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城に背を向け、坂を下って行くと、城下町が見えて来ましたわ。
道なりに店が立ち並び、店への呼び込みの声が聞こえますの。
「武器はいかがー!ミスリル銀製の剣だよー!」
人もたくさん集まっていて、行き交う人の話し声もたくさん聞こえますわ。
「ハウンドウルフの毛皮が……」
「ミスリル銀?どうせ……」
「ママー、甘いもの欲しい!」
「……高騰だってよ。よくやるよな」
城のお膝元だけあって、栄えていますわね。
「茜ちゃん、迷子になるから手を握って」
私は何も言わず、豚の制服の裾を掴みました。
「ひどいなぁ、折角気を遣ってあげたのに」
「お気持ちだけで結構ですわ。それより、工房の位置は分かりますの?」
「もちろん、テストプレイでさんざんやったからね!ゲームだと≪異能≫はいくらでもとれるから、≪槌と眼鏡≫を中盤くらいで取るまではちょくちょく行ってたよ」
「この世界はゲームそのまま、というわけではないのですね」
「うーん、共通点の方が多いと思うけど、部分的にはそうかもしれないね」
その一つは、空でしょうか。
豚の言うことには、ここはいつも昼間の世界だったそうですの。
でも、今は日が傾いておりますわ。
まだ確かめてはおりませんが、「夕方」があるなら、「朝」や「夜」もあるのでしょうね。
想像を膨らませていると、豚がある店の前で立ち止まりましたわ。
見上げると、「工房 オズワルド」と書かれた看板が掛かっておりましたの。
早速ドアをノックして、中に入りましたわ。
工房の手前側には私の胸位の高さのテーブルがありましたの。
奥側にはカーテンが掛けられ、固いものを叩いている音が聞こえましたわ。
「失礼いたしますわ」
「あのーすみませーん」
しばらく声を掛けると、音が止み、カーテンが開きましたわ。
銀髪の、髭を生やした老人が一人現れましたの。
深いシワや髭で老人だと思いましたが、筋肉で腕は膨れていて、老人の痩せた腕とは大違いですわ。
藍色の半袖とボトムに黒ずんだ前掛けは、作業着かしら。
彼は、口を開きましたわ。
「誰かと思えば、マイケルの野郎が呼んだ勇者様じゃねぇか。なんの用だ」
「え、いや、あの」
「私を弟子にしてくれませんこと?」
私が単刀直入に切り出すと、彼は眉間のシワをさらに深くしましたわ。
「わしがかい。何でわしがそんなことをせにゃならん」
「私たちは、戦力外として追放されましたの。でも、ここなら生きていけると思って……」
「ここを嘗めちゃいねぇか、嬢ちゃんよ」
彼は一つため息をついて、こうつづけましたわ。
「ここは罠を作って売るところだ。罠が不発なら生死に関わる。客だけじゃねぇ、わしの命もだ。そのくれぇ神経磨り減らして飯を食ってる。勇者にもなれねぇガキにそんな覚悟ができるか。大体、それをなぜわしがやらにゃあならんのだ」
「私たちだって、好きでならなかったわけじゃありませんわ。ここなら、私のスキルが活かせると思って……」
「やったこともねぇのに、『活かせると思った』たぁ、吹くじゃねぇか。もう他当たってくれや」
そういって、彼はカーテンの向こうへと去ろうとしましたわ。それは避けなければ……
「待って!待ってくださいませ!」
必死の嘆願にも関わらず、彼は無情にもカーテンを閉めようとしましたわ。
「≪槌と眼鏡≫を持っていますの!」
その言葉に、彼の動きが止まりました。
「今、何と言ったか嬢ちゃん」
「≪槌と眼鏡≫、もっていますの」
彼は髭をさわりながら、なにやら思案しているようでしたわ。
「こっちの方面では喉から手がでるほどの≪異能≫だ。本当なら、磨けば光るな」
「本当ですわ。信じて下さいまし」
「……そうか、嬢ちゃん、坊主、こっちへ来い」
カーテンの向こう側に二人とも通されましたわ。
左には私の身長と同じくらいの機械のようなものがおかれ、右には何も置かれてないテーブルと椅子、右端には、無数の引き出しがある朱塗りのタンスと、隅に階段がありましたわ。
促されて二人とも椅子に座ると、彼はタンスから5個取り出し、テーブルの上に並べました。
「これをすべて使って工作してくれ」一体どうしたら良いのでしょうか。
私にはこれが何だかは分かっても、どうするかまでは分からないのです。
考えあぐねている私に、助け船を出したのは、豚でしたわ。
「茜ちゃん、僕の言う通りにしてね。手をかざして」「スキルをなぞって」
「≪槌と眼鏡≫をなぞって」
「光っている文字があるよね。そこを、そう」
言われるままに手を動かしていたら、突然両手が動き出しました。
「きゃあっ!」
両手は私の脳から切り離されたように、意思を離れ勝手に動いているのですわ。
でも、両手は手慣れたようにスライムの核一つに柳の枝2本を挿しこみ、ビッグラットの牙一対を枝にくくりつけましたの。
これで、核を攻撃すると、枝がしなり、ビッグラットの牙が刺さる構造の「簡易指パックン」の出来上がりですわ。
老人を見上げてみると、目を見開いたまま立っていましたわ。
「右も左も分からない小娘が、初級とはいえこんな速く完成させるとは。」
「いかがでしょう」
「ふむ、まあいいだろう、わしの名はオズワルドだ。嬢ちゃん、これから住み込みで働いてもらう」
なんとか、餓死することは防げそうですわね。
ほっとしている私の横で、豚は立ち上がりましたわ。「僕はこの辺で。茜ちゃん、じゃあね」
「え、あなた、これからどうするのです?このままでしたら餓死するって言ってたでしょう」
「僕は今は≪絶対回避≫の力しか持っていないし。役には立たないなー。他の道を探すよ」
この豚には、さんざん借りを作ってきましたの。今だって助けたのは豚、この人ですわ。今「分かった」と言えば、きっと見殺しにしてしまう……
どうにか止めようと口を開こうとしたとき、オズワルドが制止しましたの。
「言っとくがな、ここでは働けねぇやつには飯を食わせねぇぞ。そこまで言った勇気に免じていい店紹介してやる。そこなら小間使い程度の仕事ならあるだろう、そこで働け」
「結構です。僕は冒険者でしたから。今だってそう生きて行きたいんです」
そういうと、豚はカーテンをめくって出て行こうとしました。
「お待ちになって!」
なんとか引き留めるため追いかけようとすると、オズワルドが肩を掴んで止めましたの。
「あそこまで言ったら、もう戻ることなんぞ出来んだろう、男が命かけて見栄張ったのをふいにするんじゃあねぇ」
そのまま、豚はドアの外、雑踏の中へ消えていきましたわ。
こうして、辛くも私は工房へ弟子入りする事ができましたの。
町中にて。
「僕は冒険者でありたいんですキリッ!デュフフフ、我ながらカッコつけすぎ」
「なんだ、兄ちゃん。一人で笑ってやがって」
「冒険者さんですか?僕囮役やりますよ。」
「本当か!あんな危険な役目やるなんて、命知らずじゃねぇか……まあ、こっち来て何か食え。空きっ腹で化けてこられても、なんだ、困る」
「デュフッ!サーセン」