36.プレゼント
私が何気に好きな回だったりします。
『何よ。嬉しくないっていうの?』
「いや、決してそういうわけでは……」
『ならもっと喜びなさい』
「や、やったー!」
『気持ちが篭ってない! もっと感情を表にだして!』
「わ、わーい! 本当に、あ、ありがとうございますー!」
「よっ! 大統領!」
「世界一の魔法使い!」
『ふふふーん! ま、まぁそれほどでもあるけどね!』
それからが、本当に大変だった……
なにせ、杞憂が現実へと昇華されてしまったのだ。
あの部屋にある【技珠】の中からどれでも1つ好きなものくれるだなんて。
今後の安全面を考える必要ももちろんあったのだけど、それ以前に【技珠】は膨大な種類に及んでおり、まずその中から1つを選び抜かなければいけないというだけでも大変な作業だった。
当然、あんまり見ちゃいけないのもあった。
ってか、ほとんどがそうだった。
それこそ、挙げればキリがないほどだ。
ただ、その中から1つだけ例を挙げるとすれば……【時】とか……ね。
ゲーム内で時間を止めるだなんてことはさすがにできないだろうけど、このゲームのことだ。きっとそれなりのことができてしまうのだろう。
もちろん、私は見て見ぬふりを敢行した。後悔なんてまったくない。
そして、それが比較的軽めの魔法だというのだから……他なんて言わずもがな。
今後、ここに来ることはあるのだろうか。
経験値が貯まればまたお邪魔する機会があるのかもしれないが、精神衛生上、しばらくは他の普通の【スキル屋】に行ってしまいそうだ。そんな気がした。
ちなみに、【技珠】が陳列されている棚にはその名前が記載された札が棚の縁に貼られているため、マリアさんの案内がなくてもある程度察することはできた。
もちろん、詳しくはマリアさんに聞かないとわからないのだけど。
そして、そんな数ある【技珠】の中に1つ。
私の目に入った物が。
直感というのだろうか。それを見た時、ストンと私の中の何かが落ちた。
不思議な感覚だった。
納得できたというかなんというか……文字通り腑に落ちるといった……そんな感覚。
「マリアさーん! ってうわっ!」
『そんな大声出さなくても近くにいるわよ』
「すみません。でもなんで……」
『貴方、これがいいんでしょ? 顔でわかったわよ。でも本当にこれでいいの? だってこれは――』
マリアさんがそのスキルについて説明してくれる。
想像した通り……いや、想像以上だった。
私は力強く頷く。
「はい。私はこれにします」
『そう。なら、それを手に取りなさい』
「……はい」
『そしたらそれを手放して』
「え? それだと地面に落ちちゃいますけど……いいんですか?」
『いいのよ。他にも色々とやり方はあるけどね。それが1番手っ取り早いのよ』
「あはは……なるほど」
なんだかマリアさんらしい。
『あとは……』
マリアさんは軽く微笑みながらゆっくりと口を開いた。
『その方法が一番……綺麗よ』
「……はい」
そう言った時のマリアさんの笑顔はとても優しいものだった。
本当に名前の通り、聖母マリアのような……そんな笑顔。そこに見かけ通りの幼さは微塵も感じられなかった。あとあのクセの強さもね。
「では……いきます」
私はその【技珠】から手を離す。
重力に従って地面に向かっていくそれは彗星みたいで。
――パキンッ。
固いガラスが砕けた時のような高音が辺りにこだまする。
直後に凄まじい光の粒……いや、奔流が私を包み込んだ。
その奔流はだんだんと一本の光の帯となり、私を覆う繭となったあと……霧散した。
残るのはかすかな残響音だけ。
「とても……綺麗でした」
『でしょ? 私もその瞬間が一番好きなの』
マリアさんとお互いに笑い合う。
この人、本当にあのマリアさんなのだろうか?
今なら別人と言われても信じる自信がある。だってそれだけ違うんだもん。
ずっとこっちのマリアさんならいいんだけどなぁ。
『貴方……まぁいいわ。とりあえず、スキルを確認してみなさい』
何かを察したように見えるマリアさん。
ま、まさか私の考えていることを!?
ご、ごめんなさい! 悪気はなかったんです!
