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37.土曜日

タイトルが偶然、本日と同じ曜日でしたので、急遽、投稿時間と環那の店の開店時間を合わせてみました。

少しでも、作中の空気を感じていただければ幸いです。

というわけで本日も2話投稿です。

「よし! あと100個!」


環那かんな、無理するなよー別に売り切れだったらそれでも構わないんだからなー」


「そうかもしれないけどさ……折角、注文してくれるんだし、なんだか悪いじゃん」


 ――11時半。

 それがここ【覇王翔吼軒はおうしょうこうけん】のいつもの開店時間。

 だけど、店自体はその前に仕込みがあるから、大体3時間前には動き出している。

 仕入れた物を確認したり、材料を切ったり、ジャンの具合を確認したり等々。

 まぁ醤に関してはお父さんが24時間管理しているから、事前の仕込みと言うには少し違うのかもしれないけどね。

 そして、そんな私も現在は仕込みの真っ最中で……


「じゃあ追加でもう100個いっとくかー?」


「ひぃ! それは許して!」


 といっても、今はその仕上げの段階、つまりは卵割りを残すのみとなっていた。

 土日は1日300個。

 これがノルマとなっている。

 卵に関しては炒飯やら何やらで色々使うからね。大量に必要なのだ。


 ただし土日はなんというか……そのほとんどがオムライス用と言っても過言ではなかった。

 実際、オムライスを販売する前と後では明らかに卵の消費量が増えているわけで。

 そのせいで、オムライス開始直後は卵割りだけで腕を痛めちゃったりしたこともあったほどだ。

 まぁ今ではもうすっかり慣れっ子なんだけどね。習慣って凄いとつくづく思う。

 



