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アセビと飛行機

 僕とルイは所謂戦争孤児と言うものだった。赤子の時に陸軍を育成する機関に拾われたらしい。

 その頃は戦争真っ最中だった。育てられた場所が場所だから、僕らもいずれは戦争に駆り出されるものだと幼心に感じていた。


"死ぬことを恐るな"


"国のためにその身も命すら捧げろ"


 毎日のようにそう言われ、そのために戦闘の術を習った。僕らにはそれが"当たり前のこと"で、これからずっと先もそうなんだと思っていた。

 けれど、戦争が突如として終結した。相手の国の王が入れ替わったかららしい。"らしい"というのも、僕らはまだ子供だったから詳しいことなんて知らなかった。


 でも、その次の日の事はよく覚えてる。

 今までヒトゴロシの為の事を教えられていたのに、次の日の座学では「ヒトゴロシはダメなコト」と唐突に教えられた。

 運動の授業では、戦闘術を学んでいたのに護身術の授業になっていた。


 訳がわからなかったのをよく覚えている。矛盾しているとイライラもした。

 でも、周りの子供達はそれを当たり前のように飲み込んでいった。

 今改めて考えてみれば、僕とルイ以外はみんな親がいて、親から戦争は怖い事と教えられていたのだ。親がいればそう言うことを教えてもらっていたはずだった。

 詰まる所、僕らは親の愛を知らないで育った。


 僕らはそれらの事が異質だと感じていたが、成長してこの歳になれば異質なのは僕らの方だったのだと思う。

"死ぬことの怖さ"

"戦争の恐ろしさ"

 あの日の道徳の授業は僕らを混乱させるだけで意味をなさなかった。でもただ一つ、"愛情について"の授業だけは興味深かったっけ。


「君たちは周りの人から無意識的に愛を貰っています。怪我したら心配される、凄いことをしたら褒めてもらえる、悪いことしたら怒ってもらえる」

「親の愛を貰い、友の愛を貰い、そしていつかは一生を生きていく大切なパートナーからこの上ない幸せな愛を貰うでしょう」


 心のどこかで、それはルイなんだと感じていた。

 その授業があった日、夕日の沈む丘でルイと愛とは何かなんて語り合った。答えなんてなかったけど、アレだコレだと討論するのは楽しかったのを鮮明に覚えてる。


「なぁソラ」

「どうしたの? ルイ」

「俺、一生のパートナーはソラだと思う」

「どうして?」

「同じ感情を持って、似たような考えをもって、ずっと一緒いても辛くないって思えるから」

「そっか」

「ソラは? ソラはそう思わない?」

「ううん、思うよ。僕も一生のパートナーはルイの方がいい」


 その時のルイの笑顔は夕日に照らされてとても綺麗だった。



☆ ☆ ☆




「おーい空。空ってば、聞いてんのか」

「え?」


 ふと現実に戻され隣を見る。

 隣には陸軍学校の制服を着たままのルイが呆れ顔でこちらをみていた。


「お前さぁ、俺の話し聞いてなかっただろ」

「あー…ごめんごめん」


 ルイはため息ひとつ吐いて「まぁしょうがないか」と困り気味に笑った。

 それから僕の隣に腰を下ろし、沈み始めた夕日を改めて見つめた。


「もう、卒業か」

「陸軍士官学校は満十八歳までだもんね」

「俺ら、十八年もここに居たのか」


 家のような物だった。どこに何があるのか手を取るようにわかる場所ばかりだ。

 でも、十八歳になったら卒業。ここを出て暮らさなければならない。


「ここを出て、お前と二人で暮らすつもりだったんだけどな」

「わざわざ家まで買ったのにね」

「まっ半分はここの連中が出してくれたんだけどな」

「でも半分はルイのお金でしょ」


 バイトしてたなんて知らなかったとぶぅ垂れれば内緒にしてたからなと笑われた。


「それに、俺の金じゃない」

「え?」

「"俺らの"金だ」


 得意気に笑うルイ。なんとなく気恥ずかしくてデコピンした。

 大袈裟にルイは痛がってみせたから思わず笑った。それに釣られてルイも笑う。


「勿体、無かったね」

「………そうだな」


 一通り笑ったあとポツリといえば、ルイも少し残念そうに返した。

 戦争は終わった。終わったはずだった。でも、国内はそうじゃなかった。

 今まで戦争によって無償で得られて居た食べ物が、お金が無ければ食べられなくなったから。

 急にお金を払えと言われても無理な事。

 国民の不平不満が積もりに積もって五年。先日、反乱が起きた。

 反乱が起きれば軍が動くのは当たり前のこと。そして、陸軍士官学校に通っていた人間が軍に入るのも当たり前のこと。


「あーあ。争いが無いところで自給自足してくつもりだったのになぁ」


 彼は丘に寝っ転がり暗くなり始めた上を見上げた。

 仕方ない事だよ。

 でも、なんか悔しい。空は悔しくねぇの?