「は、はい!」
私は誤魔化すように慌ててメニューからスキル欄を開き確認してみると……それは燦然と立派に主張していた。
これで私のスキル欄は他人に見せられなくなっちゃったというわけだ。
まぁこればっかりはどうしようもない。
そもそも、他人にスキル欄を見せることなんて滅多にないんだから、特に気にする必要もないだろう。
この後、アクアとシズクも同様にスキルをゲットしていた。
それを見て思ったことは1つ。
2人とも自重しないなぁ……だった。
まぁ私も人のことは言えないのかもしれないけどね。
こうして、私達は無事、マリアさんからのプレゼントを受け取ることができたのだった。
「マリアさん今日はありがとうございました」
『あ、ああ~えっとね……その名前では今後呼ばないで頂戴。以降、私のことは『お姉さん』と呼びなさい。いいわね?』
「は、はい」
やっぱり、嫌だったんだ。とても似合ってると思うんだけどなぁ。
「それじゃぁ、私達はこれで失礼します」
『そう。でも、本当にそれでよかったの? 無欲ねぇ』
「いえいえ、これでも私には十分過ぎるくらいですよ!」
いや、ホントに。
「お姉さん、ありがとー!」
「ホント、ありがとなー!」
『もっと私に感謝しなさいよー!』
「「「はーい!」」」
『また来るのよー!』
「「「……」」」
『返事は!』
「「「は、はーい!」」」
『よろしい!』
こうして、私たちは【美女屋】をあとにした。
マリアさん。なんだかんだで若干個性的な人ではあったけど、いい人だったなぁ。
あの光もとても綺麗だった。
でも、それよりも何よりも私はマリアさんのあの笑顔の方が印象に残っていた。
それこそ、経験値稼ぎ頑張ろう……改めてそう決意するくらいには。
もう来ないかも、なんて思ってごめんなさい。
経験値が溜まったその時は、またよろしくお願いします。
「ねぇ」
「ん?」
「どした?」
「2人は……アレ、どうするつもり?」
「あーアレかー」
「んー一応、人目につかないところで試してみるつもりではいるよー!」
「俺もとりあえず使うか使わないかはともかく試してはみたいかな」
「フフッ。2人は相変わらず積極的だね」
「カノンは使わないの?」
「ん~……わかんない。とりあえず、しばらくは考えようかなぁ……なんて」
「カノンはカノンで、カノンらしーねー!」
「だなー」
「ちょっと、どういう意味よ」
「べっつにー?」
「なー?」
「そんなこと言ってると、もう作ってあげないんだからねー。せっかく、何かご馳走してあげようと思ってたところだったのになー。あー残念だなー」
「あーそれずるーい!」
「悪かったって!」
「嘘々、冗談だよ。楽しみにしててね?」
「んふふー! カノンだーいすき!」
「あ、こら! 急に……ってシズクも!?」
「片腕だけじゃバランス取れねぇだろ?」
「ちょ、だからって……2人共重いよぉ!」
なるようになるさ。きっと。たぶん。
1つ楽しみが増えたと思うことにしよう。うん、そうしよう。
「そういえば、そろそろ時間じゃない?」
「え? あ、本当だ」
気づけば12時前だった。
道理で妙に屋敷の外が薄暗いと思ったら。
屋敷周りにある木々のせいだけじゃなかったんだね。
「それじゃあ、ちょっと開けた場所まで行ってログアウトするね」
「はーい。またねー!」
「また明日!」
「2人もいくら明日休みだからって程々にね」
「わかってるって」
「大丈夫だよー! ホント、カノンは心配性なんだからー」
そう、明日は土曜日。つまりは休日だ。
ゲーマー垂涎の待ちに待った日。
当然、2人も例外ではないだろう。
私ももちろん待ち遠しい日ではあるのだが、残念ながら午前中は店の仕込みの手伝いがあるのでゲームはできない。
できるとしてもランチタイムが終わってからだ。
それでも、平日よりは時間がとれることに変わりはないわけで。
今から少しテンションが上がっているのが正直な気持ちだ。
さぁ明日も頑張ろう!
こうして2人と別れた私はログアウトし、明日に備えて眠りにつくのだった。
3人は一体何をもらったんでしょうねぇ……
アクア以外決まってな(ピンポーン)
おや? こんな時間に人が……少し様子を見てきます。




