第14話
――彩暦635年4月15日
於:草原の街ラフィン
……――
日が大分傾き、夕方に差し掛かる頃。
透とセレスは背後からまた来てね~♪という声をかけられながらクティーラを後にした。
「あー、セレス?その、胸の大きいとか小さいとかは実際どうでもいいじゃん?それに私はセレスの事はスレンダーで綺麗な体だと思ってるよ?」
先ほどまでの村娘装束から完全に一新され、冒険者の一般的な装備を整えた透が最初に行う事はセレスのフォローだった。
というのも、クティーラの更衣室内ではクティーラに剥かれてしまい全裸をさらすハメになった透にかけられたのは、胸に対する賛辞。
きっと悪気はない。悪気はないのだが……
透が更衣室から出た後に瞳を暗くしたセレスが「よかったですねー」と無表情に呟いたのは、いかな透でも本気で悲鳴を上げかけたのは仕方ないだろう。
「そういうのは持つものの言葉なんですよトール……わたしが何度『胸があればドレス映えするのにね』と言われたか教えてあげましょうか」
「ごめんなさい悪かったです」
ふふふ、と普段と違う虚ろさの混じった笑い声に透は即座に頭を下げる。
するとセレスは溜飲を下げたのか、ふむぅ、と息をつき。
「わかってくれたならいいです。……しかし、クティーラさんの仕立てはやはり上手ですね。外から見る分には防具が少ないかと思いますが、トールの指示なんですよね?」
顔を振ってもう忘れる事にした様子を見せつつ話を飛ばす。
話題が切り替わった事で透も安堵して顔をあげつつ、自分の体を見た。
上半身は耐刃性能の高い肌にぴっちりと張り付くアーミングジャケット。色が黒なのは透の髪の色に合わせてだろう。
透の希望もあり、防具といわれるものは胸部から腹部にかけての簡易なプレートメイルだ。
ただプレートメイルと言ってもいわゆる鉄板を重ねたソレではない。
金銭に余裕があった事からクティーラに胴体の型をとってもらい、彼女の【黄】魔法と鍛冶技術で、鋼とフリースニウムというこの世界特有の魔力を持つ金属を混合した『デミフリウム』という金属を精錬加工し作ってもらったものになる。
生成時に透の血も数滴混ぜたために本人の色である【金】も混ざり、やや鮮やかな黄色と見えなくもない程度に加工してもらったそれは、アルミほどに軽く、しかし鋼より固い防具としてはかなり上質な特注の防具用素材だ。
本来であれば時間も金も相当にかかるのだが、透が【金】であることからクティーラのテンションが上がり、ものの1時間ほどで作成されたのである。
胴体まわりと、肩。あとは両手の籠手を『デミフリウム』製のものにするという話になったが、さすがに今日は籠手部分だけで時間とクティーラの魔力が尽きたのでまた後日、という事になった。
そのため店に置いてあった軽金属製のそれを変わりに胴体と肩に装備している。
下半身はアーミングジャケットと同様の素材で作られたパレオスカートのようなものになった。
どちらかといえば着物の下半身部分のみ、という方が形は近いかもしれない。
膝から下は露出するため、こちらも脛当てを『デミフリウム』製で作ってもらう予定だが、これも今は代替品になっている。
足元は冒険者用の汎用ブーツだ。厚く、固く、踏み心地のよいグリップ力のあるブーツを身に着けている。
そして左腰には『無銘』を佩き、これで一通りの装備となった。
なお『皇陽』『貴月』の二振りは『インベントリ』に格納してある。
「そうだね。あんまりゴテゴテしてると動きにくいし、この『デミフリウム』ってのが一番よかったから。高かったからお金はふっとんじゃったけど……まぁ、こういう所でケチるのはよくないって思うしね」
「ほんとにね……全部そろえて防具だけで70万ゴルドですよ。なり立て冒険者の装備じゃないのは確かです」
わたしの装備よりお金かかってます、と言いつつ露出している透の二の腕をつんつんと突くセレス。
透はくすぐったそうにしながら、素手でセレスの手をつまむ。
「動きやすさ重視でって聞きましたけど、本当に頭部はソレでいいんです?」
