第23話
――彩暦635年4月23日
於:草原の街ラフィン北東・ダンジョン『グリュン山砦』最深部
……――
バーサークロード・オーガが切り捨てられた左腕を振るい、どす黒い魔物の血をまるで目潰しするかのように透に向けて振りかける。対する透は、直感から後ろに飛んでその血を避けた。そうすれば先程まで透の立っていた場所にその血が降り注ぎ……じゅわ、という強酸を浴びせたような音と共に、地面に黒い染みが広がっていった。
魔物にはいわゆる『瘴気』と呼ばれる邪悪なオーラを纏うものがいた。このバーサークロード・オーガもその1匹であり、血には『瘴気』がふんだんに含まれている。『瘴気』とは基本的に魔物以外のものには致命的なまでに有毒であり、このように魔物以外の存在が浴びれば『瘴気』に侵されてしまうことになる。
バーサークロード・オーガの『瘴気』の特性は侵食・破壊。触れたものに染み付き、取り憑き、ただただその構造を破壊していくものである。もし、透が先程の瘴気を雷剣気をまとわぬ刀で切り払おうものなら、刀は黒く染まり立ち所に朽ち果て折れていたことだろう。
「厄介な気がしたけど、やっぱり正解だったみたい……クリスさん、ちなみにコレ、倒すならどうやって倒すものです?」
「貴様はまた軽くそんな事を!?……バーサークロードの血を浴びた武器は使えなくなる。だから基本は魔法、ないし射撃武器による攻撃が有効だ。使い捨ての槍を突き立てていく戦い方で討伐記録はあるが……いや、まて。そもそも貴様の剣、何故朽ちていない?」
「雷卦により、今この刀は雷気を帯びていますから。セレスの見立て通り、雷であればどうやら血に汚染される前に消滅させることができるみたいですね……っと!」
血霧による攻撃が通用しなかったためか、バーサークロード・オーガは咆哮をあげて左腕を筋肉で膨らませて強引に止血する。断面から滴る血はあるものの、先程のようなあふれるような血流は止まっていた。そして、右手で握った斧を引き、地面を蹴ってまるで肉食動物の狩りのような速度で透に向けて襲いかかる。
爆音のような大気を引き裂く音をたて、振り下ろされる斧。先程のクリスに向けて振ったものより、なお速度の高いその一撃を透は『デミフリウム』製の籠手で体の外に押すようにして捌き、更にカウンターとして刀を振り下ろす。彼女の体得した剣術とは違う、剣道の小手のように振り下ろした剣は、しかしバーサークロード・オーガが斧を手放し手を引く事で回避された。
「そもそも、ライカ、とはなんだ!?貴様の【金】は、まさか属性を自由に操れるとでもいうのか……!?」
「いえ、これも暁天神月流の技の一つで……と、説明は、後でまたします、よ……っと!」
透の刀が振るわれるたびに、刀の軌跡に雷が弾けて炸裂音が響く。触れれば肉が爆ぜるような雷の軌跡をバーサークロード・オーガは酷く不機嫌な顔をして睨みつけていた。
一瞬の硬直にクリスが声をあげ、それに対して透が返事しようとした隙をついてバーサークロード・オーガは再び鎧の内側から短剣を抜き、投げつけて。透はそれを切り払い、更に《空霆脚》で空に駆け上がった。空という射程の外を走る姿に、バーサークロード・オーガは再び断面を晒す左腕を突きつけ……
「トール!3秒、氷槍、拡散!」
「はい、よっ!」
その断面に【青】の光が生まれるより早く、セレスの声が響く。その声に反応して透は地面に向けて《空霆脚》で駆け下り、地面に刀を突き立てた。その次の瞬間、セレスの言葉の通りにオーガの【青】の光から、クリスが使う魔法と同じレベルの氷の槍が無数に生まれ、まるでマシンガンのように透がいるあたりに無尽に掃射される。
「人剣地技、《地裂衝・濤》!」
だがセレスの声でその魔法の発動に対応できていた透は、地面に突き立てた刀から自身の目の前の地面を炸裂させ、土の破片でその氷の槍を迎撃する。
今回つかった《地裂衝・濤》は通常のそれとは異なり、自分の前面へ指向性のある土の波を起こす技になる。範囲が前方のみになる代わりに、やや持続時間が長く、こうして魔法に対する盾としての使い方ができると、この世界にきて透は学んでいた。
3秒きっかりでセレスの言葉の通りに、バーサークロード・オーガの魔法の効果は途切れてしまう。透も無駄に剣気を消耗することなく、合わせて技の発動を止めてちらりと刀に目をやった。
(――残り時間は、1分半。やっぱり、あんまり猶予ないな……!)
