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Free 〜フライパンから始まるエトセトラ〜 作者:もじゃ
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29.インソムニア

「そんなに凄い鉱石だったんですか……」

『はい、私もここまで完璧に加工された物は生まれて初めて見ました。言ってる今もまだ半信半疑ではあるのですが……』

 ――【至鉱インソムニア】。
 スタンフォードさんが言うには、この鉱石は、『至』の字の通り、究極の鉱石であるとのこと。
 では、何が究極なのかというと、まずはその硬度。
 とにかくめちゃくちゃ硬いらしい。鉄なんてまったく相手にならないのだそうだ。
 そして、これを加工するためには当然加熱する必要があるのだが、加工が可能になる温度というのが、これもまた物凄く高いらしく、現在の炉では、炉の方がその温度に耐えきれず、本気で加工しようと思えば、炉を使い潰す覚悟でやらないといけないのだそうだ。
 それでも、加工できるかどうかわからないというのだから、この金属の加工は相当に難しいのであろう。
 加えて産出量が非常に少なく、それがこの金属の加工技術が一向に進展しないことに拍車をかけているとのこと。

 そんな難攻不落の金属が、どうやったのかはまったくわからないが、こうして綺麗にリング状となって存在しているという事実に、スタンフォードさんはとても衝撃を受けているようであった。

 いまいち実感が沸かないが、普段から金属に携わっている人が言うのだから間違いなく驚愕すべき事実なのだろう。

『以前見た【インソムニア】は、ほぼ原石の形でしたが、言われてみればたしかにそれと色合いがよく似ています。これほど白い鉱石は非常に珍しいので、見分けるのは簡単なのです』

「はぁ……」

 スタンフォードさんの興奮が収まらない。こんなに饒舌な人だったっけ?

『とにかく、これは物凄い発見です。できればそれを研究し、今後の参考にしたかったのですが……』

「なんというか……本当にすみません」

 私は深々と頭を下げた。せめて、スタンフォードさんが来るまでインベントリに収納しなければ、こんなことにはならなかったはずなのに。後悔しかない。
 そして、いくら後悔しようとも、もうどうしようないという事実がさらに私を凹ませた。

『いえいえ、起こってしまったことはもう仕方のないことですから』

 スタンフォードさんは先程とは一転、穏やかな表情で私に語りかけてくれる。

『それに、当店にあった物とはいえ、店員はおろか、店主である私でさえ認識していなかった品物。もともと、当店の品物は、私達がすべて手がけており、またそのことに少なからず誇りを持っております。ですので、作ってもいない商品、ましてや存在すら認識していなかった物に対して何か対価を求めるというのは、職人としての誇りがそれを許しません。もとより、そんなことをすれば師匠になんと言われるか……少なくとも破門は間違いないでしょうね』

「そ、そうなんですか……」

 そういうものなの? 職人って。
 いまいちその基準が私にはわからない。
 でも……考えたらたしかにそうなのかもしれない。
 仮にウチの店に偶然あったどこから沸いたのかわからないハンバーガーをお客さんが食べたからといって、その代金を請求するのかと言われれば……絶対にしないだろう。
 少なくとも私にはできないし、お父さんもきっと同じ判断をすると思う。
 そう考えると納得せざるを得なかった。

『ですので、その指輪はお持ち帰りしていただいて構いません。というか、『譲渡不可』な以上、私共にはどうすることもできないのですが……』

「そ、それはなんというかその……ありがとうございます」

 どうやら一生皿洗いの刑は免れたようであった。正直ほっとした。

『ただ……1つだけ条件というか……お願いしたいことがございます』

「は、はいなんでしょう!」

 スタンフォードさんの目は真剣そのものだった。一体何を頼まれるんだろう。ドキドキが止まらない。

『この指輪、おそらくですが持っていればその製作者に会えるのではないか、と私は思っています。まぁ理由なき単なる職人の勘ではあるのですがね。ただもし、その方にお会いすることができたその時は、その指輪の加工方法などを教えてもらっておいてもらえませんでしょうか? そして、それを私共に伝えてほしいのです。どうでしょう?』

「それは……」

 リアルなら間違いなく断ったと思う。
 だって仮にその人に出会えたところで、その道の専門家でもない私がその人から教わってすぐに理解できるはずもないのだから。
 そして、そんな無責任なことを私はできないし、やりたくない。
 たとえ私がこの指輪の件を申し訳なく思っていたとしてもだ。
 それはスタンフォードさんの仕事を侮辱する行為以外の何者でもないのだから。

 でも、スクショや動画が気軽に取れるこの世界なら……それでも私には自信がなかった。 
 それ以前に、そもそもそんな重要そうな技術を教えてもらえるという保証なんてどこにもないわけで。

