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色取り取りの世界の中で  作者: あかいぬ
第1章 『湖国』
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第28話

――彩暦635年5月14日

於:港町アルスツール・港『飛竜便発着所』


……――


 透が大通りを通り、港やってきてまず感じたのはさらに強くなる潮の香り。そして巨大な木造船の数々の威容だった。3隻の巨大な木造船の他にも、比較的中型の船が数十、数人程度しか乗れない小船に関しては100を軽く超える数の船が港に係留してあった、

 しかし、それらを超えて眼を引くのが――目の前にある、飛龍船である。1頭の巨大な黒い鱗を持つ竜が波止場に浮かび、小さな倉庫ほどもある餌場に頭をつっこんでもしゃもしゃと食べている姿が見える。そしてその後ろ、竜に鎖でつなげられていた船からは積み荷と客が下りてくる所だった。


「えぇっと……あのでっかいの、竜って、人を襲わないの?」

「飼育されている竜は人を襲いませんよ。賢くて言葉も通じますし、人間以外のパートナー……といった感じですかね?」


 透の感覚では竜とは神話に出てくる勇者が対決し、倒す『敵役』という認識だった。あまりテレビゲームなどに知識のない透であっても、八岐大蛇の話や姫をさらう竜王を勇者が討伐するゲームなどは名前程度は知っている。だから、今目の前で竜の鱗を十数人で磨きながら何かを話しかけ、竜も楽しそうに喉を鳴らしている風景に異世界らしさ、を感じていた。


「さて、ではわたしはあの飛龍便を使わせてもらえるようにお話をしてきます。トールは……興味があるのでしたら、竜の所に行ってきては?触ったりはできませんが、近くで見るくらいであれば子供でも許されてますし」

「あ、そうなの?じゃあ、そうしてみようかな」


 興味深く竜を見ている透を見ながら、セレスは少し笑って港にある白い壁が綺麗な建物を指さして提案した。それに透はうなずき、竜の居る所に向けて歩きはじめる。


「終わったらそちらに行きますので、この波止場から出ないでくださいね?」

「わかった、そっちはお願いねー」

「はい、任されました」


 手を振りあって別れたあと、透はすたすたと竜に向けて歩いていく。竜は今、波止場に立つ男性の話を聞いていたようで、頷くような仕草を見せていたのだが……透が近づくと、鼻をひくつかせてから周囲を見渡し、そして透を見つけて、じっ、と視線を向けてきた。

 急な竜の動きに男性も何やら驚いた顔をして、竜の視線の先にいる透の方に顔を向ける。しかしそこにいたのは透だけであり、男性の記憶にあるような竜の興味を引く人物がいないことにさらに困惑する様子を見せた。

 透もなぜこちらに竜が顔を向けているのか分からないのだが、とりあえず危険は無さそうなので、そのまま歩み寄った。すると、竜は顔をす、っと伸ばして透のにおいを確かめるように嗅ぐ仕草を見せ、口を開く。


『懐かしい匂いだ。クリスタの縁者か?』


 その口から発する音は、人間のそれとはまったく違う。だというのに、透にはなぜかそれが普通に言語として聞くことができた。


「え、えっ……!?クリスタ、って、誰……?」

『フム?違うのか?まぁ、あれから800年は経つ。人の血が絶える可能性もあろう。ともすれば転生の後の魂かもしれぬが……いや、お主には何か違う匂いもあるな。ふぅむ、興味深い』

「いや勝手に一人で納得しないでよ……って、竜って800年も生きるの?」

『そういえば、最近は年を聞かれる事もないな。私は今年で……そうさな、およそ1100歳、という所だ』


 くつくつと笑うような音を吐きながら、竜はその頭を波止場に乗せてじろりと透の姿を眺める。その視線には、懐かしい大切なものを見るような色があり、透も悪い気もせず竜との会話を続けた。


「おい、あんた!……さっきから、誰としゃべってるんだ!?」

「誰……って、そういえば、あなた名前は?」

『私か?私は宵の竜エングラァドヴェッセンス。まぁ、人間には短くエング、と呼ばれている』

「エングっていうのね……えーっと、このエングって竜とだけど」


 そんな会話に割り込むように、竜と最初に会話をしていた男性が透に詰問口調で声をあげる。それに対して透は『誰と』という所で名前を聞いていない事を思い出し、竜に名前を尋ねた。そしてその答えを返すと、男性は驚いた顔をする。


