第29話
28話に若干修正があります。
1:エングの鱗の色の記載を忘れていたので、「黒い鱗」と明記しました。
2:名前を「暁の竜」から「宵の竜」に修正しました。
――彩暦635年5月17日
於:港町アルスツール・港『飛竜便発着所』
……――
「船が出るぞぉー!!」
飛竜便発着所の波止場で、船の碇をあげる男が声を上げる。それにあわせてエングが高く震える笛の音のような咆哮を放つと、その両腕でもある翼を羽ばたかせてまず自身がホバリングする。船の上部にエングから海水が滴り落ちる中で、その首、胴、足に取り付けられた船との固定具を船員たちが最終チェックしていった。
「船首、頸部係留ロープ異常なし!」
「マスト、胴部係留ロープ異常なし!」
「船尾、脚部係留ロープ異常なし!」
1か所あたり2人でそれら係留ロープの接続状態をチェックし、声を上げる。3か所のチェックが終わると、船中央マスト部にたつ船長バルツの元に集まり、全員が揃う。それに頷き、バルツは【緑】の光を浮かばせ、マスト下部にある宝石にそれを当てた。すると、船の周りに風の幕が生まれ、海水と分断されてわずかに宙に浮かぶ。
「よぉし、出発だ!エング、今日も頼むぞ!」
『任せるがいい!』
最後にバルツが空に羽ばたくエングに声をかけると、透にだけ言葉として聞こえる声を上げ、その体を空へと向けて押し上げていく。一つ羽ばたくたびに竜と、それに繋がる船は空へとどんどん駆け上がっていき、やがては雲の上まで登っていくのだった。
『ふむ、今日も良き太陽の光よ。身に力あふれるというものだ。さぁ、張り切っていくぞ!』
雲の上で陽の光を浴びてエングは機嫌よく吼える。そして翼をばん、と打つと前方へ向けてかなりの速度で進みだした。その折、エングの下腹部にしてちょうどマストのある場所にエングの【黒】の光が浮かび、船の重力と慣性を制御する。それにより、エングが速度を出しても船員や乗客、貨物には影響がない、のだが……
「んぎゃぁ……っ!」
「トール!トールが乙女が出しちゃいけない声を出しています!?」
透の【金】は、それを弾いてしまう。その結果、急加速に慣性が働き、船の壁にむぎゅっと張り付けられて前方から後方へと押し付けられる圧迫感に悲鳴を漏らしてしまう。
なおエングの加速力は地球でも生物が出すにはあり得ないレベルの加速である。具体的に言えば、現在の速度はおよそマッハ1。たった8秒でその速度まであっさりと到達し、今は鼻歌交じりで等速で進んでいる。その場合、かかるGはおよそ6。ともすれば、スペースシャトルの打ち上げ時にも近い圧力を、透はその身に受けていた。
とはいえ、等速度になってくると体も慣性により無事に壁から解放され、床にへたり込む事ができた。
「きっつぅ……さすがに、こういう鍛錬はしてなかったからなぁ……うぷっ……」
「水、飲みますか?」
「うん、お願い……」
ふらふらと立ち上がり、近くのソファに腰かけた透に甲斐甲斐しくセレスがコップに冷たい水を注いで持ってくる。また、アルスツールで購入していた柔らかい果実のゼリーも取り出してテーブルに置いた。透はそれを受け取り、口にすることで何とか一息つく事ができた。改めて部屋の内装を見渡し、この世界にきて一番豪華な部屋であることに恐縮する。
――バルツ他、飛竜便関係者がエングとの通訳をしてくれたお礼として、飛竜便の特別乗客室に透とセレスを乗せてくれる事になった。ただ、便であるために出発時間をずらすことはできないと、それから3日待つ事となった。
その間、透はエングの所へ足を運び、港の人との通訳を行い続けた。何度も港の区長や街の町長から通訳の仕事として町に残ってほしいと要請を受けたのだが、それはできないと断り続ける破目にもなった。そして惜しまれながらも、こうして飛竜便に乗り、空の旅へ出たのである。……もっとも、慣性によるダメージが発生するのは、透にとって予想外だったが。
「そのうち、トールの【金】は何が効かないかを調べる方がいいですね。……着地の時も、きっと同じ目にあうでしょうし」
「あぁぁぁぁ、もう、今から到着が……そうだ、エングにお願いしよう!」
出発の時にこうなるのであれば、到着の時にも同じように加減なく速度を落とすのは目に見えている。であれば、今度は透が前方に吹き飛ぶのが想定できて、セレスがつぶやいた言葉に透が頭をかかえて部屋のテラス……船前方へ抜ける窓を開けて外に出る。
「エング、エング、聞こえる?」
