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メイビー草原中央部につきましたわ。
相変わらず、青い空が広がっていますわね。
あのときとは違い、気は晴れないのですけれど。
豚の方は鼻で笑っているようですわね。
「いつも、青空なんだよね〜まあ、天気にリソース振り分けるのは無駄っちゃあ無駄だけどさ。VRの良さはリアルっぽさだから、不自然なほどの青空はどうかと」
この時点で、一人言を聞くのを止めましたわ。
豚は、ギズロフに前に来いと言われるまで、一人で話してましたの。
クラスでは、ろくに話すところを見たことが無いのですけれど、案外話好きな方なのかもしれませんわね。
前に居たギズロフが振り向きましたの。
「姉ちゃん、ここからはアプグルンやゴブリンが出るから、後ろに行きな」
私ではろくに戦力になりませんし、当然ですわね。
隣はロキシーとメイベルですわ。
ロキシーは私に興味がないようですし、メイベルに目を向けたら睨まれましたわ。
話を聞かされる方も好きではないのですが、話すらない雰囲気も好きではありませんわね。
重苦しい雰囲気を破ったのは、ギズロフの大声でしたの。
「アプグルン2体だ!全員配置につけ!嬢ちゃんは後ろだ!」
前を向くと、広葉樹が2本ありますわ。
枝の端々に赤い実がなっているのが見えますの。
これがアプグルンなのかしら。
怪しい気配はしませんわ。
一団の中で、最初に動いたのは、豚でしたわ。
人差し指をくるりと回して、アプグルン2本に突撃しましたの。
≪異能≫を使うときには、メニューを開き、スキルをなぞらなければならないのですけれど。
今は、そういった様子は全く見られませんでしたわ。まさか、忘れてしまったのではなくって?
「お待ちに……!?」
叫ぼうとする私を止めたのは、メイベルでしたわ。
「黙ってな。あいつの仕事の邪魔すんな。見てろ」
見てろと言われても、危なくて見ていられませんわ。
アプグルンは、獲物が突撃してきて化けの皮がはがれたのか、根を蜘蛛の足のように動かして豚を待ち構えてますわ。
キー、キーと何かが擦れる音がしますの。
彼は、魔物が待ち構えているのをどこ吹く風で突進していますの。
今にも、枝が彼に届きそうな位近づいて――いや、これは当たってしまいますわ。
そして私は見たんですの。
枝が、彼に当たりそう、いえ、当たって――すり抜けたのを。
少し、面食らいましたわ。いつの間に発動していたのかしら。
いつも発動しているのかしら。
とはいえ、魔物を見つけたのですから、驚いていないで気を引き締めなければなりませんわね。
豚は、近づいたり一歩退くことをランダムに繰り返して挑発していますわ。
ギズロフは、豚の突撃を見届けた後、ナイフを片手に持ち、アプグルンたちの背後を狙って刺し続けていますわ。動き続けながら、時折アプグルンの実をもいでいますの。
メイベルは、両手に拳銃を持って連射していますわ。短い間に何度も銃声がなりますが、2人に当たらないあたり、腕は良いようですわね。
ロキシーは何もしてませんわ。自分の出る幕はないとばかりに、ぼうっと立ったままですの。
「あの、何もしなくていいんですの?」
「あの程度に使う魔力が勿体無い」
と言ったっきり黙ってますわ。私は、何かした方が良いのかしら。それとも、余計なことはしない方が良いかしら。
考えた結果、自動人形を使うことにしましたの。
セットしてある投石魔方陣は、消費するものとは違い、連射はできないものの、時間が経てば何度も使えますの。翼竜大母相手に使った時も、この性質を利用しましたの。
「『起き』なさい、自動人形。次はあの木の上に落としなさい」
「ごしゅじんさまー。あのときからねむってないよ」あのときと言うのは、マイケルと決別した時ですわね。
「ごめんなさいね。それで、今回もお願いしたいの」「はーい」
自動人形が、用意をした、その時でしたわ。
「……止めてくれないか」ロキシーが、あのロキシーが、私に話しかけたのですわ。
「それをされると、実がつぶれて、困る」
ああ、実は薬になるのでしたわね。この罠では、無傷のまま、取ることは難しいですわ。
「それもそうですわね。申し訳ございません」
そうすると、今は何も出来なくなってしまいますわ。
自動人形の装備を付け替えれば、良いのですけれど、敵を目の前にして、無防備になるのは、オズワルドの教えに反しますし、危険ですわ。
「自動人形、『止め』なさい。事情が変わりましたわ」
「えー。じゃあ、こんどはねかせてくれる?」
「ええ。しばらく『眠り』なさい」
自動人形が眠ったのを確認すると、バックにしまい込みましたわ。
その頃には、勝負は着いてましたの。
アプグルン一体は横に倒れていて、根が剥き出しになっていますわ。
もう一体も、動きが鈍くなったように感じますの。
ギズロフが、もう一体をひときわ深く刺して、ひねるようにナイフを抜きましたわ。その時どうと音がして、もう一体も倒れましたの。
メイベルは、面倒だったと言わんばかりにため息を吐き、豚はぜいぜいと息を乱していましたわ。
「姉ちゃん、こっちきて収穫を手伝ってくれねぇか」ギズロフのお願いに応じて、アプグルンの近くに行きましたの。
近くにいっても、普通の木のようでしたわ。
人を襲わなければ。
「姉ちゃん、この赤い実を傷つけずにもいでくれ。簡単だろ?」
実は姫りんご位の大きさでしたわ。これが枝に鈴なりになっていますの。
単純作業かつ、終わりの見えない作業ですわね。
メイベルとロキシーは何もしてくれませんし、豚は息を整えていますわ。
手を進めながら、聞いてみましたの。
「この間に、魔物が来たらどうするんですの?」
「そのために、ロキシーとメイベルは見張りをしているぜ。役割は分けねぇとな」
ああ、そういうことですの。
実をすべて集めたら、ギズロフは豚から大きなリュックザックを渡されましたの。
その中から袋を取り出して、それに全部実を入れましたわ。
体積無効の魔法が掛かっているようですけれど、私のとは違い、もっと入るようですわね。
こうして、この一団での勝利は、単純作業でしめくくられましたの。