第9話
――彩暦635年4月15日
於:草原の街ラフィン
……――
門を通る際にビーンさんと一緒に街内の警備隊と顔合わせをしてもらって、リグル村出身の冒険者志願者として透は街に入った。
先に入って待っていたセレスと合流すると、そのまま街を南北に貫く大通りを歩き、おお、おお、と感嘆の声を上げる。
「トール、恥ずかしいからそんな珍しいものを見るような動きや声はやめて……」
「あ、ごめんねつい。気をつける」
先ほどから透の都市部に慣れない様子とその容貌から、何人か男たちが近づいてこようとし……それを全てセレスが視線で威嚇して動きを止めていた。
そんな事など気づいていない様子で素直に謝り、目的地である冒険者ギルドに向けて歩き出す。
この世界の鐘で知らせる時間に合わせた腕時計を見ると、まだ時間は朝9時前。
透の場合はすでに登校している時間ではあるし、地球では大体の会社の始業時間ぐらいだろうか。
それはこの世界でもあまり変わらないようで、多くの人間が道を行き交い目的地を目指して歩いている。
その流れの1つが、街の中央広場に面している『冒険者ギルド』に向かうものであり、透とセレスはその流れに乗って行った。
「これが、その『冒険者ギルド』」
「そうです。規模としては街のサイズに比較して大きめ、ですね。後ろには修練場もついていますし。では入りましょう。まずは『導師』様にお願いして、トールの色を判断させておかないと、です」
いわゆる市役所のような広いスペースの2階建ての建物を見て透は声を上げ、セレスが頷き補足をする。
透はなるほど、と理解した様子を見せてから、入り口のスイングドアを押して入った。
中は日の光を取り入れる構造になっているのか明るく清潔感のある空間だ。
入って右手には掲示板のようなものがあり、左手には窓口が並んでいる。
「まずは冒険者登録の所で『導師』様の案内をお願いしましょう」
「ん、任せる」
土地勘も知識もないためセレスに言われるがまま頷き、セレスに手を引かれて受付に向かう。
今は人も少なく、胸元に『ウェンリィ』と名札を付けた赤髪ショートヘアで青眼の女性の所にするりと入り込めた。
「おはようございます、ウェンリィ」
「あらセレスじゃない。リグル村での活動はもう終わったの?」
「お蔭様で。今日はリグル村から冒険者になりたい、って子を連れてきたんです。『色』も分からないそうなので、『導師』様にお願いできないでしょうか」
「あ、はい、どうも。えーっと、トールです」
どうやら顔見知りであるらしく、セレスとウェンリィは気安い口調で口を開いてそのままセレスにトールが紹介される。
タイミングを逸していた様子で少し言葉につっかえながら挨拶をすると、ウェンリィはじろりと足先から頭までを見て……
「んー、合格。アタシの嗅覚では、この子は大成するわ」
「透、ウェンリィは女の子であれば誰にでもこんな事を言って閨に引き込む癖があるので気をつけてください」
「ちょっと!セレス、あんたを連れ込んだ事まだ根に持ってるの?」
「当たり前です。わたしは普通に男性としか恋愛感情を持たないです」
「ぶーぶー。女の子同士だっていいじゃんよー。トールは?どう思う?」
「あ、いえ、その、私も同性はちょっと……」
「そっかー、残念。で、『導師』様だっけ。ラウラばーちゃんがちょうど今朝から待機してるし、直ぐいけるけど、行く?」
「タイミングよすぎですね……助かりました。お願いします」
唐突な性癖暴露話に透が眼を白黒させているうちにセレスとウェンリィの間で話がトントンと進む。
机に座ったままのウェンリィが何かの書類を出してサインをささっと書くと、それをセレスに手渡した。
「トール、『導師』様はこの奥の『2』とかかれた部屋にいます。敬意を持ってお話してきてください。わたしはウェンリィと少し話がありますので」
「ちょっとセレスー、アタシ何したっけー?」
