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プロローグ

 人間ってのは、本当に驚くと声も出ないんだなーって、僕はこのとき強く実感した。


 僕は古びたアパート(家賃30000円)の一室で、およそ数ヵ月ぶりの白米を食していた。そう、正しく至福のときを過ごしていた。だって安月給の僕の食生活は、基本的にもやしと豆腐の交代制だし。いやまあ、自分で言って傷付くから、この話はいったん置いておこう。

 テレビもねえ、ラジオもねえ、割りと電気も通ってねえ……な具合の、ちょっと薄暗い自室に座していたはずなんだ、僕は。一瞬前までは、確かに。だけど今はーー?

 周りを取り囲むのはレンガみたいな石壁。均等に設置されたロウソクの灯り以外に光源はなく、まだボロアパートの方が明るく感じる。

 一度だって見たことない、踏みいったことのない異空間に“飛ばされてきた”。言葉にするとそんな感じだ。最近のラノベにそういうの多いな、なんて考えが湧いてくるぐらいの余裕はまだある。大丈夫。

 ふと自分の右手を見る。……箸を握ってる。左手には……、お椀。ならばもうーーこんな状況だからこそーー僕は白米を口に含んだ。ごめん、理解が追い付かなくてやっぱり僕もおかしくなってる。でも食べるしかない。

 ただただ呆然と、というより黙々と、なんのおかずも付け合わせもないお米を頬張っていたときだ。しんと静まり返った空間に、コツコツと床を打つ音が聞こえてきたのは。不思議と恐怖はなく、“誰か近付いてくるな”ぐらいの感覚だった。理性、仕事して。

「ーーようやくだ。随分と待ちわびたぞ、このときをなァ?」

 声、それは声だった。やや低めの、節々に恍惚の色を秘めた、聞き覚えのない女性の声。

「我が恩人にして我が半身。お前に再び巡り会うため、私は幾千、幾万の夜をこえてきたぞ」

 ユラリ、と薄闇の向こうで動く影があった。同時に妖しく輝く点が二つ。それが人影の蒼い瞳だと気付いた頃には、既に僕と“彼女”は手が届く距離まで肉薄していた。

「久しい、実に久しいなァ、我が半身。ヒトの身にすればおよそ6年ぶりになるか。んん?」

 ウェーブがかった長い金髪。すらりと伸びた白い四肢。やや険はあるものの、端正な顔立ちは正に美少女で、気圧された僕はなにも返事が出来ずにいた。

 もしかしたらこれって妄想? ありえる、ありえるよ、これは。普段からろくなもの食べてない上、久しぶりの米にありつけて脳が誤作動してるのかもしれない。

「さてコウよ、急ではあるが印鑑はあるか。ないなら拇印でいいだろう。親指を出せ」

 コウーーああ、僕のことか。皆島耕(みなしまーこう)、僕の名前だ。だけどなんだろう、いきなりの印鑑要求。保証人にでもなれというのか。幻覚だろうしまあいいけど。

 印鑑はアパートの押し入れにしまったままで持ち合わせていない。とりあえず箸を置いて右手を差し出した。

 瞬間、親指に朱肉みたいな物体が押し付けられる。続いて一枚の紙。ぐりぐりと僕の指紋が奪われて、女性はにっこりほっこり微笑んだ。

「やた……、やったー! やったやったー! 婚姻成立したー! やったー!」

「…………。婚姻?」

 僕はこのとき、ようやく言葉を口にした。だって僕の負け組人生とは縁遠い、異国の単語が聞こえたんだから。


「ああそうだ! これでお前は、ミナシマコウは! 私、【魔王エターニア】の夫となったぞ! 子ども、子ども欲しい!」


 …………。うーん、なんだこれ。 


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