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私は、オズワルドの話を信じませんでしたの。
そういった途端、彼は罠作りに勤しみましたから。
自分の言ったことを忘れるような人ではないと思いましたのに……。
オズワルドの仕事は丁寧に、かつ素早く、人使いは荒く。
「玉虫色の火打石持ってこい」
「シャチもどきの牙だ。一つじゃねぇ、全部持ってこい。……これにゃあ4つで十分だな。残り?お前さんが戻すに決まってるだろうが」
「ジョンソン銅持ってこい。銅級にない?ありゃ銀級だ。全部の引き出し見てから言え。何のための≪異能≫だ」
「ダマスカス鋼!早く!銀級!」
私はもう息が上がっていますわ。心の中で、これが大人の世界かと無理矢理納得されたような気分と、
苛立ちが入り交じった感覚がしましたわ。
私は、考えが回らなかったのです。私を教える時間を割くことと、商品の納入を遅らせないことを両立するため、無理をしてでも仕事を片付けなければならなかったことに。
作り終わると、彼は空中にペンで文を書きましたわ。インクが垂れずに、文字が空中を浮かんでますの。
彼は息を吹き掛けると、文字が消えていきましたわ。「しばらくすれば、客が来て予約分が捌けるだろう」そして、その通りになりましたわ。日が落ちるまでに、予約していたお客様が来続けたのですわ。
来たのは、天使の輪を頭の上につけている方や熊の毛皮を頭から被っている方など、一風変わった方でしたわね。
私は、オズワルドの横にいましたが、お勘定や商品の説明は彼が中心で、私はひたすら立ってましたわ。
夕焼けの光が窓から差し込んで来たころ、またお客様が現れましたの。
スキンヘッドで、顔にはピアス、筋骨隆々な殿方でしたわ。
威圧感を覚える姿に、私は言葉を失いましたの。
「オズワルド爺さん、まだ生きてたか」
この殿方はニカッと笑うと、威圧感が和らぎますわね。
「お前みたいなゴロツキに心配されるほど老けてないわい」
「ゴロツキだったのは、昔の話さ。やけに早いな。いつもこうしちゃくれないか」
「その時は代金を上乗せして貰わにゃな」
「金にがめついのは職人としてどうかと思うぜ、ところで横にいる姉ちゃんは何ちゃんだ?勇者みてぇな服きてんな」
こんな怖そうな方に目を向けられて、とっさに言葉なんて出ませんわ。
私の代わりにオズワルドが話してくれましたの。
「本物の勇者だ。戦力外で城を追い出されたらしいがな。今はちょいと預かってる。おい、名乗らねえか」「はいっ!?えっと、西園寺茜ですわ」
私の言葉に、男性は笑いかけました。
「サイオンジアカネ……聞かねぇ名前だが、良い名前じゃねぇか。勝手に呼んだ癖に追い出すとは、マイケルの野郎は薄情者だな。最も薄情にならなきゃ宮廷で出世はできねぇんだがよ」
オズワルドが殿方を紹介してくれましたわ。
「嬢ちゃん、こいつはギズロフだ。昔は人間相手に盗賊やってたが、今は冒険者やっとる。うちの上得意だ」
見かけ通り、危ない人ですわね。
「今は魔物相手に盗賊やってる。爺さんとの約束通り、人間にはここの罠を使ってねぇよ。ところで、上得意なら、少しはまけてくれんだろうな」
「びた一文まけんぞ。ほれ、いつものだ。使い方はわかっとるな」
お勘定をしているとき、ギズロフは私に話しかけましたわ。
「姉ちゃんは有望だな」
「……すべて≪異能≫のお陰ですわ」
この言葉に苛つかないといえば、嘘になりますの。私は努力で得た訳でもない力を買われ生き延びているのですわ。生死が懸かっているとは言え、胸を張って言えることではありませんわね。
「そりゃそうかもしれねぇが、人間、あるもので勝負していくのが人生だぜ、なぁ?才能は平等にあるわけじゃねぇが、それでも皆それを活かして生きてるぜ。」
ギズロフは、笑みを絶やしませんでしたの。
「自分で言っちゃなんだが、俺は体力に恵まれて冒険者やってる。そりゃ俺も鍛えはしたが、世の中にはいくら鍛えても弱い奴はいるんだ。魔導に励んだ方が向いているのに、いつか強くなることを夢見て鍛えてる奴だっている。そいつらと比べて、俺がやましく思わなきゃならねぇのか?そんな訳ねぇだろ。弟子にかかりきりで店をおろそかにしたくねぇと、ろくすっぽ弟子を取らねぇ爺さんが見込んだんだ。卑屈になるんじゃねぇよ、頑張れば今に一人前になれるさ」
「……そうなら嬉しいのですけどね」
その時オズワルドが会話に口を挟みましたの。
「お前に人生を説かれるとはな。ギズロフ、確かに受け取った、持っていけ」
「おう。じゃあな、嬢ちゃん。爺さんも気張れよ」
そういって、ギズロフは出ていきましたわ。
ドアが閉まると、ようやく一息つけましたの。もしかしてギズロフは慰めてくれたのかしら。
「ようやくうるせぇのがいなくなったな。無駄話したせいで暗くなっちまった」オズワルドは、二階に行ってしまいましたわ。食事の用意をするそうですの。手伝うよう申し出たら、「この年になると、台所を弄られたくねぇもんだ。大体、わずかでも魔力がねぇと使えねぇよ」と言われましたわ。
何もすることが無くなったのでその間、ギズロフの言葉を何度も反芻してましたの。