「オムライス3つよろしくねー!」


「あいよー! 環那オムライス3丁!」


「はーい!」


 昼間の飲食店は基本どこも戦場だ。

 そして、それはウチも同様で。


「相変わらず週末のこの時間帯は中華屋らしくない注文が飛び交うねー」


「そう思うなら、オムライス以外を注文してもらえると、夫も喜ぶんですけどねー」


「あはは……考えておきます」


「あなたー追加でオムライス2つよろしくー!」


「またオムライス……環那追加2丁だ」


「は、はーい!」


 あ、早速お父さんが凹み始めている。

 恒例とはいえ、いい加減慣れてほしくもあったりするんだけど、たぶん無理なんだろうなぁ……だって、ウチ中華屋だもん。

 ちなみに、ウチでは注文の時はお母さんから厨房へ声が飛ぶんだけど、その逆はない。

 だって、お父さんや私がカウンターに料理を置くだけで、お母さんが何も言わずに持っていってくれるからね。伊達に1人で客席を回しているわけではないのだ。


「カナー! 食べに来たよー!」


「ああ、マリンいらっしゃい! あ、おじさんとおばさんもいらっしゃいませー!」


「カンナちゃん久しぶりになるのかな?」


「相変わらずよく働くわねー娘にも見習わせなきゃねー」


「もーそういう話は止めてっていってるでしょー!」


「うふふ、ごめんねーマリンはまだ学生だもんねー」


「そうだぞーマリンは勉強が仕事なんだもんなー」


「そうだよー!」


 マリンの両親、相変わらず娘にデレデレだなぁ。

 ウチのお母さんとはまだ違った意味で過保護とでもいうのだろうか。

 まぁでもそれも仕方がないか。

 なにせ、マリンは美少女で、勉強もできて、人当たりもいい。

 控えめにいって完璧だ。

 可愛がるのも当たり前といえば当たり前な話なのかもしれない。


「この前、カナんで夕飯食べさせてもらったでしょ? その話をパパとママに話したら、急に食べたくなっちゃったんだって!」


「ふふっ、そうなんだ。毎度ありがとうございます」


「いえいえ、こちらこそ楽しみにしてましたから」


 そんな話をしていると、配膳を終えたお母さんが笑顔でマリンの家族を席に案内してくれた。

 おかしいなぁ。さっき向こう側にいたはずなんだけどなー。不思議だなー。


「しかし、相変わらず環那ちゃんのお母さんは綺麗だね~」


「お世辞言ってもウチは中華とオムライスしかでませんよー。あとそんなこと言ってると知りませんからね」


「え? あぁ、大丈夫ですよ。妻が一番なのは当然のことですから」


「もぅ……あなたったらこんなところで……」


「はっはっは! 照れてるお前も可愛いよ」


 聞いてるだけでこっちが恥ずかしくなるようなセリフを、真っ昼間の、しかも同級生の店で言うとか。

 マリンが何も言わないところをみると、これが日常風景なのだろう。

 相変わらず、仲がよろしいことで。

 ほら、さすがのお母さんも若干呆れ顔になって――なってない!

 しかもマリンの両親がいちゃいちゃしている僅かな時間を利用して、オムライス2人前を他のお客さんへすでに配膳し終えているとか……ホント、いつ見てもよくわからない動きだ。

 はっ! もしかしたら、お母さんって私と同じで双子なのでは!?

 そう考えるとすべての辻褄が合う!

 とうとう知っては行けない真実に……って、私何考えてんだろ。


「それじゃあご注文は何にしましょうか?」


「あ、あぁすみません。注文でしたね。そりゃあなんたって……なぁ?」


「ええ、そうね」


「久々だもんね! もちろん……」


「「「オムライスで」」」


「……できれば中華を……あ、いえ、なんでもありません。あなたーオムライス3つお願いー!」


「あ、ああ……環那追加3丁だ」


「はーい!」


 お父さんなんだか仕込み前より痩せてない? 大丈夫だよね?

 日に日にオムライスによる精神的ダメージが上がっていってるような気がする。

 お父さん大丈夫だよ元気だして!

 このオムライスはお父さんの醤あってのものなんだから!

 だからそんな今にも白目むきそうな表情をしな――あ! 今ちょっと白目むいた!

 直った! よかった……


 まぁこうやって周りを見たり考え事をしながらでも、手はちゃんと動くようになったんだから、私もお父さんみたいな料理人に少しづつだけど近づいているってことなのかな?

 でも、いくら目指してるといっても白目はむきたくないな……


 などと、私が感慨にふけっていると、突如カウンターから厨房へとマリンが身を乗り出してきた。

 一体何事!?


「カナー! あと私白玉ぜんざい1つー!」


「ちょっ!?」


「「「「「……え?」」」」」


 いきなり何言ってんの!?

 たしかに約束はしたよ? でも、それはあくまで店が開いていない時にって意味で……


「おい、まさか新メニューか?」「でも白玉ぜんざいって」「じゃぁお前は食わないのか?」「そうは言ってねぇだろ!」「く、食ってみてぇ」「環那ちゃんの甘味……」


 マリンの爆弾発言の余波は、あっという間に店中を席巻した。

 途端にざわつく店内。

 私の脳裏にはあの日の記憶がフラッシュバックしていた。

 厨房の熱気で出たものとはまた違った汗が額から流れ落ちる。


「きょ、今日はダメー!」


「えー! なんでよー! 約束したじゃーん! もしかして、嘘だったのー?」


「そ、そういうわけじゃないんだけどさ……」


「おい、作れないことはないみたいだぞ」「まじかよ……」「お手製ぜんざい……ゴクリ」「あとは親父さん次第か」「いや、それなら今回も前みたいに……」「環那ちゃんの甘味……」


 ま、まずい!

 この雰囲気は非常にまずい!

 ダメだ。早くなんとかしないと……このままじゃまた変なメニューができちゃう!

 いや、そうじゃない!


 今回はそれよりもお父さんの方がまずかった。

 カウンターでお客さんには見えていないだろうけど、さっきよりガリガリになっているお父さんの膝はすでにガクガクを通り越して残像が見えそうなほど震えているのだ!


 お父さんを守らなきゃ!

 前はたしか、このあと常連さんの1人が注文しだしてそこから連鎖的に広まったんだっけ。

 まずはそのきっかけをどうにかして―― 


「俺も白玉ぜんざ――」


 ひぃいいい!

 もうダメだ、お終いだー!

 ごめんねお父さん!


 ――カンカンカンッ!


