―前編―
身も心もズタズタだった。
俺が生まれてきたときはとても残念なこと尽くしで。例えば「下神源氏」という名前はじいちゃんが名付け親で、その由来はロボットを作ることを生きがいにしていることから“原子”をそのまま名前に当てたとか。だけどじいちゃんはメカの発明以外はろくに勉強をしてこなかったため、単純な漢字を書けなかったんだ。だからうろ覚えで書いたものが「源氏」つまり誤字でつけられたんだ。
その趣味のせいで、中学の頃にいじめの標的となった。
「お前の家、ゴミ屋敷だってな。」
あの一言を言われたとき、俺は心の底から涙して、帰り道も家に帰っても泣き続けていたそうだ。
曖昧な記憶を今でも根に持っているのは、記憶が正確でなくても、じいちゃんのロボットへの執着心には飽き飽きしている自分がすでに完成しているからだ。ゴミ屋敷だって言われるのも仕方がない。
ロボット作りをしていても、それを商売にする気はなく、ただ物を作って満足するだけのために作成するため、家の中は“ガラクタ”でいっぱいなんだ。隠しているつもりだったけど高校に入ると俺の家事情が知られていて、今日もカツアゲされた。挙句には性格の悪い不良集団の一人とぶつかり、制服も身体もボロボロにされてしまった。
あれもこれも全部、じいちゃんのせいだ・・・
家は倉庫みたいなところだ。開けるとまず、床がコンクリートになっている空間に出る。そこはじいちゃんの憩いの場だ。
「おけいり。源氏。おっどした?ぼろぼろじゃねえかよ。」
「・・・またロボットか?」
「おお。今回はすごいのが出来そうだぞ!期待してくれ。ムハハハハハッ」
笑い声が空間に響く。そういう作りになっているからだ。だけど俺は嫌いだ。
何も言わず、リビングを通り抜けて細くて急な階段を駆け上って、静かな自分の部屋に戻った。
ドアを勢いよく占めて、ドアに背もたれをつけてしゃがみ、顔を膝にうずくまる。
「オカエリ オカエリ」
机には、じいちゃんが昔作ってくれた小型ロボット FZ-01 がいる。
名前はもらった時に考えることができず、未だ名前がない。
「ベンキョウ ガン バル ノ?」
「いいや。しないさ。今日はもう疲れたからな。」
俺の悩みや運がよかった話など、色々聞き役に回ってくれるこいつは、俺の唯一の友達だった。
ベッドに横になった俺は、ボロボロの制服姿のまま眠りに落ちてしまった。
「オヤスミ オヤスミ。」
FZ-01 もスリープ状態に入る。
夜遅くに俺は空腹で目が覚めた。
「・・・晩御飯食べてないもんな。なんか食べるか。」
眠い目をこすりながらもボロボロの制服を脱ぎ、寝巻き姿に着替えてから階段を下りると、微かに機械音がしてリビングではなく、倉庫の方を見に行くと、暗い部屋に月の光が指していた。
じいちゃんが寝る前にロボットの点検でもして、つけっぱなしで寝てしまったんだろうと触りたくもないロボットの近くへ歩み寄った。
どのロボットが動いているのか確認していると、隅っこの方で風呂敷が被せてある物体が目に留まった。すると目の前から機械音がした。俺は確信して、風呂敷を剝いでみた。
そこには俺の学校の制服を着た女子が立っていた。しかし動く気配はなく、目は瞑ったままだ。
「誰?こんな女子いたっけ?・・・あの、すみません。」
カチッ
女子に手をかけると、突然何か閉まる音が聞こえたと思ったら、女子の目がゆっくり開いた。
俺と目が合うと、女子は突然俺の胸倉を掴んだ。寝ぼけていた俺の神経が一瞬で目覚めた。
「何ジロジロ見てんだ!!!」
「ぐはっ!!!」
ただ手を触っただけなのに、俺は頬をグーで殴られたんだ。女子とは思えない固い拳がめり込んだ。
小さな物音で、じいちゃんが寝巻のまま起きてしまった。
「何事じゃ!?」
「なんでもねえよ。てか、この人誰?」
「それはこっちのセリフだしー。パパ、この変態男誰?」
「パパって・・・じいちゃんのことか。変態って俺の事か?」
「たりめーだろ。人の顔ジロジロ見てんじゃねえよ。マジきめぇ。」
「勘違いすんなよ!てか " パパ " はないと思うけど。」
