32.スキル屋
「ここっぽいね」
「うわぁ……ぽいなぁ」
「ぽいぽい!」
私達は1つの建物の前にいた。
それは店というよりは少し小ぶりな屋敷と言った感じの外観で、壁は蔦で覆われている。
門の表札には【スキル屋】とシンプルに書かれていた。
「でもこれって【スキル屋】っていうよりどっちかっていうと……」
「『魔女の住む家』って感じだね!」
「街中なのに庭の木が無駄にでかいせいで、なんだか薄気味悪ぃしな……」
「シズク大丈夫? なんなら別のところにするけど」
「だ、大丈夫に決まってるだろ!」
「シズクがそういうなら別に構わないけど……それにしてもさ、ここ人いなくない?」
「そ、そういやそうだな……」
表札に【スキル屋】と書いてあるにも関わらず、プレイヤーどころかこの世界の住人の姿すら全く見えない。とても同じ町中とは思えなかった。
そして、その人気の無さがさらに屋敷の雰囲気を不気味に仕立て上げていた。
「みんな怖がりなんだねー!」
「それはたぶん違うと思うんだけど……」
シズクが言ったとおりたしかに雰囲気はある。ただあるにはあるが、全員が敬遠するほどかと言われればそんなことはないわけで。
――定休日。
私の脳裏にその言葉がよぎる。
この世界の住人もリアルの私達と同じようにここで生活をしているのだ。そういうこともあるのだろう。だとすれば運がない。
「たぶん定休日なのかな? 仕方ないね――」
「今日こそは叩き壊してやる!」「気合い入れるのもいいけどさ、別の方法も模索しようぜ」「嫌だ! 俺はぜってー剣の仇をとるんだ!」「気持ちはわかるけど、それだってそもそも自業自得じゃねーか」「うるせー!」「もーほっときなって、こうなったら誰の言うことも聞かないんだから」「んだんだ」「だけどよー」
――ここは諦めて他の店に行こう。
そう言おうとしたその時、私達が歩いてきた道とは反対側から、ざわざわとした集団がそのまま敷地内へと入っていった。
だがここで違和感。
買い物をするにしては少々、というかかなり……
「えらい殺気立ってるな」
「ね」
「ん~バーゲンセールとか?」
「まさか、リアルじゃあるまいし……って、え?」
「おいおい……」
「あれってマナー違反だよね?」
その集団を観察していると、突然扉の前で各々が武器を取り出したのだった。
町中では物騒なので、武器はインベントリにしまいましょう、というのが強制ではないにしろ『Free』内の一応のマナーとなっている。
それを平然と破ってみせたこの集団。
見かけは普通っぽかったんだけど、もしかしたら相当ヤベー集団なのかもしれない。近づくのはやめておこう。
「やっぱり違う店にしよ――」
――ガンッ! ガンッ! ガンッ!
その集団はあろうことか、【スキル屋】の扉を各々の武器で叩き出した。
その衝撃音が閑静な町中にこだまする。
ダメだ! 手遅れの集団だった!
世紀末感満載のその集団はなおも執拗に扉を攻撃し続けている。
そして、あろうことか、魔法さえも使いだしたのだ。
燃えちゃう! 屋敷が燃えちゃうよ!
ほら今にも燃え移りそ……あれ?
「屋敷に当たる手前で消えてる?」
「だな」
「バリアーかなー?」
しばらくガンガンドゴンドゴンと扉を攻撃していたその集団であったが、手持ちの攻撃手段を使い切ったのか、先ほどとは一転、肩で息をしながらトボトボとこちらへ向かってきた。
ヤバイ隠れないと!
「なぁ。あんたたちなんであんなことしてたんだ?」
シズクゥ!
それは勇気じゃない! 無謀だよ!?
「何ってそりゃ扉を壊すためさ」
私がシズクの蛮行にオドオドしていると、ヤベー集団の1人である男の人が、疲労感を顔に出しながらも、肩をすくめて答えるという、至って普通の態度で私達に接してきた。
あれ? 割りと普通の受け答え。
ヤベー集団じゃなかったの?
あ、いや違う! 態度は普通でも言ってることは蛮族そのものだ!
私は決して騙されないぞ!
「なんでー?」
私の心構えとは裏腹に、シズクに引き続きアクアも能天気な一言を投げかける。
あれ? 私の考え過ぎなのかな?
でも、扉を壊そうとする一般人なんているわけが……だめだ、わからない。
「なんでって言われてもなぁ……扉まで行けばわかるさ。じゃあ俺達はこれで」
「ああ」
「ばいばーい」
そう言うとその集団はもと来た道を帰っていくのだった。
本当に一体なんだったのだろうか?
とりあえず、行けばわかるとは言ってたけどさ。
「ねぇねぇ後ろのあの子ってさ、厨二病の子だよね?」「やっぱり? 私もそうじゃないかと」「ってか前の女性、かっこよかったー!」「ふん、単なるアバターだろ?」「でも違和感まったくなかったよ」「うるせー早く行くぞ」「妬いちゃってもー」「うるせー!」
仲がよろしいようで何よりです。
ああいうのをリア充と言うのだろうか。言うのだろうな。
べ、別に羨ましくなんてないんだからね!