盤面としては有利に進めているものの、刀に宿る雷剣気は次第に放出されて弱まってきている。体に纏う金の光も、少しずつその放出量が減っているが明らかだ。だが、雑な踏み込みを許す程にバーサークロード・オーガは甘い相手ではない。氷の槍と土の礫がぶつかり合って相殺された事を理解したバーサークロード・オーガは、魔法を続けて使う事はなく腰から禍々しい黒ずんだ色の剣を抜いて構えていた。
「やるっきゃない、か――セレス、30秒、光、3秒、お願い!」
「っ、わかりました!」
透は悠長に待つ余裕はない、とセレスに『オーダー』を叫んでから身を低くして地面を這うように走り、バーサークロード・オーガの懐に向けて走る。両手があれば片手で迎撃をできていたのだろうが、左腕がないため右手の剣を構えてバーサークロード・オーガは透の接近に合わせて剣を振った。
重く硬い剣が振られ、透も刀を振って打ち合う。金属と金属が打ち合う音と、火花が一合ごとに激しさを増す。2度、3度と繰り返しお互いの体を切り裂こうと剣と刀が噛み合い、近接距離で火花を散らし合う。
バーサークロード・オーガが剣を横に触れば透はすくい上げるように刀を走らせ弾き、空いた胴めがけて刀を逆袈裟に切り上げようとする。しかしバーサークロード・オーガは強靭な膂力で弾かれた腕を強引に引き戻し、透の刀を打ち付けて破壊しようとした。
透は剣の軌跡で狙いを悟ると、バーサークロード・オーガの胴を斬る事を諦めて刀の軌跡を変え、振り下ろされた剣を刀の峰で受ける。そのまま剣が刀に直撃すると、純粋な力の差により刀が折られるか、はたまた刀を握る透の腕が折れてしまうことだろう。
だが、その瞬間透は刀に回転するよう力を添えて手を離した。すると、空に浮かんだ刀は峰にバーサークロード・オーガの剣を受け、空中でぎゅん、と独楽のように回転する。がす、と地面にバーサークロード・オーガの剣が刺さると同時に、空中で回転する刀の柄をばし、っと握り透は刀を横に薙ぎバーサークロード・オーガの右腕を浅く切り裂いた。
「っし、今!」
「白光よ、破裂し彼の目を焼き尽くせ!《フラッシュ》!」
そこで、30秒経過する。透の合図の通りにセレスは『精霊の眼』の使用をとめて、残り僅かな魔力で3秒だけの強烈な光を透とバーサークロード・オーガの間に生み出す。予め透は眼を塞ぎ、刀で光の発生点との間に仕切りを作っていたためにその光に眼をやられることはなかったが……剣を地面に突き刺し、腕を浅く斬られて怒りに眼をむいていたバーサークロード・オーガにはその効果が存分に発揮される。
至近距離で放たれた、3秒だけの強烈な光にバーサークロード・オーガは思わず剣を手放し右手を自分の眼にあてて、苦悶の叫びをあげる。
――つまり、透の眼の前には、完全に隙のできた胴体が、晒されていた。
ちゃき、と音をたてて刀が瞬時に鞘に収められる。『無銘』の鞘内で雷剣気が全て、刀に載せられていく。
残り全ての力を込めた、腰溜めの居合抜きの構え。眼を潰されたバーサークロード・オーガですら、そこに危機を感じて全力で後ろに飛び逃げようとする。が――
「――人剣水技、《水影閃》!」
踏み込み、鞘から放たれる透の最高速の技。
鞘走りの音は、空気と、肉を斬る音とほぼ同時に発生する。抜いた時には、既に斬っていた。
後ろに飛ぶバーサークロード・オーガの姿の前に、残心を崩して雷剣気を全て使い果たした剣を振る。その刀に血はついていない。全て、それは雷剣気が焼き尽くしていた。するりと刀を鞘に収め、ちん、と鯉口が鳴るのと同時にバーサークロード・オーガは着地する。
同時に、ずるり、とその腰から上が滑る。滑らかな断面を晒し、泣き別れとなった上半身は後ろにどちゃり、と倒れるのだった。