二人の光景は、まるで男女の何気ない会話をしているように見えたじいちゃんは、にんまりとどこか満足げな表情をしている。それに気づいた俺らは「「何笑ってんだ!!」」とハモいつつもつっこんだ。
場所をリビングに移し、とりあえず状況を説明すると、じいちゃんが女子の事を語り始めた。
「この子はお前が生まれてきてから、ずっと作り続けてきた高性能のロボットでな。部品も海外から知り合いに頼んで取り付けたんだよ。通信機器やらモーターやら・・・」
話がどんどん機械の話に変化していったため、会話をもとに戻した。
「まあつまりだ。お前も良い年頃なんだし。年頃の女と付き合うなんてのはどうだ?」
「はあ?!なに考えてんだよ!そんな下品な発想で 16 年間、こいつを作り続けてたのかよ。」
「パパ、あたしも無理なんだけど。こんな童貞と付き合うなんて壊れて楽になった方がましだわ。」
「これ!そんなこというもんじゃない!ロボットが簡単に壊れるようになってしまっては、わしのポリシーに響く。」
「いや・・・わざわざ慣れない英単語使わなくて良いよ。これからどうするんだよこれ。」
「ふあーそれは今日考えるよ。もう寝ろ。日付が変わってしまったし。起きれなくなるぞー」
気がつけば起きてから 2 時間も経過していた。さっきまであった空腹は通り越してしまったようで、俺はベッドに横になるとそのまま眠りについた。
翌朝。歯を磨いて、早朝に起きて仕立てあげた制服を着用し、スカートも翻し・・・ん??
俺が制服を着ると同時に、ロボットはスカートを翻す動作をしていた。
「どこか出掛けるのか?」
「はあ?まだ寝ぼけてんのか。ガッコー行くんだよ。」
喧嘩腰の割には、内容が真面目すぎて耳を疑った。明らかにサボりに行くような外見をしているロボットは正確は一般的な生徒と変わらない知能を兼ね備えているらしい。
「連れてってやってくれ。実はな、お前がずっと学校生活楽しんでないんじゃないかと思ってな。」
「えっ・・・」
この瞬間、じいちゃんには全てお見通しだったんだなって感じた。けど、
「お前の歳で‘彼女’ができないなんて、おかしいもんの~」
俺はじいちゃんの思いがけない一言に言葉を失った。
「だから、この子で・・・」
「誰が付き合うか!!!」
「まあまあ。お前にも好みがあるだろうと思ってな。3種類に性格が決めれるんだよ。まずは真面目で物事に真剣な子。」
「キリッ」
「秘書みたいだな。」
「次はかわいい系でおっとりした子。」
「エヘッ♥」
「女子らしいな。」
「そしてこれが一番最初の元気系で明るい子。」
「おらあああ!」
「元気すぎると思うわ!!」
「どの性格の子がいいんだ?」
俺は真っ先に答えた。
「・・・初めの性格がいい。このロボットにはこの性格が自然体だと思うから。」
「わかった。まあいつでも変えれるからな。」
こうして、ロボットの性格は登録された。
登校中に誰かといるのなんて始めてだ。何を話せばいいかわからず沈黙が続く。その沈黙を遮ったのはなんとロボットだった。
「そういやさ、パパがあんたから名前付けてもらえって。」
「なんだそれ・・・」
俺は戸惑ったが、じいちゃんが付けるとなるとおかしな名前をつけられるに違いない。花子とか鉄板の名前を誤字で付けてしまい、鼻子とつけられてしまっては可愛そうだ。そこで関係ないのは解っていたが真剣に名前を考えることに決めた。
「同じ名字たと怪しまれるから・・・ばあちゃんの旧姓の杉本って使えば良いとして・・・肝心なのは名前だよな━・・・愛子。佳子。幸子・・・だめだ!全部に子がついちまう!なあ、お前が気になる言葉とかないのか?」
「パパ。」
「それはややこしくなるからやめよう!!!・・・まあお前の気に入った名前の方がいいだろうし。パバ意外で何か思い付いたらそれにすればいい・・・」
源氏が親切に対応していると、ロボットは本屋の前で立ち止まった。
そして、一つの雑誌を見つめた。
「あれ、かっけー。」
ホームルームではみんなロボットに視線を向けていた。なんせ季節は夏。こんな時期に学校に転入してくるなんて目立つにきまっている。
先生の指示で黒板に、自分の名前を漢字で書き始めたロボット。その文字を最後まで書き終わる前に俺は冷や汗と口があんぐりと開いた。
