第7話
――彩暦635年4月7日
於:リグル村・北の森
……――
「うわっ、何これ?うわ、わっ」
「触れないですよ?見えるようには設定しましたけど、操作権限はオンリーのままですし」
珍しいモノに透が手をのばすが、その空間に浮かんだクローゼットの絵に触ることはできずにそのまま手が突き抜ける。
どことなく鼻を高そうにしているセレスが触れない理由を言いながら指先をクローゼットの扉に触れると、音も無くクローゼットの扉が開いた。
そこは何着かの衣類の替えが並びかかっており、下には化粧箱のようなものがある。
透がそこに視線をうつすとセレスがその蓋に触れて、箱の蓋も開いてみせた。
「わ、っぉ、えっと、薬瓶……?」
「そうですね、これは魔法薬を入れておくケースです。《ヒール》くらいの力を持つ『ポーション』や、魔法力を回復させる『エーテリンク』とかですね。高いのは流石にないですけど……でも、『ポーション』でも500ゴルド、『エーテリンク』で2500ゴルドくらいしますよ」
「うわ高っ!」
透がこの世界の汎用貨幣の値段を聞いて驚く。
ゴルドとはこの世界で全国で一応使用可能な貨幣だ。一部地域では使用できない所もあるらしいが、たいていはこれでなんとかなるらしい。
そして1ゴルドはおおよそ100円くらいの価値だと、透は理解していた。つまり、『ポーション』1本5万円、『エーテリンク』1本25万円である。
それが5本ずつくらい入っており、またそれとは違う薬瓶もある事に透はひぇぇ、と驚く声を上げた。
「ふふふ、透を驚かせることができて何となく嬉しいですね。いっつもこっちが驚かされてばかりですし。……人によって『インベントリ』の形状は異なりますが、こういう魔法空間に仮想の戸棚を作って持ち歩けるようになる、というのは変わらないです。なので冒険者は基本旅装は軽装になりますね。着替えとか野営道具なんかはほら、こんな感じにつめておけますから」
にっこりどやっ、と薄めの胸を張りつつセレスが得意げに説明をする。
そしてクローゼット最下段の引き出しを開けてみると、そこには布の塊を纏めたものや火熾しの道具、簡単な調理器具等が入っているのが見えた。
「……すごいと思うけど、これ泥棒とかに使えたりしちゃうやつ?」
「いえ、できないですよ。『インベントリ』に物を仕舞う時にはちょっとした音とか出ますし、防犯の魔術具が取り付けられているお店だと、勝手に『インベントリ』に仕舞おうとすると警報が鳴ります」
「あー、なるほど……ねっ!?」
セレスは説明ついでに手間を省こうとしたのか、透の目の前で『インベントリ』のクローゼットの空間を指先で撫でる。するとそこに仕切りのようなものが生まれ、クローゼットの中に小部屋が生み出された。
そしてその小部屋を左手で触れつつ右手を『ランブリングボア』の死体に触れると、ばし、と音がして『インベントリ』の小部屋の中に『ランブリングボア:肉』というタグのついた袋が生まれた。
同時に、『ランブリングボア』の死体が黒い闇の霧を噴出して消えていく。
「え、あっっ、え、セレスさん?」
「どうしました?」
「ま、魔物、肉って」
「あぁ、魔物の肉ってどれも美味しいので高値で取引されるんです。『下』ランクですから肉くらいですけど、『中』ランクになったら牙や爪なんかはまた取引されるので持ち帰るほうがいいです」
そ、そうなんだぁ、と驚いている声をあげる透を横目に、セレスは満足げにクローゼットの扉を閉じてふっ、とその姿を消してみせた。
物理的な面では優位面の多い透に対して魔法的な事では優位に立てていることに嬉しいのか、セレスが楽しそうに笑みを浮かべて。
「さて、村に戻りましょうかっ。対象は違いましたけど、魔物討伐は出来ましたし。ギルドで文句言えば報酬もちょっと上乗せです。『ランブルビー』退治は初心者1人用なのに、『ランブリングボア』は初級パーティ討伐用ですからねー」
「はぁ、そんなに強いんだねぇ……」
「えぇ。で、そんなのを一人でさくっと倒せるトールにはぜひ冒険者登録してもらって一緒に行動できたらなぁ、って打算ばりばりです」
「自分で打算とか言っちゃって」
背伸びをして村のほうを向き、足を踏み出す。透も隣に立って歩きながら、軽口を返した。
二人で笑い声をあげつつ、ほんの1時間ほどで山を降り、村の外辺部にたどり着いた。
セァラが空で輝いており、日本の4月に比べてどこか乾燥した冷えを感じる季節であっても太陽の恵みが降り注いでやや汗がにじむ。
