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10.下校にて

「はぁ……」


 気が重い。

 とても気が重い。

 なんなのだこの全身を襲う倦怠感は。

 知ってる。わかってる。

 原因はすべてアレだ。あの動画だ。


 何気に有名になっているらしい。

 動画に対するコメントのほとんどが「厨二病乙!」だったところが、さらに私の気分を凹ませる結果となっていた。コメントなんて確認するもんじゃないね、ホント。


 そして、友人2人にはあの動画をきっかけに、他にも根掘り葉掘りと聞かれる羽目に。

 しかも、休み時間も昼休みもずっとだ。


 私としては話すような内容は特にないと思っていたのだが、どうやら2人にとってはそうでもないらしく……今の私は心身ともにやせ細っていた。まさに生きる屍状態。


 だが、その中で1つ収穫もあった。


 やはりというか、あのおっさんは本来チュートリアルでは出現しないやつだったのだ。


 チュートリアルの戦闘では、ミカは角の生えたウサギで、マリンに至ってはまったく動かないカカシだったらしい。いいなぁ。私もそっちがよかったよ。


 まぁ考えてみればたしかにそうだ。あのおっさんが雑魚モンスターなわけがない。強かった。しかも、圧倒的に。

 ってことは、やっぱりチュートリアルさんには意志があって、私が機嫌を損ねたばかりに……なのだろうか?

 わからない。

 どちらにしろ、もう終わったことだ。忘れよう。


 ちなみに、そのおっさんのことについて話したときの2人の食いつき加減は凄まじかった。

 やれ、名前は? やら、使っていた武器は? やら、どんな容姿だった? やらと、延々と質問攻め。

 おっさんのことなんて、なんにも知らん! おっさんはおっさんだ!

 それ以上でもそれ以下でもないのだ!


 一頻ひとしきり質問攻めを断行し、満足した2人はその後ずっと、そのおっさんの出現条件について話し合っていた。ゲーマーの鑑だね。私はもう2度と会いたくない。


 そして、ようやく下校時間。私はいつものようにマリンと一緒に帰っていた。


「まぁまぁ。どうせみんなすぐ忘れちゃうって」


「そうだといいんだけどね……」


 とにかくこれからどうしよう。キャラクリだけでもやり直そうかなぁ……はぁ。

 そもそも、なんで楽しむためのゲームでこんなに悩まなくちゃいけないんだ!

 というか誰だ! あんな動画を撮っていたやつは! 著作権侵害だ! 大体なんでピンポイントであの動画を撮れていたのかが納得できない。

 あの動画を撮るには私があの行動をすると事前にわかっているか、もしくはずっと撮ってい……まさかストーカー!?

 初日なのに? ないない。さすがに考え過ぎだ。でもならどうして? 悩みが尽きない。


「はぁ~……」


「もう、いい加減元気だしな……って、カナ危ない!」


「え?」


 ふと顔を上げると目の前に数人の影。

 どうやら下ばかり見ていたため、この距離まで気づかなかったらしい。

 このままじゃぶつかってしまう。


 でも、たぶん大丈夫。


「え? 嘘っ!」


 私はおっさんから盗んだ足捌きでその身を回転させながら、スルスルと人の間をすり抜けた。マリンが何か言っているがこちらもスルー。


「はぁ~……」


 そのまま私はまた歩き始める。ホントどうしよっかなぁ。


「おい、なんだ今の」「俺、絶対にぶつかると思ったのに直前で……」「カ、カッケー……」「忍者でござるか!?」


 ん~やっぱりキャラを一旦……


「ちょちょちょちょっと! 何今の!」


「ん?」


「今のよ、い、ま、の! スルスルーってしたやつ!」


「別に何も……ただ人の間を通り抜けただけじゃん」


「違う! そういうことじゃなくて! いつからあんなことできるようになったのよ!」


「ん~昨日?」


「昨日!?」


「うん。おっさんからパクッた」


「余計わかんないよっ!」


 それから私はまた、マリンから質問攻めに合うことになったのだった。




「そんな特技私聞いてないよ!?」


「そりゃ、言ってないもん」


「なんでよ!」


「そんなこと言われても……別に今まで言う必要も機会もなかったし……」


「カナのことは全部知ってると思ってたのに!」


「全部て……そんなおおげさな」


「おおげさじゃないよ! 8歳の時におねしょしたことも、10歳の時にお母さんの真似して化粧してたら見つかって顔面蒼白になったカナがもがっ!」


「わーわー! わかった! わかったからこんなところで言わないで!」


 突然騒ぎ出した私達に、周囲の人達が何事かと驚いてるじゃない!

 ってか、なんでそんな私ですら忘れていたようなことをいちいち覚えているのよ!

 幸い会話の内容までは聞き取られていないようだけど……いないよね? いませんように!


 それにしても、マリンは昔からいつもこうだ。

 どうでもいいことをとにかくよく覚えている。記憶力がずば抜けて高いのだ。

 もちろん、その能力は学力にも反映されていて、学年でもトップクラス。

 「暗記物は覚えるだけでいいから簡単だよねぇ」とか言われても私には同意できない。

 一応、私もあの母親の娘なんだけどなぁ……残念ながら記憶力は一般人のそれと大差がないみたいだし。ちくせう。


 ってか、そんなことはどうでもいい。

 とにかく、これ以上私の黒歴史を披露されてはたまらない。他人に聞かれることもそうだが、それ以上に、私自身ですら忘却の彼方に追いやっていたであろう汚点の数々を、このままでは強制的に思い出させられてしまう。そうなっては、きっと私の精神が持たない。それだけは断固として死守せねば。


「もがふがっ!」


「どーどー! マリン少し落ち着こう!」


「もがっ……」


 私は、マリンの口に当てていた手にさらに力を込める。

 息苦しそうに足掻くマリンだけど、鼻は抑えてないから呼吸はできるはず!


「内緒だから! そういうのは内緒だから! ね! ね?」


「……わいひょ?」


「そう、内緒。2人だけの秘密!」


 当たり前だ。これ以上広められてはたまらないからね。

 2人の心の内に秘めておくだけで十分だ。

 といっても、私は忘れてるわけだから、今のところ、マリンの記憶の中にしか存在してないんだけどね。言わないけど。


「ふはりはふぇ?」


「2人だけ!」


 しばらくすると、私の言い聞かせが功を奏したのか、マリンが落ち着いていく様子が見て取れたので、口を抑えていていた手をゆっくりと離す。

 そこから現れたマリンの口元は、なぜかゆるゆるに緩んでいた。ちょっと強く抑えすぎた?


「そっかぁ~2人だけかぁ~。そっかそっか~。うん! わかった2人だけの秘密ね!」


「もちろん!」


 とりあえず、よかった。なにはともあれこれ以上被害が拡散することはなさそうだ。

 ほっと一息。


 その後、なぜか家に着くまで終始ニヤニヤしながら、私の腕に絡まってくるマリンは少し暑苦しかったけど、上機嫌だったのでとりあえず、まぁいっか、と放置しておいた。


「あ! そうだった!」


 ただ、私の特技に関しては、マリンの中で何も解決していないということは思い出したようで、家の前で再度説明を求められた。

 だが、いくら説明しても首をひねるばかりで、結局最後は「理解はできたけど納得はできない!」と不条理なことを言われてしまった。

 そんなことを言われても、できるものはできるんだからしょうがないじゃない。


 というかむしろ、私的にはマリンの記憶力の方が羨ましいんだけどなぁ……。




次回は8時投稿予定です。

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