第3話
――彩暦635年4月5日
於:リグル村
……――
「ひゃーっはっはぁ!こいつら、こんなに溜め込んでやがった!」
「おい見ろよ、リュミドラー600年モノの赤ワインだ!これだけで金貨20枚するぞ!」
「こっちの女はいい体してやがる……あぁ、今回は大成功だぜ……」
逃げてきた女性――セレス・グラスハイトが滞在していたリグル村の広場は、今は無法者が戦利品を自慢しあう場となっていた。
広場の片隅には村人が集められており、自らの貯蓄や財産を奪われていく様を見せつけられている。
屈辱と憎悪の視線を盗賊集団に向けるが、実力行使に至る事はできない。
その理由は、彼らの前に露骨に転がされた抵抗しようとした村の若い男たちの死体のせいだろう。
「しっかし、あいつら遅ぇな……」
「外で楽しんでるんだろ。分前が減るだろうに、なぁ……ま、逃げた冒険者の女は垢抜けて可愛いツラしてたし、仕方ねぇか」
村人の視線も意に介さず、村の食料庫から取り出した鹿の燻製肉を貪る盗賊たち。
1人が先程セレスの逃げていった方向に視線を向けるが、別の男が適当に答えて食いかけの肉を死体の所に投げ捨てる。
「――ほんとクズだ」
「えぇ……あのお肉、わたしが依頼を請けて狩ってきた鹿肉で作ってくれたものなのに……」
――その様子を、透はセレスと一緒に物陰から見ていた。
あの後、透はセレスと共にリグル村に潜入しつつ自らの素性を隠さず告白した。
その結果かえってきた表情は不安げなものと胡散臭いものを見るような視線ではあったものの、身に着けている衣類と、左手にはめていた太陽電池式のデジタル腕時計で一応の納得をして貰った。
そうしてこの世界について常識が疎い事を理解してもらい、一緒に『凶骨の牙』の動向を確認しながら色々と情報を交換している。
「あの盗賊団『凶骨の牙』は、指名手配の盗賊集団です。団長である『凶骨』ガーライルは生死不問……ていうかどっちかって言うと討伐ですね。討伐できたらギルドに報告すると報奨金が出ます。他は特に賞金かかってないですけど、基本は盗賊団は纏めて討伐するのが基本ですね。」
「なるほどつまり別に殺しちゃっても問題はない、ってことね。ガーライルってのはどいつ?」
「ヒゲもじゃもじゃの、槍を持った男見えますか?あれが『凶骨』ガーライル、『凶骨の牙』の首魁、です」
透が気配を察知しながら、ちょくちょく物陰から顔を出して対象を確認する。
セレスの言う特徴の男は1人しかおらず、村娘に酌させながら酒を飲んでいる様子が見てとれた。
他にもちらちらと確認するも、村の中に騎士の姿はない。
死体の中に身包みをはがされた死体が混ざっているので、恐らくそれが騎士だったのだろうと判断した。
「人数は分かる?」
「正確な数までは分からないです……多分30人くらい?」
「んんん……おっけ、ちょっとそれは探ろう。あとは魔法、だっけ。それ私わからないんだよね」
「……トールさんくらいの年だったらみんな使えるかギルドで『導師』様に引き出してもらってるはずですし、うーん……ホントに、異世界とか……」
「や、もうだからそれは信じてって。で、魔法ってどういうのかもっかい教えてもらっていい?」
顔を物陰にひっこめながら、人数を確認するが不明という言葉に透は目を閉じる。
セレスが言うには村にいた巡回騎士は夜襲に対応してみせたものの、数に押されて圧倒されたらしい。
冒険者ではあるものの単独での戦闘力は正直未熟なセレスは、村長の機転で逃げさせてもらったそうだが、不運にも見つかって追われたのだ。
そこを偶然通りすがった透が救出し……その時頭上に浮かべていた光が彼女の使える魔法の一つ、《ピュアライト》だったと教えてもらっていた。
「基本的には、こう……突き出した手の先に『色の光』を生み出して、魔法を使います。多分盗賊たちが使える程度の魔法だったら、そこから属性の矢を打ち出したりするくらいじゃないかなぁ……ガーライルは強い【緑】もちで、風属性の魔法をたくさん使えるらしいからそこを気にする必要があるくらいだと思います」
魔法を使う際には光を発してしまうため、今は使わないと前置きして魔法を使うポーズだけをとってみせる。