透明が左手に付けたままの腕時計を見ると、時間は12時を過ぎたくらいだった。
「それ、便利ですよね。この世界にも時間の概念はありますけど、街の鐘楼で鳴らして知らせるくらいですから村や旅中は全部感覚になっちゃいますし」
「そういえば、リグル村でそういうの聞かないね」
透の腕時計を覗き込み、読めない文字でも時間が示されている小型の道具という所で感嘆の声をあげる。
透も手元で唯一の近代工学品である腕時計は大事にしようとしつつ、腕に付けたままこうして行動している。
もし繊細なタイプの時計だったらまた違ったろうが、これは父にプレゼントしてもらった全地形全天候対応型の高耐性デジタル時計だ。
機械に詳しくない透なので『頑丈で壊れなくて電池交換不要で便利』程度に考えているが、実際に超高性能品である。
GPS機能こそ死んでしまっているが、高度・方位測定もできて防水性能は水深2000mまで対応。衝撃にも強く、防弾保護もされているため時計機能を殺す覚悟さえすればライフル弾すら貫通させない性能を持っている。
なぜそんな性能を、と言うのであれば、それは父清流の親ばか具合によるものだろう。
娘に与えるものであるならば、できるだけ最上のものを。という考えで選んだ高校入学祝いの品だったのだ。
「サバイバルで役に立ったけど、この世界でも役に立つとは思わなかったなぁ」
「何かいいました?」
「いや、何も」
『無銘』だけを左腰に佩き、この世界の冒険者が見に付ける簡素な衣類に身を包んだ透は、独り言に首をかしげたセレスに何でもないと返事をする。
セレスの『インベントリ』に入っていた衣類をルシア等に手伝ってもらい、透用に仕立てた服だ。
もともとセレスが拳で戦う拳闘術士であったため、動きやすいつくりの衣類は透にもよくなじんだ。
問題は胸のサイズと腰のサイズであり、それはそれはセレスに強い視線を受けながら修正してもらった衣類を身にまとったのだ。
着替えた理由は、地球の衣服がこの世界ではあまりに異常に見えるため、である。
セレスの忠告に納得をし、代えの服が村にも今はない、というからセレスの予備をもらったというのに……その視線はどうなんだ、と透が思ったのも秘密である。
「お、お二人さんお帰りよ。どうだった、魔物、増えてたか?」
「増えてるも何も、『ランブリングベア』が出てましたよ……トールが倒してくれなきゃ、ちょっと巡回騎士様に色々お願いしなきゃでしたね」
「ひぇっ……てことは何かい、トールちゃんは『ランブリングボア』も倒しちゃえるのかい?しかも無傷で……ひゃあ、たまげたなぁ」
村外れの畑を耕していた青年とすれ違い、セレスが肩をすくませ大げさに動きを見せる。
が、出した名前に青年はひどく驚き、そして二人の様子を見てから討伐を確信して更なる驚き顔を見せた。
一方のセレスはなんと言うか自慢げな顔をし、機嫌よく鼻歌を歌いながら彼と別れて村の中心へ向かう。
その後ろをついて歩く透としては、そこまで自慢するようなことかなぁ、という気持ちが頭にずっと浮かんでいた。
「おや、セレス殿、トール殿。お早いお帰りですね」
「ロイドさん、こんにちは」
村の中心に進むまでに何人もの村人とすれ違い、会話をしつつやがて宿代わりに部屋を借りている村長宅前につく。
そこでは、村長のロイドが騎士甲冑を身に付けた男と何事か会話をしている所だった。
「見慣れぬ顔……で黒髪のほう。ということは村長、この方がトール殿か?」
「うむ、シアリィも彼女のおかげで助かったようなものだ」
「おぉ……トール殿、わしの娘の命の恩人!本当にありがたい!」
白髪で髭を生やした、老いてなお壮健という言葉が似合いそうな緑目の男性は全身で喜びを表現してから深々と頭を下げる。
「シアリィはルシアの友人で、今この村に残っている若い娘4人のうちの1人です。『凶骨の牙』のような盗賊団に襲われた以上、助けが間に合わなければ……」
「そんな過去のくだらないたられば等考えるだけ無駄だぞロイド!うむ、名乗り遅れたな。わしはビーン・スヴァルト。草原の街『ラフィン』の巡回騎士三番隊長だ」
「あ、どうも。貴陽・透……この国での順番でいうと、トール・タカヒです。宜しくお願いします」
よろしくな!と笑顔で差し出された手に透はうなずき手を差し出すとがっしりと握手される。
その握力は強かったが、そこに暑い熱を感じて透は何も言わずにぎゅ、っと握手し返すのだった。