 私がすべてを諦めかけようとしたその時。

 どこからともなく甲高い音が鳴り出し、場の雰囲気を一蹴した。

 見れば、お母さんがいつの間に取りに行ったのかまったくわからない中華鍋を天高く掲げ、これまたどこから取り出したのか想像することもできないお玉でそれを激しく叩いているではないか!

 その姿はまるでかの有名なジャンヌ・ダルクを彷彿とさせ――はしないか、鍋にお玉だもんね。


「はいはい、静かにー! 白玉ぜんざいなんてウチにはありませんよー」


 静かになった店内に響き渡るお母さんの声。

 普段から接客してるからなのかな? よく通る声だ。

 とにかくよかった。これで……


 私は隣で重力に耐えきれず、今にも床に倒れ伏そうとしていたお父さんが、徐々に体勢を戻し、最後には両手を天に突き上げ、無言の歓喜に打ち震えている姿を見ながら、うんうんと頷いていた。


「いやでも――」


「ありません」


「たしかに今――」


「やってません」


「でもぜんざいを――」


「作る予定もありません」


「ちょっとだけでも――」


「しつこい」


「「「「「ひぃ!!」」」」」


 あ、あれ?

 今日は小春日和のはずなのに今一瞬物凄い悪寒が……

 なんでだろーねーおかしなーこんなにきょうはいいてんきなのになー。


「とにかく、さっきの話はなかったことでよろしくお願いしますね」


「「「「「はい!」」」」」


 なんにしろ、無事解決したらしい。

 こうして、『白玉ぜんざいの乱』は収束していくのであった。


「マリンちゃんもあんまり無茶な注文をしないであげてね」


「ごめんなさい……」


「――そういうのは他のお客さんがいない時に……ね?」


「……うん!」


 お母さんがマリンにこそっと耳打ちしてたみたいだけど、一体何を話したんだろう。

 まぁ沈みがちだったマリンの機嫌も良くなっていることだし、流石お母さんってことでよしとしておこう。

 さぁ私はとにかくオムライスだ!

 今の騒動ですっかり手が止まってしまっていた。私もまだまだだな。

 ランチタイムはまだ始まったばかり。頑張れ私!




 ランチタイムが無事(?)終わり、店が夕飯まで中休憩に入った頃。

 料理をしてる間、1つだけ気になっていたことをすっかり元気になったお父さんに聞いてみた。


「お父さん、フライパン変えた?」


「いや、いつもと一緒だけど? そんなの、見ればわかるじゃないか」


「だよねぇ……」


「どうしたんだ? 急にそんなこと言って。何かやりにくかったりしたのか?」


「いや、そういうわけじゃないんだけどさ……」


 むしろ逆だった。

 今日はすこぶるフライパンが軽かったのだ。

 それこそ、いくら振っても全然疲れないのではと思える程度には。

 なんだろう?

 簡単に言うと、体の一部になったような?

 重さはあるんだけど、気にならないというかなんというか……


 あ、もしかしたら、無意識の内に『Free』で使ってる相棒と比べてしまっているのだろうか。

 たしかに、相棒と比べれば、その重さは雲泥の差なんだけどさ。

 でも、それってあくまでゲームの中の話であって、現実の私の筋力はなんらまったくこれっぽっちも変わっていない……はずなんだけどなぁ……変なの。

 ま、いっか。

 深く考えず、疲れなくなったことを単純に喜ぶことにしよう。そうしよう。




「環那ってあんなに鍋振り上手かったっけ? まだぎこちなさがあったような気がしてたんだが……今日はなんだか無駄な力が抜けて、かなり自然体だったな。いつの間に……」


「環那が使ってたあれって【滑歩かっぽ】よね? だって、体ごと振り返る時に頭の位置が全然ブレていなかったもの……やだ、私ったらいつの間にか無意識で使っちゃってたのかしら? でも、あんな古い・・技術、無意識で使うことなんてないはずなんだけど……どちらにしても、私も少し気をつけなきゃいけないわねぇ……。いえ、むしろ……」




目視できないとマネもできないからね。仕方ないね。


次回の投稿は23時投稿予定です。

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