第16話
――彩暦635年4月22日
於:草原の街ラフィン
……――
空に二つの月が上っているような時間に、ギルドの1Fは多くの冒険者が待機している。パーティを組んでいる者たちは仲間同士で固まりになり、ソロの冒険者は壁に背を預けたり依頼掲示板を見て時間をつぶしている。
そんな中に装備を整えた透とセレスもやってきた。
透の防具は街に戻ってきた時にクティーラに寄り、『デミフリウム』製の胸当てに交換している。足元はまだらしく、そちらはまだ仮装備ではあるが……きらりと輝く新品防具の輝きに、数人の冒険者が透を見た。
「特例依頼、かぁ……まさかこんな早くやるはめになるとは思わなかったよ」
「わたしもです。実はわたしも初体験なんですよ」
「あ。そうなんだ?」
「えぇ。あらかじめ予定されているもの以外は、そもそも巻き込まれるのが珍しい出来事ですし……」
しかし視線は気にせず、二人そろってウェンリィと話をした受付の傍に向かい、椅子に座った。今日は彼女は居ない様子でそこには別の人が立っており、にこりと挨拶されたので二人で軽く会釈をした。
透は刀を腰から外して隣に立て掛ける。セレスも戦闘用の拳当てを膝の上に置いて詳細が知らされるのを待っていた。その間他愛のない会話をしつつ、時折注がれる視線に対して透がそろそろ辟易を覚えかけてきた所で2階への階段から1人、青髪赤眼のがっしりした体格を持つ中年女性が下りてきた。
「初めての者もいるだろうから挨拶をしておこう、ラフィンギルド支部長のクリス・クランドールだ。冒険者諸君!よく集まってくれた!まずは礼を言おう!」
見た目によく合う、やや太い声を張り上げてクリスは頭を下げる。そしてすぐ頭を上げ、軽く1階に集まった冒険者たちを見まわした。数はおよそ80ほど。それを見て頷く様子を見せる。途中で一瞬だけ透と視線が絡むものの、すぐにその視線はほかの冒険者たち……特に、ここラフィンを拠点として長く活動してきたベテラン冒険者たちに注がれる。
「単刀直入に言おう。北東にダンジョンが発生した。しかも厄介な事に……オークとオーガの混成だ」
クリスの言葉に動揺が走る。新人冒険者は理解が足りていない様子で周囲の様子をうかがうが、特にベテラン達は沈痛な面持ちで軽く文句を吐き捨てる。
透は前者のような反応だったが、セレスはどちらかと言えば後者よりの反応を見せた。
「ねぇ、オークとオーガって何かマズいの?」
「どちらか単独であれば、あまり問題はないです。オーガは力が強くタフで戦闘力が非常に高いですが、頭はよくないので罠に嵌めると討伐難易度は高くありません。オークは繁殖力が旺盛で数が増えやすく、また拠点作成を行うのですが個々の戦闘力は低いので力押しでどうにかできる事が多いです。ですがその2種類が合わさると……」
「オークの作った拠点でオーガと戦う……ってことね」
「そうです。そして加えて、オークは自分より強い魔物と一緒になると連帯行動するようになります。なので、罠を張れないオークの拠点でオーガと戦いながら周囲から組織的に攻めてくるオークの群れを処理する必要がでますね」
「……大分きつくない?」
少しずつその脅威への理解が広まってきたのか、あちらこちらでざわつきが大きくなっていく。その声がある程度広まった所で、ダン、とクリスが大きな音を立てて階段を踏み上って黙らせつつ段を上る。そして2階への中間点になる踊り場の所で振り向き、両手を開きながら再び口を開いた。
「どうやらひよっこにも事態の重さが理解できたようだ、何より!さて、この問題は早期解決せねば、オークによる拠点作成で砦がより強固になっていくだろう。すでに先遣隊を向かわせ、そろそろ……お、ちょうど来たようだな」
両手をふり、いかに現状が悪いものであるかを声高に話すクリスの様子に、冒険者たちは皆黙って唾を飲む。そこに、街中であるにもかかわらず馬の駆ける音がギルドに向けて近づいてくるのが聞こえた。それはすぐに入り口前でとまると、人が着地する音とともに扉が開かれる。現れたのは、全身に傷を負った若い男性1人だった。