「下着を盗んだ事をまず報復する所から、です」
「何よぉー、あんな地味ぃなのよりアタシがあげたヤツのほうがいいでしょー?」
「動きやすさはともかく布地がないのは下着とはいいません……!」
そんな感じでテーブルごしにぎゃいぎゃい騒ぎ始めた2人を見て、透は手を出すのをあきらめてさらに奥へと進む。
そこには扉が5つあり、その中で『2』と書かれたプレートの部屋をノックした。
「もし、失礼します。案内されてきたのですが……」
「はいはい、大丈夫ですよ。どうぞいらっしゃい」
セレスの言葉で気難しい人だったりするのかと思っていた透は、少し肩透かしを受けた気分になる。
温和で穏やかな老婆の声に、ただ敬意を忘れず扉を開けたあと頭を下げてから部屋に入った。
そこには水晶玉の載ったテーブルが1つと椅子が2つ、部屋中に何かよく分からない飾りがあるだけの簡素な部屋だった。
「ロイドくんから聞いた通りで安心したわ。異世界人、なんて言うけど殆ど同じようなものね」
「ひぇ!?」
ゆるふわっ、とした白髪の老婆はモノクルを揺らしてにっこり笑みを浮かべる。その言葉に透が驚き、変な声を出してしまった。
「私もリグル村の出身でね。私のひいひいばあ様の時にも西の小山から異世界からのお客人がいらっしゃったと聞いているわ。だから、他の人よりはちょっと信じやすかったのよ、私」
「え、いや私、リグル村から馬車で町に着て直接ここに来たのに」
「あなたの世界ではお手紙とかは無かった?一昨日、飛脚便でロイドくんからお手紙がきて、今日トールさんが来る予定だって聞いていたの。遅れがなくて何よりだわ。この年になると、2日とか連続でお仕事するのがキツくてねぇ……」
ラウラの言葉に、ロイドの前でも魔法について分からないという話をしていたなぁ、と思い出す。
たったそれだけで今日の手配までしてくれていた人に、感謝の気持ちを胸に浮かべて。
「自己紹介が遅れました。貴陽・透。この世界の言い方ではトール・タカヒと言います」
「えぇ、ありがとう。私はラウラ・ニルキリーよ。『導師』という、『色』を出せない人のお手伝いや、成長に伸び悩んでいる人の相談なんかを受けるお仕事をしているわ」
椅子に座ったまま手を差し出すラウラと握手をし、透はラウラの向かいの席に座る。
そこで、じっ、と自分の顔を見つめる視線に気づいて何かあったのかと首をかしげて。
「あら、ごめんなさいね。ほら、この辺は黒髪黒眼なんて珍しくて。ひいひいばあ様の時にいらっしゃった方もだったらしいし……異世界の方はみんな、あなたみたいな姿なのかな?と思っちゃって」
「そう、なんですか?いえ、んー……っと、大雑把に私の世界では『白人』『黒人』『黄色人』と別れていて、私は黄色い方、です。世界中で見ると多いのは白人、だったかな……?金髪碧眼で真っ白な肌の人ですね」
「あらまぁ、まるで『湖国』の王様みたいね。金眼だったら神国の王様もそういう雰囲気らしいけど。ふふ、お話は続けたいのだけれど、ちゃんとお仕事しなきゃいけないわね、ごめんなさい」
「あ、いえ、ありがとうございます」
やさしい視線を向けたまま、会話を続けてつい、おしゃべりをしそうになる。
雰囲気が優しく穏やかで居心地がいい、と思っていたせいだと考えて……目の前の老婆の徳、を感じていた。
だが、ここに来た理由は自分の『色』を知るためだ。であるならば、それを行うのを優先させるべきだ、と考えた。
「えぇ、じゃあ、この水晶玉に手を載せてもらえるかしら?そしたら……ほら、こうなるはずだから」
そして試しにとラウラが手のひらを水晶玉にのせると、水晶玉の中に青い光が生み出される。
ラウラの色は【勇気の青】であるために、水晶玉に青い光が生まれたのである。ラウラが手をどけると、その光もすぐに消える。
そしてどうぞ、とラウラが透の手を水晶玉に載せるようにすると、透はごくりと唾液を飲み込み、手を水晶玉へ近づけていくのだった。




