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色取り取りの世界の中で  作者: あかいぬ
第1章 『湖国』
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第1話

――西暦20XX年4月28日?

於:????


……――


 月明かりに照らされた山中の広場、そこにある石舞台の端に黒い髪の少女が座っている。


 癖の無い艶やかな黒髪は腰まで届くほど長く、瞳は幼さをわずかに残した少し大きめのもの。

 すらりとした高めの鼻梁とほっそりとした頤はいわゆる美人と表現するに相応しい。

 8頭身のプロポーションが良い均整の取れた肉体は身長は160cmを超える程。

 日本人としては大きめの胸と、ほっそりとしたくびれのある腰。すらりと長い足は羚羊カモシカのよう。

 ディスカウントショップで購入したであろうとくに意味の無い英語の羅列が刻まれたシャツに年季の入ったジーンズ姿であっても、その容貌が損なわれる事はなかった。


 そんな少女――貴陽たかひとおる、17歳が、巨岩を『鋭利な刃物でスライスして』作ったような石舞台から立ち上がり呆然とした表情で空を見上げる。

 動揺に揺れるその瞳には――赤と青、輝く二つの月が映しだされていた。


「……え、あ、え?は?どういう……こと!?」


 鈴を転がすような声は、表情と同様に驚きに染まっていた。

 透は慌てた様子で隣においていた刀帯を腰に巻き、次いで3本の刀のうち2本を右腰に、1本を左腰に佩く。


「意味わかんない……なんで!?なんで、月が2つもあるの!?」


 彼女の困惑が露わになった叫び声の通り、空には大きな赤い月と、一回り小さな青い月が浮かんでいる。

 一度地面に目を下ろし、再度空に視線を向けて……やはり赤と青の月が浮かんでいるという事実に透は顔をしかめる。

 困惑を振り切ろうとしたのか透は顔を振り、夜の森へと駆け込んでいった。

 この広場から歩いて5分程の距離にある自宅へと、まるで放たれた矢のような速度で木々の合間を縫いながら進む。

しかし――


「ない……ない、ない、ない!?なんでっ!?」


 自宅があった『はず』の場所にたどり着いても、そこにあるのは何の変哲もない林のみ。

 自宅の前にあった『はず』の舗装された道もなく、ただ獣道だけが山を下る道として存在している。

 そこで透は形のよい眉の間に皺ができるほどの渋面をしつつ、はぁぁ、と息を吐いた。


 左手は左に佩いた刀のうち、白塗りに太陽を模した紋の刻まれた鞘に収められている『皇陽こうよう』に触れ。

 右手は右に佩いた、黒塗りに月輪を模した紋の刻まれた鞘に収められている『貴月たかつき』の柄を握る。

 そこに確かにある透の父、清流せいりゅうの形見に触れながら、少しずつ精神の均衡を取り戻そうとしていた。


「考える、考えるの。無いものは、無い……あぁ、携帯くらい持ってきておけばよかった……」


 抑えられた声は、少しずつ落ち着きを取り戻している証左だろう。

 彼女は空を見上げて星を探し、そこで山の麓にもあるべき町の光がない事に気づいた様子で下唇を噛む。


「不幸中の幸いなのは、父さんの形見と『無銘むめい』持ってた事かなぁ……てかこの状況ってミッチーが貸してくれた本にあった異世界ナントカってやつに似てるけど……」


 高校のクラスメイトが貸してくれたものの、まだ半分も読んでいない最近の流行らしい小説のタイトルを口にして息を吐く。

 形見、という言葉の通り透は父を喪っていた。

 先ほどの広場にいたのも、父の葬儀を終えて天涯孤独の身――透の母は透の出産時に亡くなっている――となってしまったために、今後の身の振り方を考えようと父との思い出の場所に訪れたのだった。

 それまでは、地球の、日本の、一地方都市のただの山中だった。

 しかし透が石舞台の上で瞬きをした瞬間……このような状況になってしまったのである。


「考えてもわっかんないし……とりあえず、山、下りてみよ」


 かぶりをふって山を下る方向に伸びる獣道を歩きはじめる。

 その足取りは確かなものであり、山歩きに慣れている様子だ。

 先ほどまでは独り言を呟いていたが、見知らぬ山の中という事で口を噤み、足を進めている。


(――獣の気配はあるけど、小動物のモノだし危険はなさそう)


 時折、周囲に危険なモノが居ないか気配を探りながら道を進むが……

 結局、彼女が山の麓にたどり着いても何かほかの生き物に出会う事はなかった。


 そして、麓にたどり着いても……


「……ほんと、何処さ」


 透の目の前に広がっているのは、未開の草原だった。

 濃い夜の闇。空に輝く赤と青の月だけが光源となり、大地を薄く照らしている。

 少なくとも日本でこんな風景はそうそう見ることができないだろう。

 嘆きながらも目を凝らす透の視界に――1つ、輝きが生まれた。


「ん、何だろ……明かりかな?」


 唐突に暗闇の中生まれた光に、安心した声を無自覚に漏らす。

 暗闇の中の明かりとあって気持ちが緩んだのだろう。先ほどまでのような緊張感を減らしながらその明かりの元へ足を向け……

 ひゅぉ、と吹いた風に透の表情が固まる。

 それは、風の中に――血の臭いが混ざっていたためだった。


「この、待ちやがれッ!」

「誰か、誰かぁっ!!」


 そして明かりと共に人が走ってくる影が見えてくる。

 逃げる女性が1人、追う男性が3人だ。

 空中に浮かぶ光に照らされた女性の必死の表情と声に、透の中にその女性を助けなければならない、という気が沸き立ち、そちらの方へ走り出す。


「あっ……!?」


 逃げる事に意識を向けるあまり、女性は地面に躓いてしばし空を泳ぎ……

 しかし、地面に倒れる前に駆け寄った透が、その体を抱きとめた。


「ッチ、何だてめぇ!」

「目撃者かよ面倒臭ぇな……ん?でもこいつも女か?」


 そうして動きが止まった銀髪蒼眼の女性と透に対して、3人の赤髪黒眼の男性が足を止めてゆっくりと近づく。

 いまだ女性の直上の空間に浮かぶ光に照らされた透の顔を見て、男たちはヒュゥ♪と嬉しそうに口笛を吹く。


「肌は綺麗だし、服は見たことねぇが上物っぽいな」

「腰のは、ありゃ和国の剣か?あれメチャクチャ高く売れるんだよな……へへっ」

「よし、お頭にゃコイツらに抵抗されたんでちょっと先に『躾け』ときましたって言うか」


 透が身に着けているような衣類とは明らかに違う、何かの革や金属で作られた薄汚れたレザーアーマーを身に着けた男たちが、下卑た笑みを浮かべつつ透とその手の中の女性に向けて近づいていく。

 抱きとめられた女性は一瞬助かったと思ったものの……追いかけてきた男性に比べてあまりにも軽装すぎる透の姿に絶望の表情を浮かべた。


「あ、ありがとうです……で、でも、逃げて……!わたしが、囮になります、だからっ……街に、助けを呼びに行ってくれませんか……っ」


 盗賊たちに聞こえないように、ひどく怯えた震える声で透に懇願する女性。

 それに対して透は、女性をかばうように背のほうに動かし――


「よくわかってないんだけど、あんた達は盗賊……って事でいいのかな」


 平坦な、感情を感じさせる事のない声で透は男たちに問いを投げかけたのだった。

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