『ん?おぉなんだトール。どうだ、飛竜便は初めてだと聞いたが楽しいか?人間はこうして空を飛ぶと皆興奮してくれる。その時の歓声を聞くのが私は楽しみなのだ』
「あー、うーん、いやそのすっごく楽しいとは思うんだけど……ごめん、説明し忘れてたから、減速は少し気を付けてもらえない?」
『ん?どういう意味だ?』
テラスから外にでると、特別乗客室専用の船のフロントデッキへと出る事ができた。そこで顔を見上げると、陽光を受けて輝く黒い鱗の竜の頭が見える。そこに声をかけると、気分よさそうにエングが透に顔を向けた。空であり他に周囲に飛行物体がないためか、そのままでも速度が変わらずずっと進み続ける。
言葉が通じる相手と話すのが楽しい様子で、いつものようにエングが弾んだ声を透にかけるが、透は表情を暗くしたために首をかしげる。そして透が自分の【金】の特性で魔法が通じない事を説明すると、エングは少し驚いた顔をして、なるほど、とつぶやいた。
『であれば、神国では直接着水するのではなく、あの島を一週回ってからゆっくり速度を落として着水するとしようか。バルツにそう伝えてもらえるか?』
「わかった、ありがとうエング!」
『気にするな、では空の旅を楽しむがよい』
エングからの提案に、ほっと安心してから透は頭を下げて部屋に戻る。部屋にいたセレスにも声は聞こえていたのだが、エングの言葉は理解できなかったのでどういう話になったのかを透に尋ね、透はそれに答えた。
「なるほど。神国は国土は世界最小の、島1つだけの国ですしね。ついでにトールに観光させてくれるのでしょう。あのカルデラの中に栄える街は、独特の様子で美しいですよ。楽しみにしてください」
「へぇ、そうなんだ?わかった、楽しみにするね。じゃ、ちょっとバルツさんに伝えてくる」
「はい。わたしはここで、お茶を飲みつつ本を読んで待っていますね」
自分の出身国であるためか、誇らしげに説明するセレスの言葉に透も目を輝かせる。セレスがそれだけ自慢げに言うのなら、よっぽどなのだろうとわくわくしながら部屋を出て、船長バルツのいる場所を探しに出かける。途中で顔見知りになった船員に尋ねると、マストの所にいるはずだと教えてもらったのでそこに行き……実際に、そこで会うことができた。
「ん?おぉトールか。どうかしたか?」
「バルツさん、こんにちは。さっきエングとお話しして……えーと、私が神国が初めてだって話したら、着地する時に島を一週して見せてやろう、と言ってくれまして。バルツさんとしても問題ないかな?と思って聴きにきました」
最初、エングに言ったように【金】について説明するかとも悩んだのだが、あまり【金】の事は吹聴したくない――エングにはちゃんと秘密だと伝えてある――ので、そこをぼかして説明をする。するとバルツはふむ、と悩むような顔をして顔をあげ。
「おーい、エング!本当か!」
『本当だともバルツ。たまにはいいだろう?』
「……どうやら本当っぽいな。まぁ、今日はエングもやる気だしてていつもの倍くらい早いし、着地の時にぐるっと回って見せるくらいは問題ねぇだろ」
バルツはエングの言葉を理解できない。が、40年の付き合いでおおまかなニュアンスで意図をくみ取る事はできるようになっている。できれば透に翻訳してもらいたいのだが、話を持ちかけたのが透だという事もあっていつものように自分の力でその意思をくみ取り、頷いた。
「となりゃ、もうちょい速度マシでいくか。エング、あと2、あげてくれ!」
『ふむ、わかった。トールは何かに掴まれ』
「え、あっ、っと、はいっ」
続いてバルツが声を上げると、エングの返事の後にさらに速度が上昇する。今度は出発時のような速度差ではないものの、例えば新幹線の発車時くらいの慣性で透の体が揺れてマストに手をついた。その挙動にバルツは首をかしげるも、あまり突っ込む内容を聴くことはせず。
「本当は途中で1泊してから翌朝着だったけどな。あの国は夜に空から見る風景が、これまた綺麗なんだ。っつーわけで、速度マシマシで夜着できるようにしといてやるから、期待しとけよ」
にか、っと悪戯を仕掛けた子供のように笑みを浮かべるバルツに、透も期待を膨らませて頷き返す。
――そしてその夜、ついに神国へと到着するのだった。
ひとまずこれで『湖国』編は終了、次から『神国』編になります。
『湖国』編は導入でもあったので長めになりましたが、『神国』編は少々短めになる予定です。
よろしければ、これからもよろしくお願いします。