翌日は朝食を取ってから店のドアに閉店の看板を掛けて、オズワルド曰く「実験」をすることになりましたの。
モルモット役は私ですわ。まずは箱の中にある素材を当てさせられました。当然、箱の材質が見えるだけで中までは分かりませんわ。一部が見えれば分かるんですけれど。
「嬢ちゃんは透視まではできねぇか」というのが結論でしたわ。
次に、金属を渡されました。
「この鋼で刃を作れ」と言われましたの。作るのはスキルに任せていれば良いですわ。でも問題が一つありましたの。
最初は飛ぶように動きましたわ。でも鋼を伸ばすところから、速さが落ちてきましたわ。なにせ、暑くて仕方ない上に、重労働でしたから。
「最初の勢いはどうした。熱した鋼が冷えちまうぞ」「そんなこと分かっていますわ……言わないでくださいまし……痛い……痛いですわ……」
降り下ろす腕も、金槌を持つ両手も、じんじんと痛いですわ。じんじんと痛いならまだしも、壊れてしまったら、どうなるか。考えるだけで怖いですが、両手が止まってくれませんの。
やっと手が止まった頃には、もう汗だくで、何も握れないくらい痛かったですわ。お下品だとか考える余裕もなく、床に寝そべって肩で息をしてましたの。
「よし、完成か。ではもう一回だな。立て」
「もう、無理、で、すの」「このくれぇでへたばってんじゃねぇ!もう一回だ」「ひっ……」
剣幕に押されて、震える指でメニューを操作しましたの。そうしたら目の前に枠が出てきましたわ。
[HPが少ないので製作できません]
ステータスを見ると、緑の棒がいつもの4割ほどの長さになってましたわ。
いつの間に減ったのかしら?
このことを話すと、オズワルドは考え込みましたわ。「よし、回復薬をやろう。次は調合だ」
ステータスの緑の棒がいつも通りの長さになったら、今度は白衣のようなものを制服の上に着て、毒薬の調合をすることになりましたわ。神経を使う仕事と聞きましたが、刃作りに比べれば体力的に楽なものですの。この時もいくつかの種類を作らされましたが、途中からビーカーのような目盛入りのカップなしで調合しましたわ。目隠しもしましたわ。手は一滴もこぼさず淀みなく動いたと聞いてますの。
最後に、紐を編みましたわ。編んでる最中にふとオズワルドのいる後ろを向いた、その時でしたの。
オズワルドがいきなり、大声を上げたのです。
「うおおおおっ!」
戦場に行ったことはないのですけれど、閧の声のような轟音が響きましたわ。
「きゃあああああっ!」
私は椅子から転げ落ちてしまいましたの。
彼は私の半歩後ろにいたんですけれど、私が声を上げた途端に黙りましたわ。
「すまんな。冗談だ」
彼はこんなことをする方だったのですね。
「ご苦労だったな。これで終わりだ」
「こんなことが役に立ちましたの?」
理不尽な目に合わされて、もう機嫌は最悪ですわ。彼のことも、見下げ果てたように感じましたの。
「嬢ちゃんの≪異能≫だが、分かったことがある」
「あぁ、そうですの」
ですから、こんな冷淡な態度を取ってしまったのですわ。
「まず、透視ができねえ。つまり『トロイの木馬』のような一見普通のアイテムに見える罠には弱い。なまじその目がある分疑わねぇからな。次に」
彼は私が鍛えた鋼を取りだしましたわ。
「これは俺が作ったものと遜色ねぇ。それは良いんだが、体を使う仕事は体力を消耗しちまって、最悪動けなくなるのは欠点だな。さっきは怒鳴っちまって悪かったが、こっちは体力の限界でも作れるのか試したかったんだ、結果、無理だった。その次に」
今度は作った毒薬を持ってきましたわ。
「これは失敗すると最悪爆発する」
「何ですって!?」
「その白衣には防御魔法がかかっているから、死にゃあせん。瀕死でも回復すれば問題ないしな」
父がゲームするなと言った理由が分かりましたわ。この倫理観を現実に適用したらどうなるか考えただけでも恐ろしいですもの。
「調合カップありとなしで比べてみたが、中身は一緒のようだ。つまり、手は自動的に調合できる機能がある。」
「……そうでしたの」
「そしてこれが最後だ。驚かせて悪かったが、これは確認しておきたかった。嬢ちゃんは心底驚いただろうが、そんな時でも手は止まらなかった。普通なら驚いた瞬間止まる。それができねぇのは、工作中何があっても手は動き続けるてぇことだ。製作をキャンセルすることもできねぇ。こいつは危険だぞ、何せ迎撃ができねぇからな」彼はシワだらけの顔にありありと心配の色を見せましたわ。理不尽な目に合わされましたが、それを疑うことは、私にはできませんでしたの。
「だから、わしが言えることは、怪しいものは疑うこと、力仕事の時は体力に気をつけること、出来るだけ安全なところで工作を行うことだな、覚えておけ。そうしないと身が守れねぇ」
「……そうですわね。ご忠告、ありがとうございます」
理不尽だと思う気持ちは、まだ無くなってはいませんが、不思議と憎しみは湧かず、心が落ち着いてきましたわ。
「わしが好きでやったことだ。……そろそろ飯だな」そのまま、彼は二階へ言ってしまいましたわ。
これらの忠告は、全て一人立ちするためには必要なことでしたわ。
彼はそこまで私の先を考えていたことに、私はどこか嬉しさを感じましたの。
彼を見下げたことを反省しつつ、私は昼食を待ちましたわ。