「あたしの名前は“杉本霊”だ。」
ですます口調ではないし、名前は「れい」漢字は幽霊の「霊」。こんな不吉な名前を付ける親がどこにいるだろうか。
しかし考えたのはロボット自身。だから誰も攻めることはできない。
「席は下神の後ろな。」
ロボットが俺の席の後ろになった。
授業中にノートの切れ端を破ってメモを書き、折りたたんだメモを後ろに投げる。ロボットはそのメモを開いた。
“昼休み、第3階段に来い”
ロボットは思った。
「普通に話しかければっ・・・」
「シー!」
「おい下神!うるさいぞ。」
声を発したのはロボットなのに、後ろを振り向いた俺が注意された。正面を向いて納得がいかない表情をしている俺を、奴は戒めるように眼を飛ばしていることにその時気がつかなかったんだ。
お昼休みになって、やっとロボットと話ができた。
「なんだよあの名前!!もっとちゃんとした名前つけろよ。」
「はあ?あんた何様なんだよ!!今朝の話、もう忘れたのか?」
ロボットは俺が言った言葉を俺よりも覚えていたんだ。
―――――何か思い付いたらそれにすればいい・・・
だから自分が気になった漢字を、名前にしたといいたい。口ごもる俺の肩に、恐怖の手が覆いかぶさった。
「源氏ーーちょっといいかな~~」
同じクラスの奴らは、俺をロボットから引き離してそのまま校舎裏に連れていかれた。
「何転校生とヒソヒソ話してんだよ。」
「メガネのくせによ。あれか?ロールキャベツ男子?ふっるー」
「お前にはゴミが恋人いいんじゃね。」
「ゴミ屋敷の住人だしなーアハハハ」
ゴミ屋敷。
何を言われようと、俺は痛くも痒くもない。心も傷つかない。だけどこの言葉だけは傷つくんだ。
「・・・るせえよ。」
「あ?」
「うるせえよ!俺の事だけ責め立てればいいだろ!!あいつは、家庭は関係ないだろうが!!」
むきになり、感情のままに拳を相手の胸倉を強くぶつけた。その後の内容はいつも同じだ。
今度は逆に俺が胸倉を掴まれて、相手の拳を腹で受け止める。俺と違うのは、相手には苦しい気持ちでぶつかってくるんじゃなくて、面白おかしい気分で俺を殴ってくるんだ。決して表に見えるところじゃなくて、制服で隠れる部分だけを執拗に殴りかけてくる。
「その辺でよせ。」
声がした先には、ロボットが立っていた。名前の割には見た目は切れ長の瞳に、ストレートな髪の毛。緑色のスカートは彼女を人間として輝きを帯びていた。
そんな彼女を見て、奴らは表情を一変させた。
「霊ちゃん。これはただのじゃれあいだよ。別に力は込めてない・・・」
「隠し事がへたくそだな。そいつの表情を見れば冗談では済まないのが目に見える。同じ目にあいたいのか?」
上から見下ろすような様子で、ロボットは奴らのリーダーの男に歩み寄り、俺の身体に触れている手をどけると、軽く握りしめた拳を奴の胸倉に叩き込んだんだ。
その強さはおよそ、鉄筋コンクリートを強く打ちつけられた衝撃とほぼ同じ。だから痛みが持続する。
「あんたのしてきたことは、あたしの拳一発で勘弁してやるよ。次犯したら、倍にして同じところにぶち込んでやるから覚悟しな。」
それは、俺がこれまでされてきたことと同じことだった。殴られたところを毎回殴られ、アオタンの上にアオタンができる。そんな状態で内出血する部分があったほど。それをロボットは一撃で相手に与えたんだ。相手は女だけど、俺はかっこいいと思った。
帰り道。家が一緒である俺たちは朝来た道を戻る。
「ありがとな。」
「当然のことだろ?相手にしてやってることは、自分がされたいこと。だから羨ましくて行動する生き物なんだろ?」
生き物とロボットは表すが、そこは問題じゃない。一番気にしているのはやはり。
「名前、なんであの漢字なんだよ(どこで覚えた。)」
「あれを見たんだ。」
あれとは、本屋の表に見本で置いてある、怪談話の特集雑誌。そこには大きく「幽霊」という文字が。
「あれを見たとき“霊”という漢字がなんだか変わっていて気に入った。」
名前の由来を聞いて、俺は納得できた。だってこのロボットは、誤字で名前を付けられた俺のじいちゃんが生みの親。変わり者のところは父親譲りだと。