「私には2人がいるもん!」
「な、なんだよ急に」
「私にもカノンがいるもーん!」
「こらっ! 急に抱きつくなー!」
とにかく、私達はあの元ヤベー集団だった人達の言う通り、屋敷の前にまで来てみたのだが……
「あーなるほど」
「こりゃひでーな。小学生か」
「カノンやっちゃえー!」
扉の前には1枚の紙が貼られていた。
そして、その内容を見てさっきの人達の行動にも納得することができた。
ヤベー集団だなんだって思っちゃってごめんね。口にしてないからセーフにしてね。
ちなみに、そこに何が書かれているのかというと……これが結構酷い内容で。
【ここまで来た冒険者諸君へ】
わざわざここまで来た君達には悪いけど、生憎時間のムダだったね。
っていうか、こんな街のハズレまでくるとか、暇人にもほどがあるでしょ。プププーッ!
中にはいるけど開けないよ?
いいものたくさんあるけどね。
君達に売るものなんて1つもありませーん! ベロベロバー!
一昨日行きやがれってんだー!
悔しかったら扉を壊して入って来るんだねー!
非力な君達には到底できないとは思うけど。プププのプー!
~【スキル屋】店主~
「挑発……なんだろうね」
「まぁそうだろうな」
「カノンやっちゃえー!」
その張り紙を見た時、私はむしろ明らかなイベントフラグという印象の方が強かったので、不思議と腹は立たなかった。
むしろ、ワクワクとさえしていた。
逆にアクアは怒ってるみたいだけど。
さっきから壊れた機械みたいに同じ言葉を繰り返しているし。
昔から怒るとこうなるんだよね。
わかりやすいし、なんだか可愛いから私は指摘しないけどさ。
「カノンやっちゃえー!」
「そだね。とりあえず、やるだけやってみようか」
「俺も手伝うぜ」
「ん~私が無理ならその時はお願いするね」
「オッケー」
シズクはすでにインベントリから【砕辰】を取り出しいつでも攻撃できる状態だった。さすがだね。
おそらくだけど、【砕辰】で攻撃すれば、扉も壊れるような気はしている。なんせ、地面を切るほどの切れ味なんだし。
ただ、【砕辰】は耐久無限装備ではない。
ゆえに、最悪の場合は壊れる可能性もないわけではなく、たとえ壊れることはなかったとしても、消耗してしまう事実に変わりはない。
せっかくサカキさんから譲り受けた大事な武器だ。言っちゃ悪いけど、こんな初期街の、しかも戦闘以外のところで消耗してほしくないというのが、私の本音だった。
そもそも、この扉が本当に壊れるなんて保証もないわけで。
ということで、まずは私が相棒で扉をノックしてみようと思う。それで、どうしようもなかった時は準備万端のシズクには悪いけど、引き返す提案をするつもりだ。
だって、この店にこだわる理由なんて今のところこれっぽっちもないのだ。実際、『忘備録』にはここ以外にも【スキル屋】の紹介はあったわけだしね。
まぁだからといってノックの手を緩めることなんてしないんだけどさ。
「さて、んじゃいっちょやったりますかー」
「カノンやっちゃえー!」
「がんばー!」
2人の応援を背に受け、私はインベントリから相棒を取り出した。
「前も見たけど、相変わらずでけーな」
「そうかな? まぁたしかにそうか」
もう見慣れてしまってなんの違和感もなくなってしまった我が相棒である【鉄のフライパン】。
シズクに言われて、改めて実感してみたものの、今はその大きさがむしろ頼もしくもあって。
今回も無理をさせることになるとは思うけど、頼むよ相棒。
私は、扉から数メートル離れた場所で相棒を肩に担ぐと、そのままあのおっさんから学んだステップを用いて3回転。
今回は、本当に私ができるギリギリの攻撃方法で。
なんせ相手は動かない扉だ。こちらもステップや攻撃を当てることだけに集中できる。
そうやって、速度を増した私の相棒をその勢いのまま扉に叩きつけた。
「ぐっ……うぇ!?」
その分、それ相応の衝撃が返ってくることを覚悟していたのだけど、私の相棒はそのまま扉に張り付いたまま離れなかった。
だが、その勢いが止まったのかというと決してそうではなく。
扉と相棒がまるで鍔迫り合いでもしているかのような……そんな均衡が目の前で繰り広げられていた。
攻撃した私にも思ってみなかったまさかの展開。
時間にしてどれくらいなのだろう。
おそらく、何秒とも言えない時間のはずだ。2秒とか3秒とか。たぶんそれくらいの時間。
だが、私にはそれが何倍にも感じられた。理由はわからない。
だけど、長い、とても長く感じられた均衡はついに崩れる時が来て……
「え? ちょっ!?」
扉と相棒の対決はおそらくドローなのだろう。両者ともに無事だった。
では、なぜその均衡が崩れたのかというと……
「やったー! カノンの勝ちー!」
「これは……ありなのか?」
「どうなんだろう……?」
私達の目の前には扉を囲っていた壁が崩壊し、扉が屋敷側へ瓦礫もろとも倒れた光景が広がっていたのだった。