「いいと思うよ。私としてはこれが一番よかった」
続いてセレスが指差したのは透の耳に取り付けられたカフス。
そこまで高くない魔道具であり、効果は『1度だけ頭部に受けたダメージを肩代わりして壊れる』というものだ。
欠点としてこのカフス自体耐久性が低く、武術を習っていない成人男性のパンチ1発で壊れてしまう程度だ、というところだ。
この世界の一般的な前衛戦士としてはこういうものをお守りにしつつ頭部は頭部でしっかりとヘルムやヘルメットを装備するのだが、透は視界が悪くなる点と少しでも重さがあると高速移動時に振り回されてしまいそうだという理由からやめていた。
「まぁトールがいいのならいいんですけど。ただ旅費も結構使ってしまいましたし、この街で少しお金を稼ぎましょう。トールがいるなら、中級向けの討伐依頼もいけると思いますし」
前衛戦士としては非常に軽装な様子を見ながらも、本人が平気であるなら問題ないかと判断したセレスはこれ以上は特に何も言わずに頷く。
透と一緒に表通りに向けて歩きながらカードをなぞってそこにあるお金を見て、大分減りました、と呟いた。
透の残金と合わせてあと必需品の薬とそろそろ残量が心もとない美容品を揃えるとしても、1週間分に満たないと考えていた。
「今日は宿をとって早めに寝て、明日から少しお仕事しましょう」
「おっけー。できればお風呂入れるといいなぁ」
セレスの提案に頷きつつ、透は願望を口にした。
この世界にきて、リグル村から馬車旅にかけて湿らせた布で体を拭くくらいしかできていない。
色が【青】であれば《クレンジング》という体や道具を洗浄できる魔法が使えるのだが、透もセレスも色が異なり……
少し気になった時にセレスの《ピュアリ》というごく初歩な浄化魔法が体臭消しが出来たため、それでごまかしてきていた。
そう、あくまでごまかしだ。
この世界にきて10日も風呂に入っていないのは、風呂好きな透としては我慢の限界にも近かった。
「でしたら、『狭霧の夜明け亭』に行ってみましょう。聞いたところによると、お湯のお風呂で暖まれるらしいです」
「うんうん、行こう行こう。ルアーナ川沿いって言ってたよね。場所わかる?」
「あ、もうトールあわてないでください。場所はわかると思いますから……」
湯船に浸かれると聞いて目の色を変えた透がセレスの手を握り急ごうと急かす。
思った以上の食いつきにセレスは驚きながらも足を進め、透の前に立って道を進み始めた。
まず大通りに出てギルドのある広場前まで戻る。するとそこはちょうど橋でもあるので、そこからちらりと周囲を見渡す二人。
すぐに湯気の立つ明かりのついた建物を見つけて、そちらへと足を進める事になるのだった。
「到着っ!」
「はいはい、トール落ち着いてください。受付してきます」
宿の入り口の扉を開け、一歩入った所で二人の足が止まる。
香のいい香りがする灯篭に照らされたカウンターは広く、横に見えるロビーでは数人の客が緩い着付けで寛いでいる。
そこには食堂もあるようで、焼かれた肉の香ばしいにおいも漂ってきていた。
それらにぐぅ、と二人そろっておなかを鳴らしてしまい。
「あっはっは!可愛らしいお嬢ちゃんだと思ったら入った途端に腹の虫かい?いやー、そういう挨拶ははじめてだよ」
「あ、いえっ」
快活な声に視線がカウンターに戻れば、そこには赤髪青眼の女性が大口を開けて笑っている姿が見える。
そちらに二人で近づきながら、おなかを抑えつつ顔を赤くして首を振った。
「いやいや気にしないでいいのよお嬢ちゃん。うちのご飯は美味しいって事でも有名だしねぇ。ご宿泊、でいいかい?なんかつける?1泊30ゴルドで朝食と夕食は付けたきゃ追加で5ゴルドずつだ。風呂に入りたきゃ20ゴルドだけど」
「全部こみでお願いします」
「アンタ決めるの早いね!」
赤髪の女性がにこりと笑みを浮かべて宿代を口にし、その内容が風呂に入った瞬間かぶり気味に透が手をあげ答える。
一瞬きょとんとした赤髪の女性は再び口を大きく開き、笑い声をあげるのだった。