目を開けてそのポーズを確認した透は、どうやら片手を差し出してそこに『色の光』を生み出さない事には魔法が発動しない……という事で安心をしていた。
それはつまり、『銃弾よりは遅い』ということだからだ。
「了解。じゃあ行ってくる」
「え、盗賊の数は」
「多分23人。余裕」
え、どういうこと、とセレスが言うより早く透は地面を蹴って高く飛ぶ。
助走なしの跳躍だったが、その高さは5m程まで届いて隠れていた建物の屋根に飛び乗ることに成功していた。
そしてそのまま木製の屋根の上を出来る限り音を立てずに走り、知覚できた最も村外周の盗賊たちの所へ向かう。
――透は、自分の肉体の好調具合を自覚していた。
まるでこの世界は重力が少ないのか、と思える程に体が軽い。
地球であれば集中して知覚できる範囲はよくて50m程だったというのに、今は200m程度はいけると感じていた。
(大体、父さんと同じくらいのレベルかな?何でここまで調子いいかわかんないけど……ま、安心ってことで)
やがて、目標地点に一番近い建物の屋根に到着してあえて着地音を立てる。
すると、そこにいた5人ほどの盗賊の集団が驚いた顔をして透がいる建物のほうを向き、右手に差し出した白い光から強い明かりを生み出した。
恐らくそれが《ピュアライト》の魔法なのだろうと透が理解すると同時に、盗賊たちも驚いた顔をしながら手を差し出しつつ獲物を抜く。
「だ、誰だっ!?」
「なんだ、さっきまでそこに誰もいなかったぞ……っ!?」
輝きに浮かびあがった透の薄手のシャツだけでは隠せないスタイルに男たちが一瞬鼻の下を伸ばした顔をするが、すぐに手の先に赤や青といった色の光を生み出した。
「まずは周辺から――いくわよ」
『色の光』が生み出されてから何かが出るまで、セレスが盗賊程度では5秒はかかると言っていた。
そして今の透は5秒もあれば……
「人剣空技、《空霆脚》からの……人剣風技、《風鳴斬》!」
屋根から飛び上がった、と思ったのも束の間。透の技を示す掛け声と共に『空中を蹴り』、一瞬で並んでいた男たちの端に着地する。
そのまま刀を居合のように抜いて見せると、その刃の軌道を描くように風の刃が走り……
5人の男が何も反応できぬまま、命を喪う叫びをあげつつ、ずるり、と体を絶たれて倒れ込む。
――透は、父から受け継いだ剣術を修めている。17歳にしてその技のほぼ全てを体得した透の剣筋に迷いはない。
流派名は暁天神月流(きょうてんかんづきりゅう)。
放った技は、その流派の大別三剣。その内基礎とされている『人剣五技』の二技だった。
一つ、人剣空技《空霆脚》。体内の『剣気』を脚部に集約させ、たとえ大気であろうと足場とする技だ。
地球では1歩しか出来なかった技が、今の透は父のように空を走ることが出来ている。
一つ、人剣風技《風鳴斬》。『剣気』に風気を宿して刀に纏わせ、風の刃を放つ技だ。
地球では射程5mほどであった風の刃が、今の透は20m先にいた男の首を断つほどの冴えを見せている。
「おいなんだっ!」
「こっちだ!何だ、何がきやがった!!」
透の目の前で倒れていった男たちの、先の悲鳴に気づいて更に3人ほどの男たちが向かってくる。
先ほどの男たちの悲鳴のせいか、手に光の玉を浮かべているのだが……逆に透がその光を目印に刀を構えて突撃した。
「女っ……だが、てめぇ……!」
「くらえ、《ファイアボール》!」
「ぶっ潰れろ、《アースバレット》!」
しかし今度は距離がある。滑るように走る透が近接するより速く、男たちの詠唱が終わってしまう。
そうなると赤い光の玉からは炎の弾が生まれて飛翔し、黄色い光の玉から生まれた光が地面に落ちるとそこが炸裂して石つぶてを放つ。
だがそれでも透は気にすることはなく、刀を鞘に納めてから空中で居合い抜きの構えを見せて。
「人剣水技、《水影閃》!」
一つ、人剣水技《水影閃》。水気を宿して身体の反応速度を上げて最速の剣を放つ技だ。
その技は炎の弾の『核』を切り裂き炎を散らし、続いて飛来する石つぶてを視認しづらい夜闇の中でも1つ残らず切り払う。
「はぁ!?」
「うっそだろ、おいなんだようっそだろ!?」
「嘘じゃない、コレは現実だよ――人剣風技、《風鳴斬》!」
慌て、動揺する男たちを再び風の刃で切り裂き、倒してから透は広場に向けてさらに足を進めるのだった。




