】は【宛転】に比べるとより直線的な動きだ。

 だから、直線距離を進む分、動きが最小限で済むので、一見こちらの方が効率的に見えるのだが……実際はそうじゃない。

 1つの動作だけを見ればたしかに【滑歩】の方が合理的だろう。

 だが、人間はそうじゃない。動きは常に流動的だ。

 だから、連続で【滑歩】を使用すると、どうしても直線から直線の動きを繋げたようになってしまい、そこにはどうしても角度が生まれる。

 その角度が動き全体として見た場合邪魔なのだ。

 大げさに言ってしまえばロボットのようにカクカクした動きとなっていた。


 でも、【宛転】は違う。

 まるですべてがゆるやかな丸みを帯びた1つの曲線のような動きだった。

 だから、動き自体に無理がないのでスピードが落ちないし、よりブレない。

 そりゃそうだ。

 だって、人間のすべての動きは関節を中心とした円運動で動いているのだから。

 考えてみれば実に合理的な話で。

 結果、【宛転】は【滑歩】よりもより無駄がなく、より滑らかで、そして何より速かった。

 

「環那にはこっちの動きを覚えてもらいたくってね。今日はここへ呼んだのよ~」


「え? そういうことなの?」


「まぁあのままでも別にいいと言えばいいんだけどねぇ……それだと、どうしても私が気になっちゃうのよね~。【滑歩】みたいな古い技術を見れられると特に……ね」


「なるほどー」


 なにやら、お母さんのこだわりの部分に【滑歩】は触れてしまったらしい。

 で、我慢できなくて私に【宛転】を教えることになったと。


「大丈夫。環那ならすぐにマスターできるわよ。なんたって、すでに基礎はできてるんだから」


「基礎? 【滑歩】のこと?」


「ううん。そうじゃなくて、あの遊びのことよ」


「あーそっちかー」


「あれができてるできてないじゃ、これを習得するのにそれはもう天と地ほどの差があるんだから」


「へー」


「やっぱり、念の為に教えておいてよかったわ~」


 あれ……遊びじゃなかったんだ。

 いや、薄々気づいてはいたけどさ。

 でも、あれが基本なんだ。

 で、【滑歩】【宛転】はその応用みたいなものと。

 ……お母さんは、ホント色んなことを知っているなぁ。

 どこでそんなことを教えてもらったんだろう……気にはなるんだけど、なんだかとても嫌な予感がするんだよねぇ。

 本能も言っている。


 ――「好奇心に殺されるにゃーん!」と。


 思い返せばこいつには結構助けられてるしね。

 今回も素直に従っておこう。そうしよう。


「じゃあ早速始めましょっか」


「はーい」


「そんなに時間もないし、ちょっとスパルタでいくわよー。ちゃんと、ついてきてね」


「え?」


 私はその後、2時間じっくりと【宛転】を叩き込まれるのだった。

 その時のお母さんはいつもとはちょっと雰囲気が違っていて、少し怖かった。

 なんだか……教官みたいな?

 ただの中華屋の看板娘のはずなのにね。変なの。




「それにしても、まさか【滑歩】を使うキャラがいるゲームがあるなんてね~。『Free』……少し気になっちゃったわね……」




母親参入フラグが立った瞬間である。

……どうしよう。

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