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≪異能≫の欠点を知ってから、2週間が経ちましたの。その後、力仕事とそうでないものを判別するために、オズワルドは罠作りの本を贈ってくださったの。私はしばらく夕食後に読んでいたのですわ。
けれど、罠を作るときに罠の名前をなぞるのではなく、押すと消費体力が分かることを知ってからは、申し訳ないとは思いながらも、読むことはめっきり減りましたの。彼は「嬢ちゃんが分かるならそれで良い」と柔軟な態度でしたわ。職人さんってもっと頑固な方ばかりだと思っていたんですけれど、偏見だったようですわね。
2週間たって、私の仕事も決まりましたの。接客ですわ。オズワルド曰く、私は見習う必要はないのだから、接客してくれれば自分は作成に専念できて助かると。私も、どうしても作成をしたい訳ではありませんから、特に不満はなく接客担当になりましたわ。
接客といっても、オズワルド自身が無愛想ですから、態度のことに関しては何も言われませんでしたわ。商品の説明も、手をかざせば目の前にすぐ出てきますし。
教えて下さったのは、商品の代金くらいかしら。とはいえ、金貨一種類のみですからお釣りの必要はありませんし、袋に入ったまま渡されても、幾つ入っているかは袋に書いてありますの。自動的に数えて、偽りなく数えて下さる財布袋だそうですわ。一度だけ、彼に聞いたことがありましたの。
「この表示は信用できるんですの?」
「それに教会のマークがある限りは大丈夫だ。教会の正規品なら、間違いはまずありえねぇ。そこ自体が金勘定に血眼だからな。技術が発達する訳だ。なにせ人を蘇生させるのに、金持ちでもなけりゃ一生かけても払えねぇ大金を請求するくれぇだ、まさに金の亡者だな」
という訳で、あまり気を負わずに接客してましたわ。お客様が来たら、挨拶をして、要件を聞き、場合によってオズワルドを呼んだり、お勘定をしたりしましたわ。
罠は必要不可欠なものではないらしく、店に行列ができるほど混むわけではありませんでした。でもお客様が1人もいない日はなかったですわ。必ず2、3人はいらっしゃって、予約をしていただくお客様もいましたの。まあ、たくさんお客様が来たところで、食事は相変わらず、ヨーロッパ中世暗黒時代並でしたけれど……空腹を満たせば良いということかしら。体が持たないと思っていたのに、この2週間、不調もないですの。歯磨きもお風呂にも無縁、でも臭いはないんですの。少し言いにくいのですが、その……花摘みも1度もないですわ。現実にはあり得ない話ですの。
豚がいたら、きっとこう言いますわ―ゲームの世界だからね、と。
そう言えば、豚はちゃんと食べているかしら。
物思いにふけっていると、ドアが開きましたの。
「いらっしゃ、あ」
挨拶をする途中で、固まってしまいましたわ。
ドアを開けたのは、見知った方々でしたの。
見たことのない服装で、若干顔つきも精悍になっていますが、すぐ分かりましたわ。
ドアを開けたのは、私が猿どもに嫌がらせをされていたとき、傍観者を決め込んだ、クラスメイトの方々でしたの。
私はしばらく言葉が出てきませんが、向こうも驚いたようでしたの。ドアを開けたまま、入ってきませんわ。異変に気付いたのか、オズワルドが奥からやってきましたわ。
「冒険者の小僧ども、入るか出てくかどっちかにしねぇか」
オズワルドがそう言うと、クラスメイトたちはぞろぞろと中へ入ってきましたわ。
皆さん驚いて、こそこそと小声で何やら話してますわ。
そのうちに、私は小声でオズワルドに伝えましたの。
「この人たちは、勇者ですわ」
「それにしちゃ装備が王宮の支給品じゃねぇな。装備も大したやつじゃあねぇ。金の無ぇ、駆け出しの冒険者みてぇだ」
確かに服装はバラバラで、支給されたものとは違いますけど、一瞥しただけでそこまで分かるのかしら。
「その通りです」
口を挟んできたのは、ローブを羽織った1人のクラスメイトでしたわ。
たしか名前は、井上昴。学級委員でしたわね。
「僕らは、勇者や王宮と袂を分かち、独自の道を行くことにしたんです。その結果、様々な援助は打ち切られ、冒険者として、野に下ることになりました」
「そりゃあ同情するぜ、で今日はなんの用で来た」
オズワルドが促すと、井上は頷きましたわ。
「自動人形を作って頂きたいのです」
それを聞いた途端、オズワルドの目が険しくなりましたわ。
