第18話
――彩暦635年4月23日
於:草原の街ラフィン北東・グリュン山中腹
……――
月が空の半分を過ぎ、日付も変わった頃に冒険者達一団はその目的地へ到達した。そして、すでに出来上がっている『ダンジョン』の様子にイラつきの声や戸惑いの声、諦めに似た声を漏らしていく。
それはすでに『砦』と呼ぶのにふさわしい威容となっていた。岩や土で補強された壁に、尖塔がついて火が灯されている。コボルトらしい影がその砦の上を歩哨のように歩き回り、偵察に出た冒険者が見つかるたびに矢を射かけられた。濠のようなものが無いのは幸いというべきだろうが、代わりに砦と地面の境目には触るだけでも何か悪影響を及ぼしそうな粘液が塗られた槍衾がついている。
そして何より……
「デカい門だ。厄介だな」
冒険者達の中央、戦闘でクリスが顔を歪ませ吐き捨てる。切り開かれた通路の先に見える、砦の『門』を見て、だ。そこには槍衾もなく、突入するには唯一の場所、ではあるのだが……何しろ、巨大すぎる。高さはおよそ5mほど、両開きの扉は片方だけで横幅2mほどはある。重さは推して知るべしだろう。
――既に、その扉の前には何人かの遺体が転がっている。最初に門に突撃しようと功名心にはやった男たちのものだ。
筋骨隆々な男を数人の盾もちがガードしながら門の元に向かったのだが……その男が何をしようと、門はビクともしなかった。それどころか、門で手間取っているうちに両脇の小さな門からゴブリンが飛び出てきて冒険者たちを撲殺。少しだけ開かれた扉から中に帰って行った、という報告をクリスは受けている。
「ちなみにトール。貴様は突破できるか?」
「できるできないでいえば……たぶんできるけど、あくまでたぶん、だね」
クリスの隣に、セレスと並んで立っていた透にも声をかけられる。周囲の熟練冒険者たちには、クリスの秘蔵っこ扱いとして紹介されており、訝しげな反応はあったものの受け入れられていた。
そんな所で、現状の手をこまねいている状態だというのに突破できると答えてみると、いくらかの冒険者がざわつき、さらに強い視線が透に注がれた。それに対して透は特に意識はしないものの、戦場の空気に慣れていないセレスはびくつきながら透の袖をぎゅ、っと握ってしまう。
「なるほど……であれば、トールに一番槍を任せてもいいか?」
「でも、ちょっとまってね。まずは試してみなきゃ」
「試す?」
「うん」
挑発的な言葉にも気負いもなく答える様子に楽しそうに笑みを浮かべるクリス。手にもつ剣の先端を砦に向けて、任せようかと冗談を口にしてみた所で、透は少し肩を回しながら少し前に出た。
ざわ、と先ほどよりさらに透の背後のざわめきが強くなる。
なんだアイツ、ピカピカの鎧なんかつけて新人丸出しなのによ、などという言葉も透の耳に届く、が――
刀を抜いて腰だめに構えた透が『剣気』を全身から放つと、その言葉も収まる。同時に、透の足元から金色の粒子が浮かび上がり、その体に吸収されていく。夜の闇に煌めく金の光に、冒険者達にも動揺が走った。
そしてそれは、魔物にとってもだったのだろう。みれば、砦の上にコボルトが集まり何事かわめきたてて、弓を引きはじめた。
「っっ!、トール、弓に、狙われ――」
「人剣風技《風鳴斬》――《殲》!」
コボルトたち、少なくとも30匹はいる魔物の粗雑な弓から放たれた矢が、夜闇を切り裂き透めがけて飛翔する。その音はしかし、透の放った風の刃にすべてまとめて叩き切られてしまい、さらには――ばしゅ、と音をたてて砦の上で弓を構えていたコボルトたちが風の刃に切り裂かれて倒れていく音がする。
暁天神月流人剣風技《風鳴斬》、その派生形である《風鳴斬・殲》。通常の《風鳴斬》に比べて貯め時間が発生し、さらに威力そのものは減衰する。しかしそれらを代償に、『有効範囲』を拡大化させた、対多数用の《風鳴斬》だ。
射程も通常のそれとかわらず……つまり、この世界で、金の粒子をまとった透が放ったならば最大50mは射程に収められる事を確認済みだ。それを《殲》で放ったならば、砦上部の左右にたつ尖塔――間隔はおよそ30m――に一条の斬撃痕を残すほどに広域を攻撃範囲に収める事ができる。
「セレスが、確か弓に対する防御魔法がまだ得意じゃない、って言ってたしね。……これで、突撃もしやすくなったでしょ」
振り切った刀を抜身のままに峰を肩に乗せて、ふふふ、と笑みを見せる。透の視線の先には、驚愕を浮かべたクリスの顔が存在していた。そしてその奥にいる冒険者たちも、この世界では高等な広域魔法でしか成しえないような現象に顎を外している。
セレスはセレスで、以前にこの技を見せてもらったことがあったために驚かずに済んだものの、こんなパフォーマンスのように使うとは思ってなかった様子で頭を抱えていた。
「えぇ、はい、そうですね。確かにトールには、《ステイシス》の魔法はまだ不慣れだとは、言った記憶があります……手間省いてくれて、ありがとう、っていうべきですか?」
「どういたしまして。さて、それじゃいつもの魔法、お願いしていい?」
「はいはい。……輝きは金剛となりて、汝が身を抱擁せん――《スパークルメイル》!」
砦の中で魔物たちがざわめき声を上げ始めるのを感じながら、透は不敵に笑みをうかべ。そしてセレスは困った様子をみせながらも、透が好む【白】の防御魔法を透にかけた。
詠唱とともにセレスの右手に生み出された【白】の光が透の体に降り注いで、その魔法の名前の通りにわずかに輝く光の膜がその体を薄く覆う。これは、『1度かぎり魔法の膜があらゆる攻撃を無効化する』という、特殊な防御魔法だ。基本的には後衛が保険に使ったり、透のような回避重視の軽戦士に使われるものになる。
本来、砦攻めのように矢や魔法が飛び交う戦場では《ステイシス》という『術者の熟練度に応じた時間、飛翔体の速度を減衰させる』という魔法の方が有効だろう。もしくは高位ではあるが、《ディバイドウォール》という『あらゆる攻撃を減衰させる』という魔法でもいいだろう。が、セレスの力量ではそのどちらの魔法も使うための熟練度が不足していた。
探せば冒険者の中に、それらの魔法が使える人はいるかもしれない。だが、透はよく知らない人から魔法をかけられる事を嫌っている。だからこそ、セレスが使える魔法の中で今もっとも有効な、《スパークルメイル》を好んでかけてもらっているのだった。
「ありがと、セレス。……んじゃクリスさん、突撃するんで、ついてきてください」
左手を握り、開いて魔法のかかり具合を確認し。透は気軽な様子でクリスに声をかけると……ぐ、っと地面を踏みしめて砦の門めがけて突撃するのだった。




