第22話
――彩暦635年4月23日
於:草原の街ラフィン北東・ダンジョン『グリュン山砦』最深部
……――
「流水よ、盾に宿りて刃を流せ!《ストリーム・コート》!」
前に出たクリスの手に青い光が宿り、その盾に輝きが生まれる。クリスの使える防御系魔法の中でも、切り札のひとつだ。盾に宿した流水の加護により、名前の通りに刃を『流して』受け流す事ができるようになる。その魔法を使った上でバーサークロード・オーガの斧を盾に受けた。
「ぐ、ぅっっ……!」
バーサークロード・オーガの斧が盾に触れた瞬間、魔法が発動する。まるで豪雨の後の濁流にも似た圧力が斧にかかり、その刃が盾の外へと流されていく。普通のオーガであれば、盾に刃を触れさせる事もできないままに流れた斧を地面に打ち付け苦しむだろう。だが、バーサークロードの名を冠するオーガの膂力はその圧力を受けながらも刃をクリスの盾へ到達させた。
さらにその刃は、クリスの盾に食い込んでいく。クリスの盾は「カストール」という銘のついた逸品だ。かつて彼女が国王からの特例依頼を達成した際に褒美として下賜されたものであり、【青】の魔法の効果を増幅させる効果を持つ非常に堅固な代物だ。だというのに、その盾に刃が食い込んでくる感覚にクリスは震え、体を回転させて強引に斧を受け流す。
その動きが幸いし、斧は盾の表面を滑って地面へと落ちる。盾を断ち切る勢いを秘めていた斧は、土の地面に触れた瞬間に地面を爆発させてバランスを崩したクリスの体を吹き飛ばした。
さらにバーサークロード・オーガが追撃とばかりに鎧の内側から短刀を抜いてクリスに投げつける。その勢いは凄まじく、クリスの頭部に突き刺さるかと思われたが……
「輝きは金剛となりて、汝が身を抱擁せん――《スパークルメイル》!」
間一髪、セレスの使った魔法がクリスの体を覆う。1度に限りあらゆる攻撃を無効化する輝きがその短刀をはじき、そしてすぐに消滅した。
クリスは受け身をとり地面に転がり、すぐに起き上って左手の盾の表面を見て顔を顰めた。
「ご覧の通りだ。正直、こいつクラスを3人でやってられん。遅滞戦闘を行って増援を待つのが一番いいが……」
「遅滞戦闘……って、できるんですか、アレに」
「やる気は出んな」
再び斧を振り上げ獰猛そうに息を吐くバーサークロード・オーガ。最初の一撃で倒せなかった事に警戒心を上げたのか、再び飛び込んでくることはなく両手で斧を持ち、力をためるように体を軋ませる。
一方でクリスは盾を3割近く損壊させ、切り札を1つ使わされている。普通に考えるなら遅滞戦闘は防御主体な戦闘になるが、それで持つとは誰一人思えなかった。
若干のにらみ合いが続く中で、今度は透が一歩前に出る。
「――現状、私が制御できる全力で、行きます。セレス、支援頼んでいい?」
「はぁ……わかりました。全力、ですね」
透が気合いを入れると、一瞬その手に【金】の輝きが生まれ、そしてすぐに全身から金色の燐光があふれていく。今までとは段違いに多いその量と、同時にあふれる剣呑な剣気に、クリスですら思わずうめき声をあげた。セレスがそれに対して冷静に対応できたのも、これは以前に見た事があったため、だろう。そして、透の言った言葉の意味も理解してバーサークロード・オーガを睨み付けるように見つめる。
攻撃的な魔法があまりない【白】で、セレス自身も攻撃はさほど得意ではない。だが、セレスには一つ特殊な能力があった。この世界の人間に、稀に発言する『色』とは別の能力。『恩恵』とも呼ばれる事のある、特殊能力だ。
『精霊の瞳』。そう名付けられた能力は、属性偏移を見抜く能力だ。たとえば【青】の氷の矢を放つ魔法を使おうとした場合、セレスが能力を使用していれば魔法が発動する前に、その人の手から氷の矢が生み出される空間に氷の属性が偏っていく様子が見破れる。
この能力の応用として、魔物の体内にある属性偏移――つまり、どういう攻撃に弱いか、を見切る事すら可能だ。
ただ、欠点としてこの能力を使っている間、セレスは1歩も動けない。また、視界の情報処理に精神力をつぎ込むため、視界外からの不意打ちには一切反応できなくなる。さらに、魔力も恒常的に消耗するため、能力を使ったあとは魔法を使うような余力もなくなってしまうのだ。
「――わかりました、トール。あのオーガは、雷に弱いです」
「雷ね、おっけー。じゃあ行くよ」
セレスの恩恵発動に、クリスが驚いた後で何といえばいいか分からないという様子で顔を振り二人の様子を見る。セレスがじ、っとバーサークロード・オーガを見つめ続けるのに合わせて、透の刀に黄金の光が集い始めた。
それをみたバーサークロード・オーガは透を危険だと判断したのだろう、にらみ合いをやめて突撃し、その体を両断しようと斧を振る。
「人剣空技、《空霆脚》」
しかし、透はそれを真上に飛び避ける。さらにバーサークロード・オーガが鎧の中から短刀を抜いて投擲するも、《空霆脚》で空を蹴り、それを回避した。一瞬、驚いた顔をするがすぐに不機嫌そうな唸り声をあげ、なんと、バーサークロード・オーガが地面を蹴り高く飛ぶ。その高さは透がいる高さにまでおよび、斧を横なぎに振るった。
「――《連》!」
だがそれも想定の範囲内だった、と透がさらに空中を蹴り斧を舞うように回避する。連続で振るわれる斧は全て必殺の威力で透を襲うも、結局それは届くことなくバーサークロード・オーガは重力にひかれて落下していく。一方の透はバーサークロードに視線を向けたまま、左手を刀の峰に添えて体内の剣気をさらに刀に集約させた。
「地剣雷卦、《雷騰雲奔》!」
高まる剣気は黄金の奔流となり、透の体と右手の刀を包み込む。そして、技名を叫んだ瞬間……轟音と共に、透の刀が雷を纏って光を放った。そのまま透は《空霆脚》でバーサークロード・オーガを追いかけるように空を走り、刀を振るう。バーサークロード・オーガは左手を盾にするものの、雷剣気を纏った透の刀はそれをあっさり両断し、バーサークロード・オーガを越えて先に地面に着地する。
地剣雷卦《雷騰雲奔》は、人剣とは異なるカテゴリの技になる。その効果は、剣への属性付与。地球に居た時には『弱いスタンガン程度の電気を帯びる』程度だったこの技も、この世界においては『落雷の電気を帯びる』ものへと強化されている。
ただし透はこの技、というか地剣をあまり得手としていない。地球では非常に効果が薄く、実感ができなかったというのもあって、あまり訓練を行っていなかったためだ。
3分。それが、今の透が地剣を扱える限界時間である。それを超えると、透の剣気と金の光は霧散して一時的に戦闘力が極端に低下することを理解した上で、雷剣をバーサークロード・オーガに向けて振るう。
「さぁ、行くよ。私が力尽きる前に切り捨ててやる……!」
左手を失いながらも着地し、雄叫びをあげるバーサークロード・オーガに向けて、透は足を踏み出した。