「エングって……お前、まさか竜と話せるのか!?」

「え?」

『うむ、最近の人間は竜語を理解できないようでな。久しぶりに会話ができる人間に会えて私は嬉しいと思うぞ?しかも、懐かしい匂いを纏う人間だ』

「竜語?……そういえば、何で私、エングの言葉を理解できるのかな……?」


 驚いた顔でエングと透の顔を交互に見る男性の声に、楽しそうに長い尾を揺らすエング。透はエングの言葉を理解できる理由が分からず、首をかしげた。そのまましばし悩んでいる間に、港にいる作業員たちが集まってくる。男性の声以上にエングの楽しそうな仕草が珍しい様子で、十数人が集まってきた。


『お主の名前は、何なんだ?』

「私?私は透。貴陽・透だよ」

『トールか。なるほど、覚えたぞ。してここに居る、という事は船に乗りたいのか?話し相手になってくれるのであれば、どこへなりと連れていくぞ』

「え、本当!?」


 透とエングが楽しそうに会話している様子を見た作業員たちが、皆驚いた顔をする。そして1人が、透に近づき、あの、と声をかける。それを聞いて振り向くと、そこには白い髭を生やした老年の男性が立っていた。


「あ、はい、なんでしょう?」

「貴女は、エングと会話ができているのですか?」

「はぁ、そうですね。理由はわかりませんが」


 男性の問いに透が素直に答えると、周囲からざわめきがあがる。本当かよ、嘘じゃねぇのか、でもエングがあんなに楽しそうにしてるの久しぶりだわ、といったざわめきの声に、エングも楽しそうに顔を上げる。


『トール。その男、バルツは飛竜便の船長だ。どれ、私の言葉を通訳し、伝えてくれないか』

「え?あ、うん。……えーっと、バルツさん。エングが、お話したいと言っていて……よろしいですか?」

「むぉ!?ほ、本当か!?……エング、私に、話があるのか?」

『うむ。私と長年付き添ってくれている男だ。礼を言いたいと思っていたのだよ』


 透以外には、控えめな咆哮にしか聞こえない声でエングはバルツに語りかける。ただ、言葉が通じないのは理解できているので、透の言葉に対して頷くジェスチャーを見せた。そして透はエングの言葉をそのままバルツに伝えると、おおお、と涙を浮かべてバルツが膝から崩れおちる。


「ば、バルツさん!?」

「私は、私はもう40年も飛竜便でエングと一緒に空を飛んでいた。その感謝を伝えてはいたつもりだが、私はエングの言葉を理解できず、心の中にはいつも不安が残っていたのだ。もしや、エングは飛竜便などやりたくないのではないか。私がしている事に間違いはあったりしたのか……問いかけたかった、語りたかったのだ……」

『泣くな、バルツ。お主からの敬意と献身に、何時も感謝している。ともに空をゆく仲間だと信じている。伝えていた言葉を、今ようやく、人の言葉で伝える事ができて私は嬉しい』


 涙を浮かべ心中を吐露するバルツに、エングは優しい声をかける。それを透は一言一句正しく伝えていくと、エングは嬉しさのあまり涙を浮かべ、エングの顔に抱きついた。エングも抱きつかれて嬉しそうに、むふぅ、と鼻息を立てる。その様子に、透の言葉が正しくエングの言葉を通訳していると理解した作業員たちは、透にかけよる。


「お、おい、頼む、俺の事どう思ってるか聞いてくれよ!」

「私も!私も!前にエングちゃんの背中を磨いたときに、翼をぴくってさせたのあれ何がまずかったのか教えて!機嫌悪そうにしてたけど、何が悪いのかわからなくてあれ以来、布で拭くくらいしかできてないんだよね……」

「飯もさ、肉と魚のローテーションなんだけど、ほんとにあれでいいのか知りたいな。エングがうまい飯食いたいんなら、食わせてやりたい」


 押し寄せる人の波に眼を白黒させる透が見えたのは、大きな声で『エングと話せる奴が来たぞ!』と叫びながら建物に走っていく男性の姿と、泣きながらエングに抱きつくバルツの姿。

 それを見て、今日の夜は長くなりそうだな、と考えたのだった。

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