「ほ、報告です……!っは、っかっ、規模、大!なお、も、規模増大、中です……!また、あいつら、コボルト兵、まで、使ってました……!」
入り口に倒れこみながら必死の形相で叫び声をあげる男性の言葉に、クリスも大きな舌打ちをする。ベテラン冒険者たちは、先ほどにもまして深刻そうな顔をして唸った。
「……コボルト兵?」
「最悪です……コボルトは前に見たゴブリンみたいな小さい人型の魔物なのですが、こいつら武器を使います。単独であればゴブリンよりやや厄介、といった所なのですが……これもオーガのような強い魔物に率いられると統率されて襲ってきます」
倒れこんだ男を魔法使いが癒していく様子を見ながら、透はセレスに尋ねてその答えに顔をしかめる。それはつまり、魔物の『城』に攻め込むようなものだ、と理解したからだ。であれば生半可な戦闘では済まない。いわゆる、攻城戦と呼ばれるものに近いものになるだろう。
透にとっては学校の歴史でしか学んだ事がない単語だ。しかもそれは魔法の存在しない地球でのもの。日本の戦国時代のようなものであれば、なんとか三倍則みたいに言ってたはずだから3倍の戦力が必要になるのか、と透は考えていた。
「さて、じゃあ諸君にもやるべきことは分かったはずだ!私はこれから戦略会議に入る。そうだな、30分で終わらせよう。だから諸君らは今から30分後に出発できる準備を整えたまえ。なお今回のチームは最低5人単位とする。それ未満のものは適宜近くの冒険者と一時的にアライアンスを結ぶ事。いいな!」
やがてクリスの号令に冒険者たちはおおー!と鬨の声を上げる。やる気にあふれた冒険者の様子に、少し透は驚いていた所で強い視線を感じて顔を上げた。見れば、階段の踊り場にいたクリスが強い視線を透に向けている。その視線がからむと、クリスは不敵な笑みを浮かべて透に手招きをした。
「……トール、何かしましたか?」
「いや、何もしてないはずだけど」
セレスもそれに気づいた様子で、クリスと透を交互に見てからひそひそと問いかける。だが、2人で話しても何も結論が出ない事は明らかであり、クリスは手招きをやめない。このまままごまごしていたらひどく目立つと考えて、2人共に小走りに階段に向かう。
その途中ですれ違った冒険者たちが、また透とセレスに視線を注ぐ。最初にギルドに入った時のそれよりも多く、また今度は顔にも強く注がれる視線に居心地の悪さを感じながら、二人は踊り場まで階段を上がった。
「よく来たな。とりあえず、こっちにこい。戦略会議は居ても暇だろうし、そこで何か飲んでおくといい。足りない資材については受付に言え。すべて無料で提供してやる」
「へ?」
「え……っと、クリス様、どうして、ですか?」
透より頭一つ大きなクリスは、にかっと笑みを浮かべて階段を上る。透とセレスもそれを追いかけ階段を上ると、不思議と喧騒が聞こえなくなった。振り返ると大勢の冒険者が二人を見上げて何事かしゃべっているのが見えるものの、声がここまで届いていない。
だが、そういう事以上にクリスが2人に伝えた内容が驚くべき事だった。冒険の、特に討伐の、となると色々と道具が必要になってくる。透の場合はすべて刀で切り伏せたのでセレスが『ルーディルベーアの森』用に用意していた道具がまるまる余っているので準備は必要ないともいえるが……ポーション1つで500ゴルドする安くない資材を無料、という事には驚きを隠せないでいた。
だが、それに対するクリスの答えは簡潔なものだった。
「気にするな。貴様らは私とアライアンスを組んで討伐に向かう。新人冒険者分くらいは、私がもってやるさ」
それだけを言って獰猛な笑みを浮かべたクリスは、作戦会議室とかかれた扉に消えていくのだった。