「どんなものか分かってんのか、坊主。素材は駆け出しが集められるものじゃあねぇし、自動人形はただ置いときゃ使えるものではねぇぞ」
「素材はここにあります」そういうと、井上は袋の中身を全て出しましたの。
その中には、キラキラと輝く金属や、水晶が入っていましたの。
手をかざして見ると、その中でも一際輝くものがありましたわ。水晶ですわ。べテルギウス水晶というそうですの。それが、黄金色に輝いてますわ。
もしかして、これが……
「こいつは駆け出しの冒険者が集められるものじゃあねぇぞ。どうやって集めた」
「僕らは≪異能≫でどうにかなりますから。作っていただけますか」
オズワルドは、納得はしていないようでしたが、「顔に使う粘土が足らねぇな、備蓄があるか見てくる」と言って、私を置いてバックヤードに行ってしまいましたわ。
私と、クラスメイトたちは、しばらく黙ってましたの。先に口を開いたのは、井上でしたわ。
「西園寺さん、無事だったんだね」
その言葉に、クラスメイトたちは、堰を切ったように話しかけましたわ。
「心配してたんだよ!」
「そうそう!」
「西園寺さんと豚上がいないことに気づいて、マイケルに聞いても『戦力外でしたので、他の道を探してもらいました』って言うだけで教えてくれなかったの」「教会を探してもいないし」
「でもこれで一緒に冒険できるね!」
「ついでに自動人形の代金割引してくれね?」
「ギャハハハ!厚かましいわボケ!」
本当に厚かましいですわね。私は何も話していないのに、いつの間にか入ることを疑いようもなく信じていますわ。
井上は止めとばかりにこう言いましたの。
「西園寺さん、元の世界に帰りたくないか?僕らは勇者だったけど、マイケルは僕らを魔王を倒す駒としか思ってない。だから勇者を辞めて冒険者になったんだ。僕らはやっとレベル30台になった。君が戦力外なことは分かってるけど、それでも僕らなら守れるよ。今はお金は無い駆け出しの冒険者だけど、いずれ高ランクの狩場だって行けて、大金持ちになるはずさ。冒険していれば戻る糸口も見えてくるはずよ。大金持ちになって、一緒に元の世界に戻ろうよ」
「全くの見当違いですわね」
私がこう言ったとき、雰囲気は一瞬で冷えましたの。知ったことではありませんけどね。
「私は帰りたい訳でも、お金が欲しいわけでもありませんわ。ただ、平穏な生活を望んでますの。」
「そんな」だの「ここが平穏だなんて嘘だろ」だの聞こえますが、気にせず続けますわ。
「大体、私の教科書にガムを張り付けられようとバスの座席を強制的に決められようと、何もしなかったあなた方に、命を預けられる程の信用はありませんわ。同じクラスだから、何でも助け合うなんてことは幻想、そのことは良くお分かりでしょう?」
しばらく、静寂が続きましたわ。
静寂を破ったのは、学級委員でしたの。
「ここにいて、幸せかな?」
「3食食べられて、自分の能力を活かせるくらいには幸せですわ」
「……分かった。皆、西園寺さんを無理矢理仲間には出来ない。お互い不幸になるだけだ。ここは引き下がろう」
ちょうどオズワルドも帰ってきましたわ。
「粘土の在庫はあった。粘土代もしめて50万ベルッサだ。」
クラスメイトたちはあんぐりと口を開きましたわ。
「粘土だけでさすがに高いですよ!」井上の言葉に、オズワルドは首を振りましたの。
「粘土だけじゃねぇ、作業代込みだ。自動人形はオーダーメイドだ。機能は好きなようにつけられる分、手間賃はそれなりのものじゃねぇとやる気にならねぇな。嫌なら技術を安売りしてくれるところに行きな。最も、この城下町に罠工房はここだけだがな」
オズワルドの言葉を聞いて、彼を睨むクラスメイトもいましたの。なんて厚かましいのでしょう。お金がないことを選んだのはあなた方なのに。
「まあ、金も無ぇっていうんなら、本当は前金を貰いたいくれぇだが後金で我慢してやる。出来上がるのは1週間。それまでに用意してきな。どうする」
クラスメイトが帰ったあとで、私は聞いてみましたの。
「そんなに掛かるんですの?」
「あたりめぇだ。駆け出しを騙すなんてことしてみろ。この界隈で飯を食えなくなっちまう。まあ、期間は長めに言ったがな。駆け出しじゃ1週間はどのみち厳しいだろうが」
オズワルドはそういって、要望書を私に渡しましたの。
「良い機会だ。やってみろ。見ててやる」
初めて店の商品を作れることは、私の思っていた以上に誇らしく思えて、それが自分でも意外でしたわ。それがあの厚かましいクラスメイトたちのものになることを思い出して、複雑ですけれど。