12
私と、柴田瞳は、互いに黙っていましたわ。
私は、相手の出方を探るため。
柴田の方は、きっと驚いたからでしょうね。私は死んだものと思っていたのかも知れませんわ。
マイケルは、一人で話してましたわ。
「いやー感動の再会ですね。他の方も呼びましょう。おーい、皆さーん。あ、待って下さい。翼竜は動きが鈍いうちに倒して下さいね」
マイケルは、心持ち嬉しそう、いや、面白がっているようでしたわ。
「問題外さんが生き残ってくれたばかりか、足止めまでしてくれたなんて嬉しいですねー。自分が育ててないのに、役にたったというのが素晴らしい!これは騎士の称号を与えてもいいくらいですね」
この一言で、柴田の表情は凍りつきましたの。
「マイケル、それは私が貰えるって言ってたじゃん?今だって倒したの私だよね?」
どこかマイケルにすがり付くような声でしたわ。
「それは予定ですよ。よく働いた人に贈るという話だったはずですよ?あの竜を死にかけるまで追い込んだのは問題外さんですよ。あなたは結果を重視しすぎていますね。悪いところですよー」
一方、マイケルはいつも通りの語り口でしたわ。素の感情が分かり難いですの。偏見かもしれませんが、共感や同情を一切感じさせない、ただひたすら明るい声ですわ。
「分かった、マイケル」
柴田は、表情が凍りついたまま、明るい声色で言いましたの。
「分かればいいんですよ。あー、皆さんは遅いですね、まだ翼竜相手に苦戦しているのでしょうか?」
「私!私が行って倒してきます!」
柴田はそう言って、踵を返しましたわ。マイケルの死角に入った途端に、私を一瞬睨んでいきましたけれど。
蛇すら視線で殺しそうなあの目、私に男を盗られたと憤った目と同じでしたわね。
「さて、問題外さん」
マイケルは笑いながら言いましたの。
「今まで大変だったでしょう。城に来ませんか?」
何を言い出すかと思えば。
「私を見捨てたあなたが何をおっしゃっているんですの?」
「いやいや、それはもう水に流して下さい。こちらもあなたの評価を水に流しますから。罠だけでここまで戦えるのであれば、他の≪異能≫を持つ方々に使わせれば戦略が広がる。あなたはただ城で悠々と作っていれば良いんです。素晴らしいでしょう」
なんと傲慢な。
「お断りいたしますわ」
断っているというのに、マイケルは食い下がってきましたわ。
「意地だけじゃ食べていけませんよ?意地で特権を返上した馬鹿者もいましたが、今や薄汚い冒険者だ。そうなったら、ろくに生活できませんよ。そうだ、あなたを助けた誰かさんには、礼金をはずみましょう。あなたは安全清潔な場所と、恩人は礼金を得る訳だ。悪くない話でしょう」断るつもりでいたのですけれど、オズワルドにお金が渡るのなら、それも良いかもしれないとも思いましたわ。
その時、あの長老がマイケルに話かけましたの。
「マイケル様、よくこんな薄汚いところに足を運んで頂きありがとうございます。ここは酷い有り様になりました。お話ではマイケル様が予測出来なかったために対処が遅れたとか。どうか『お見舞』をお願いします」
マイケルは面倒そうにローブの内側に手をやり、そこから財布袋を出すと、その中身を地面にばらまきましたわ。
そのお陰で、迷いが消えましたの。
「自動人形、『おいで』なさい」
道を突っ切って来た自動人形を私はバッグに戻しましたわ。
「私は夢がありますの」
私は何を言っているのでしょう。あの豚が言ったことに影響されているのでしょうか。
ダンジョンミストレス。
ふふ、と笑うと、もう一度断りましたわ。
「その夢に城で罠を作る機械になることは入っていませんわ」
そう言って、マイケルに背を向けて去りましたわ。
工房に帰ると、あのご家族とオズワルドがいましたわ。
「南側に勇者たちと宮廷魔導士が来ていますわ。もう大丈夫でしょう」
そういうと、全員胸を撫で下ろしたようですわ。
あのご家族は住んでいた場所に戻るそうですの。
私たちにお礼をいうと、店から出ていきましたわ。
疲れましたわね。
オズワルドもそうみたいですわ。
4人分の椅子を戻して、オズワルドに起こったことを話すと、呆れられましたわ。
「そんなことになるなら、とっとと逃げりゃあいいだろうに、嬢ちゃんは世間知らずどころか命知らずでもあるみてぇだな、長生きできねぇぞ」
バッグを返そうとすると、断られましたわ。
「それは嬢ちゃんにやろう。どうせあと一つあるからな。それにしても……」
オズワルドが笑いましたの。
「あの嬢ちゃんが翼竜大母を倒しかけるなんぞ、想像もできねぇな。随分と成長してきているじゃねぇか、これは冒険者について旅する日も遠くねぇな」
最後のは冗談でしょうが、そこまで認めてくれたことがとても嬉しかったですわ。
オズワルドと過ごす時間がもう少しで尽きるだなんて、その時は思いませんでしたの。
