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私は、しばらく刺した姿のまま、動けないでいましたわ。

ナイフを握ったまま、立ち尽くしていましたの。


よく覚えていないのですけど、オズワルドがやって来て……

いつのまにか、工房内の椅子にかけていましたわ。


ナイフはいつの間にか、手から離れてましたの。

それなのに、手が、ナイフを握った形のまま動きませんわ。


体全体が震えたままですの。



私が、人を、殺しましたの。



今は人を殺した恐怖と、無意識にその恐ろしさから逃げているような冷酷さを漠然と感じていますわ。


何か柔らかいものに覆われた感触がしましたわ。

見るとオズワルドが毛布をかけてくれたようですわね。

彼は椅子に座りましたわ。「……嬢ちゃんよ」

喉が渇いて、塞がったように重くて、返事ができませんの。


「あの女は、誰だ」

「……勇者ですわ」

我ながら、か細い声でしたわ。

「そうか」

オズワルドはそれ以上聞きませんでしたわ。

「嬢ちゃんよ、前に何があったか知らねぇが、変なことは考えるなよ。関係の無いわしにまで、手をかけるあたりまともな頭じゃねぇ」

「……でも人を、殺したんですのよ」

彼は、言葉を選ぶようにゆっくりと言いましたの。

「最善とはいえねぇだろうが、間違いとはいえねぇ。」

彼は椅子から立ち上がりましたの。

「もう眠っちまえ。立てるか」

私は、そのまま彼に肩を貸してもらい、自分の部屋に入りましたわ。

ベッドに寝転んでも、目が冴えて眠れませんの。

目をつぶると、あの死に際の顔が浮かんでくるのですわ。




それでもいつの間にか瞼を閉じていて――


気がついたら昼でしたわ。こんなに遅起きしたのは今までありませんのに。


一階に降りると、彼は作業の最中でしたわ。

私に気づくと、作業を止めて、テーブルの上にあるパンを指差しましたの。

何も言わず、椅子に座りパンを食べると、彼が近づいてきましたわ。

彼は暗い表情のまま、私に話かけましたの。

「少し、話がある」

頷くと、私の向かい側に座って言いましたの。

「一応、知っておいた方がいいと思ってな。辛いかもしれんが、聞いてくれ」

「はい」

「ガイアでは、死んだら全員教会の霊安室に安置される。勇者もそうだ。今朝見に行ったが、霊安室には無かった。蘇生された知らせもねぇ。」

そうでしょうね。私には死体隠滅の≪異能≫があるのですから。

前の世界と同じ意味で、あの女は死んだのですわ。

いえ、殺された。

「王宮は勇者が1人、行方不明になったと、懸賞金をかけている」

「……私をどうするおつもりなんですの?」

今殺したことを知っているのは、私とオズワルドのみ。

彼の言葉一つで、私は簡単に破滅させられてしまいますわ。

破滅?いえ、報いですわね。

「何もしねぇよ。ただ、このまま見つからないとすると、王宮が調査するかもしれねぇ。そうなる前に――」

彼は私の目をしっかりと見ましたわ。

「ほとぼりが冷めるまで、嬢ちゃんを冒険者の一団に預けて、このリコリスから離れてもらう」


これを聞いた瞬間、こう思いましたの。


見捨てられた、と。


「お待ちになって…!」

思わず、涙声になりましたわ。

「おい、嬢ちゃん」

「なんでも……します……なん……っ……で……もします……せめて見捨て、ない、でくださいまし……今、ここを離れたら、私はもう……」

胸がいっぱいで、言葉が途中で詰まってしまいましたわ。

ここにいて1ヶ月余り、思い返せば楽しいことばかりでしたわ。

それも、もう、終わってしまう……

「落ち着け、嬢ちゃん」

彼は、しゃくりあげている私が落ち着くまで、黙ってくれましたの。

「別に嬢ちゃんを見捨てる訳じゃあねぇよ。死体がねぇんじゃ、どうせただの失踪に落ち着く。それまで世界を見てこい。そうしたらまたここで働いてくれ」

「また、働けるんですの?」

「嬢ちゃんが、ここを気にいっていればな」

その言葉で、少し、落ち着きましたわ。

「ちょうど、嬢ちゃんを少しだけ貸して欲しいって言っとる奴らがいるからな。渡りに船だ。それでも、嬢ちゃんが嫌なら断ろう。どうする」

気持ちなんて、決まってましたわ。

また、ここに戻れるのですもの。

「いえ、お願いしますわ」「そうか」

彼は、あのペンを取りに行きましたの。

あれで連絡をするのでしょうね。

少し、罪悪感からは解放された気はしましたわ。



それからしばらくして、冒険者の方が来ましたの。

あのギズロフでしたわ。

「姉ちゃん、久しぶりじゃねぇか。持ち物はそれで十分か?」

私が持っているのは、オズワルドから貰ったバッグ1つですわ。

それしかありませんもの。「ええ、オズワルドさま」オズワルドの方を向くと、こう言いましたわ。

「今までありがとうございましたわ。行ってきます」「おう、また戻ってこい」オズワルドの返事は、いつもながら簡潔でしたわ。

「それじゃまたな、爺さん。」

「ギズロフ、何かあったら容赦せんぞ」

ギズロフは手をヒラヒラさせて、店から出ましたわ。私も行かなければ。

会釈して、ギズロフを追うように店を出ましたわ。

オズワルドはいつもと同じ無愛想な表情でしたわ。

私が出る時も、表情は同じままでしたの。




結局、オズワルドとこの店で会うことは叶わなかったのですけれど、それはもう少し後の話でしたわ。



店の前にはギズロフの他に3人の仲間が待ってましたの。

女性で赤い髪、つり目の銃士、男性で緑の髪の堕神官、そして――

「ぐふふ、お久しぶり、茜ちゃん」

待っていたのは、冒険者2人と、私に工房を教えてくれた、あの豚でしたの。

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