第15話
――彩暦635年4月22日
於:草原の街ラフィン
……――
それから1週間、透とセレスは『狭霧の夜明け亭』を拠点としてラフィンでの冒険者活動を行っていた。
初日と2日目は日帰りできるように、と考えて本当に街の周囲だけで行えるような依頼をギルドで見繕って試してみた。が、それでは難易度が低いと感じた二人は少し遠出するような依頼も受けてみた。ラフィンの南に片道2日ほどの距離にあるこの周辺では強い魔物が出てくる『ルーディルベーアの森』という名前のダンジョンに向かったのだ。
ダンジョン――
透には聞き馴染みのないその場所は、わかりやすく言えば『魔物が大量発生するようになった場所』の事を示す言葉になる。
たとえば深い森や洞窟など、普段人の出入りが少ない場所が気づいたらダンジョンになっていた……という事はこの世界では珍しくもないことだ。最も、突然森の浅いところがダンジョンになる事もあるし、極端な話では草原がダンジョンになることもある。
この世界の『ダンジョン』という言葉の意味とは、『魔物が自然発生するようになった地域』の事だ。
魔物も一つの生命体であるので、倒したら数が減り、駆逐するとその場所からは消えてしまう。だが『ダンジョン』では話は別だ。
『ダンジョン』では魔物が常に湧き出るように自然発生する危険な場所であり、基本的には冒険者ないし騎士相当の戦闘力がある人間のみが入る許可が出されることになる。
実際、透とセレスも『ルーディルベーアの森』で魔物が自然発生する様子を見て驚いた。
倒して消えたアサルトボアという名前の魔物が闇に溶けて消えた次の瞬間、目の前の地面から闇があふれて再びアサルトボアの姿になったのだ。
生まれて即座に透とセレスを見つけて怒りにも似た鳴き声を上げたアサルトボアは突撃し、しかし透に即座に始末された。
だが二人ともに心の中に気持ち悪さを覚えながら、ダンジョンで1日を過ごし再びラフィンに戻ってきたのだった。
「いやぁ、やっぱ温かいお風呂は最高だねぇ」
「そうですねー……」
客がそれなりに多いためにがやがやと騒がしい『狭霧の夜明け亭』にある東館女湯の、高温湯にゆっくりと浸かる二人。
ほかにも冒険者らしい客は何人も見えて、背中や腕、足や顔に傷を持つ屈強な女性が透たちのように湯を満喫しているのが見える。
そんな中でセレスがちらりと透の体を見る。同性であっても、その均衡のとれたプロポーションは思わずため息が出てしまうものだろう……が、セレスにとってはもう何度も見た裸体であるため特にもう何も覚える事はない。
ただ、その体には新しい傷は1つもない事を見て、むぅ、と呟く。
「どうかした?」
その視線と呟きに気付いた透が首をかしげる。その動きで胸が揺れることにセレスの中に嫉妬じみた黒い考えが浮かぶものの、それは今回は関係ない事だ。
「いえ……結局この1週間、トールは1度も怪我していませんね、と」
「ん?んー……まぁ、馬に初めて乗ったからそれで股ずれ起こしちゃったくらいだね」
「それは怪我の範囲にはいらないです。冒険中の、戦闘においての話ですよ」
セレスの言う通り、2人で行動して戦闘した間で透が怪我をすることは1度もなかった。危ないと思うシーンすらなく、ダンジョンで襲ってきた魔物の群れすらセレスの援護の元で軽く蹴散らせてしまっている。
普通はダンジョンに2人で1日過ごすとなると、熟練者でも居ない限り両者共に軽傷ないし中傷程度は覚悟するべきなのだ。たしかに『ルーディルベーアの森』は自然発生型のトラップ等はなく、見通しがやや悪い森の中で動物系や虫系の魔物が多数湧く、というタイプのダンジョンだ。ダンジョン対策が未熟な2人でも何とかなってしまったのは、戦闘面を透が何とかできてしまったおかげだろう。セレスにとっては初めてダンジョン内で回復魔法を使わなかったために、自分があまり貢献できなかったと感じている。
一方の透はというと、生まれて初めての乗馬で痛い目を見ていた。
この世界の馬はそれなりに数が多く、タフで、スピードが速い。ギルドでも常に何十頭と確保しており、冒険者が街道から外れた場所へ行く場合等にレンタルしているケースもままある。今回の『ルーディルベーアの森』にもギルドの中継基地が存在しており、ラフィンからそこまで借りた馬で向かう事が出来た。しかし、やはり一朝一夕に馬を操る事はできずに透はセレスに相乗りする形で一緒の馬で移動する事になったのだが、馬の動きに体を合わせるのができず、見事に1日目の夜に股ずれを起こして透は痛みに震える事になった。ただ通常の擦り傷程度ではあるので、この世界では一般的な貼り薬ですぐに治療できたのが幸いだろう。
「まぁ……あれくらいならね」
「ダンジョンの魔物をあれくらい、と言えるのは呆れを通り越します……そういえば、トールの『色』って結局何ができるのか、わかりましたか?」
「む……んんー……なんかセレスみたいに魔法、ってのは出ないし……身体能力向上かな?って思ってるくらい」
頭を揺らしながら呆れた声を上げるセレスは、そのまま続いて隣の透に質問を投げかける。透の色が貴重な【金】であり、その能力はほかのものとは異なるという所から対魔物戦闘やダンジョンでいろいろ試してみたのだが……結果的には、『透が剣術を使う際に全身が金色に微発光する』くらいしか今回は観測する事ができなかった。
そのため本人としても【金】が使えたからといって何かが変わっているというイメージはない。ただ、この世界にきてからというもの肉体の反応速度やら筋力やらが非常に好調状態を続けているのを感じている。だから、【金】は肉体に直接作用する何かではないか、とあたりをつけていた。
「珍しい色の割には地味ですね」
「うるさいなーもー」
ただ、セレスの茶化しに半眼してしまうくらいには【金】の能力に満足していなかったのは確かだった。
この世界にやってきて、透はもういくつもの魔法を見てきた。セレス以外の冒険者が使う、炎の槍を打ち出す魔法などは着弾で爆発まで引き起こし、非常に派手さを感じていた。だからこそ、自分の、しかも珍しい【金】であればそういう事もできるかも……という願望があったのは事実だ。
「もーちょっとこう、何かあればなぁ……って思うんだけど」
「【金】はさすがにアドバイスできないですから。何かほかにあるといいですね」
歯がゆいような顔をしながら湯に顎が沈むくらいまで体を沈めていると、セレスが少し楽しそうに笑う。よしよし、と透の頭を撫でつつ応援をしていると――
カンカンカン!と鐘を打ち鳴らす音が遠くから響く。その音を聞いて、客の数名は表情を引き締め風呂から出ていった。
透が何事か、と思っているとセレスも勢いよく立ちあがって透に手を差し出す。
「冒険者ギルドの緊急招集の鐘です。行きましょう、トール。特例依頼、発生です」
そういうセレスの顔は、少し強い緊張で震えているように見えた。