翼竜大母を倒した日の晩は、月が出てましたわ。
聞いた話によると、オーガたちは冒険者たちが倒したそうですの。
そして私は翼竜大母を翻弄し、南側を救った英雄として――そこは否定したのですけれど、冒険者たちと食堂で宴会に参加することになりましたわ。
珍しく上機嫌のオズワルドが、お金を渡した上に行ってこいと促したものですから、お言葉に甘えることにしましたの。
オズワルドとの食事よりも肉が多い豪華な食事が出ましたわ。
食べたあとで、あの翼竜大母の肉だと聞かされて、動揺する様を見て笑われたり、ある冒険者が王の物真似をして笑ったり……まあ、王に会ったことないのですけれど。
なかなか騒がしく、楽しい一時でしたわ。
冒険者たちと別れ、一人夜道を歩いていましたの。
工房が見えてきた時、突然足が止まりましたの。動かそうとしているのに、意思と関係なくぴくりとも動きませんわ。
そのまま、私の体は、ぎこちなく来た道を振り返りましたわ。
目の前にいたのは――あのつり目の「猿」でしたわ。
つり目は開口一番、こういいましたの。
「おまえって、どこにいてもうぜえな」
「元から気に食わねぇんだよ」
「お嬢様ぶりやがって、汚職した議員の汚ねえ女の癖に、お情けで告白されたのを断りやがって」
「瞳がどれだけ傷ついたと思ってるんだよ!好きな人の気持ちを考えて身を引いたことがどれだけ辛いか分かるか!?おまえはそれを台無しにしやがって!」
とんだ独演会ですわね。
体が動けない上に、声も出せませんわ。こんな時に下らない話を聞かされるなんて。
あの女は、私にどんどん近づいてますの。
「今だって、瞳が努力してやっと貰えそうだった称号が、こいつに盗まれそうになってる、この令嬢まがいの悪役女が!」
私の目の前にきて、ナイフを地面に投げ捨てましたの。
「このナイフで首を突いて死ね。死んで詫びろ」
自分の出した言葉に酔っている様子でしたわ。
でも私の心とは裏腹に、体は、ゆっくりとナイフを拾ってますの。
信じられませんわ。体が私の意志から切り離されたようですの。
何で、こんな、下らないことで、私が死ななければならないのかしら……!
体はナイフを拾うように、体勢を低くしたところで、この女は、足で私の頭を踏みつけましたの。
「そうだよ、おまえなんか俺らにペコペコしていれば良いんだッ!そうすれば気が向いた時に仲良くしてやったのに!身の程を知れッ!あはははははっ!」
この女、言わせておけば……!
でもどうしてか体が動かないですの。
私の体が両手でナイフを掴むと、
この女は足で私の頭を蹴り飛ばしましたわ。
「嬢ちゃんに何しやがる!」
オズワルドの声ですわ。
その時、煙幕弾があの女に当たるのが見えましたの。煙幕弾が爆発し、辺りは白い霧が立ち込めましたわ。
「嬢ちゃん、今のうちに早く来い!」
オズワルドが、工房の屋上から煙幕弾を投げてくれたようですわ。
私はナイフを持ったまま駆け出しますの。
「ぶはっ!クソジジイ許せねぇ!」
声が聞こえますが、無視して、工房へと走りますわ。もう少しで中へ入れる、そんなときでしたの。
「上をよく見ろよ!」
弾かれたように上を見ると、オズワルドがゆっくりと屋上の手すりに手をかけて、
「あははははは!邪魔者が、死ぬところを見せてやるよ!」
この女の声で、頭が沸騰しましたわ。
許せない。
ナイフを両手で握って、あの女に体をぶつける勢いで刺しましたの。
「あははッ……がッ!」
ナイフはあの女の腹に、深々と刺さりましたわ。
「げふっ!この……!」
あの女は、驚いたまま、ナイフを抜こうとしましたの。
抜こうとする女とさせない私とで揉み合いましたわ。一度ナイフが抜けましたの。
その時、もう一度煙幕が辺りを白く塗りましたわ。
煙幕の切れかけでぼんやりと、あの女のシルエットが見えた時に、もう一度、体をぶつける勢いで刺しましたの。
「ぐはッ!」
煙幕が切れて分かりましたわ。私は今あの女の左胸を刺したことに。
あの女は、パクパクと吐血する口を開いたり閉じたり繰り返して、ふっと動きを止めましたわ。
それから、体の先端から光の粒子が飛んでいきましたの。光の粒子が飛ぶたびに、あの女の体がゆっくりと削られていくようでしたわ。
光の粒子がすべて飛んでいったとき、あの女の姿はもうどこにもありませんでしたわ。
「無事か!?」
オズワルドが、屋上から降りてきましたが、答える余裕は無かったんですの。
「あの女、どこに消えやがった……?」
オズワルド、あの女は、もういないんですの。
私が殺したのですから。
視界の中にこう写し出されていたのですわ。
[スキル:骸喰らい を発現しました]
[骸喰らい:殺害した相手の復活阻害、殺害した相手のスキル強奪]
[骸喰らいにより、スキル:人形使いを獲得しました]
[人形使い:集中時、相手の操作(人数は熟練するほど増加する)]