「私には鉱石や加工に関する知識なんかは全然ありません。だから仮に会えたとしてもスタンフォードさんが満足できる情報を伝えきれる自信は全くないです。それ以前にそんな重要そうな情報を教えてくれるのかどうかすらも……」

『その時はその時で構いません。あくまでカノン様がわかる範囲、できる範囲という条件で結構ですので。というか、現状【至鉱インソムニア】の加工方法に関しては手詰まり感が強く、少しでもなんでもいいので、現状を打破するきっかけが欲しい、というのが正直なところなのです』

「そうなんですか……」

 この指輪の加工方法はそれほど行き詰まっているということなのだろう。
 私にその重責を担えるかどうか。
 自信は今もない。でも、スタンフォードさんから伝わる熱意を感じていると……やれるだけのことはやってみてもいいかもしれない。そう思えるくらいには前向きに考えることができるようになっていた。

「わかりました。私に何ができるかわかりませんが、できるだけのことはやってみようと思います」

『よかった。それでは指輪の件、よろしくお願いいたします。あ、ちなみに、事前に加工方法などの勉強をする必要はありませんので。むしろしない方がいいかと思います』

「そうなんですか?」

『先程も言いました通り、【至鉱インソムニア】は現状では手も足も出ない鉱石の1つです。つまりそれは、今までのやり方とはまったく違う方法が求められるということ。製作者の説明を理解するのに、それらの知識がむしろ邪魔をする可能性があります。ですので勉強は不要です』

「なるほど……」

 そういうものなんだろうか。私としては基礎レベルの知識すらないのは不安で仕方のないことなのだけど……
 でも、ここは素直に言われた通りにしておこう。たぶんその方がいい風に転がる気がするから。経験者の言葉は思いの外、重いのだ。シャレじゃないよ!

「わかりました。では、そうさせていただきます」

『よろしくお願いいたします。ではその指輪の話はこれまでとしましょう』

 指輪の話は? 他に何か話すようなことってあったかな? ん~覚えがない。

 スタンフォードさんは満面の笑みだ。なんだろ? 先程とは違って作られた表情のような……あ、これ私知ってる。
 愛想笑いだ! 私が店でたまにする奴だ!

『防具、買ってくれますよね?』 

「そ、それはもちろん!」

 スタンフォードさんの目がキラリと鋭く輝いた気がした。
 この有無を言わせぬ雰囲気は……職人ではなく、商人の方なんだろうな。

 私達はその後、有り金全部を防具につぎ込むことになるのであった。そこに後悔はない。防具は本当にいい物だったからね。また来ようと思った。
 でも、また無一文に戻っちゃったなぁ。また稼がないと。



『毎度ありがとうございました』

「こちらこそありがとうございました」

「またねー!」

「ありがとなー!」

『カノン様、お約束忘れないでくださいね』

「そ、それはもちろん! 天地神明に誓って!」

『ハハハッ。期待しておりますよ』

 こうして私達は【スタンフォード防具店】をあとにした。



「しかし、変なアイテムもあったもんだよなー」

「ねー。綺麗だけどねー」

「ホントにね。一時はどうなることかと思ったよ」

「私久しぶりに見たよ。あんなにテンパってるカノン! 前はたしか……」

「お、思い出さなくていいよ」

「思い出した! 確かカノンのお母さんが大事にしてた鏡を割っちゃった時だ!」

「あー……あったねそんなことも……」

「唇紫色になってたもんねー! 私このままカノンが死んじゃうんじゃないかって、本気で心配したんだからー」

「もー思い出させないでよー。確かにあの時は生きた心地がしなかったけどさぁ」

「前から思ってたんだけど、実の娘がそんなに恐れるカノンのお母さんって、ホントに人間なんだよな?」

「当たり前じゃん。たしかに嘘みたいな話は数え切れないほどあるけどさ。それに普段はとっても優しいんだよ? シズクも知ってるでしょ?」

「まぁな~」

 単に怒ると怖いだけで、私にとってはどこにでもいる至って普通の未だに底の見えないお母さんだよ。

「それより次はどこ行こっか?」

「私、魔法覚えたい!」

「あ、俺も! このゲームの魔法は特に面白いって評判らしいしな」

 魔法には私も興味がある。
 今の私達は無一文だけど、経験値はあるからね。
 スキル交換することは可能なのだ。ただし、足りるかどうかはわからないけど。

「そだね。じゃ、スキル屋に行こっか!」

「「おー!」」

 私達はこうして、次の目的地に向けて元気よく足を進めるのであった。
 指輪のことはよくわかんないから先延ばしだぁ! やっほーい!
 はぁ……


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