 ……悔しい。

 だろ?


「最後の一日が終わるね」


 夕日が少しずつ、でも確実に地平線に埋れていった。


「おい空。靴を脱げ、靴下もだ」

「は?何、いきなりどうしたの?」

「いいから。ついてこい!」


 もうとっくに脱ぎ終えたルイはズボンの裾を捲り走っていった。

 おい待てって! と叫び、慌てて靴と靴下を脱ぎ捨て走った。


「おい、その先は湖だぞ!」

「いいから来いって」

「あっ…おい引っ張るなよ!」


 水に濡れてもいいから靴も靴下も脱いで来たんだろ。と前を走るルイは言う。ちらりと見えた横顔はキラキラしていた。

 こんな時のルイは何を言っても聞かないのはわかってる。僕は手を引かれたまま走った。

 アセビの生い茂る草むらをかき分けて、腕を引かれるままに湖へ入った。


「はぁ冷ぇー!」

「うん。気持ちいいかも」


 湖にそのまま入り踝あたりまであるところでそのまま冷たさに浸っていた。

 夕日の残った光が木々の上から微かに見える。オレンジ色の光が徐々に闇に飲まれていった。


「生きて、帰れるかな」


 なんだかとても不安で、思わずそんな弱音が漏れた。隣でルイの息飲む音が聞こえた気がした。


「生きて帰る。そう教わっただろ」

「そんなの分からないじゃないか。教わった事が全てじゃない。それが正しい事じゃないかもしれないって、ルイも言ってただろ」

「それは何も知らなかった昔の俺だ」


 冷静に、ルイは昔と今の自分は違うと暗に言っていた。

 その言葉が、なんだか僕とルイの間にある物を否定している気がした。それがなんだか悲しくて。どうしようもなく辛かった。


「戦争が正しいと教わって、ダメなことって教わった」

「でもそれは」

「どちらが正しいのか分からないって、俺らの正しいと周りの正しいは違うってルイ、言ってただろ」

「おい。今はそんなこと議論するつもりは……」

「僕が生きて戻る事がっ、正しくないかもしれないじゃないかっ……!」


 乾いた音が響いた。


 左頬がジンワリと痛んで、そこで叩かれた事に気づいた。呆然とするしかなくて、どうすればいいのか分からない僕をルイは抱きしめた。


「……言うな」


 震える肩に気づいて、始めて僕はとんでも無い事を言ったのだとおもった。

 何も言えなくて、ただ、彼の背中に腕を回した。肩に顔を埋めるとさっき通ってきたアセビの香りが微かにした。夕日はとっくに沈んで、月明かりだけが照っている。


「空」

「……なに?」

「頼むから、俺らで作り上げた気持ちだけは……頼むから壊さないでくれ」


 いつも前を歩いて僕を引っ張ってくれる背中は、手を回してみたら思った以上に小さくて、頼りなく消えてしまいそうだった。

 守ってくれていた背中はとても大きかったのに、今は両手に包めるほどの大きさしかない。


 ルイは、独りになるのが怖いんだ。もし僕が死んでしまった後、独りになるのが怖くて恐ろしいんだ。

 僕だって独りになるのが怖い。たった一人の家族を失うのが、独りになるのが、なによりルイが死んでしまう事が。

 でもそう思えば思うほど、恐ろしく感じるほど、どうしようもない感情が競り上がってきた。


「……空?」

「……」

「泣いてるのか」


 泣くなよと背中をぽんぽんと叩かれた。小さい頃、怪我した時によくルイにして貰ったのを思い出した。

 右肩がジンワリと暖かくなった。


「ルイも、泣いてんじゃん」

「釣られたんだよ。ばかやろ」


 立っているのが辛くて、どちらからともなくその場に座り込んだ。

 湖の水は冷たかった。


「大丈夫だよ、ルイ」


 ルイから体を離し、きちんと目を見た。

 辛そうな翡翠の瞳好き。とても小さな大きい背中が好き。

 僕を照らしてくれる、ルイがとても大好き。


「僕は、君の前から消えない」


 だから君の哀しい顔を見たくない。ルイの笑顔を見ていたい。君の笑顔の為なら、なんだってしよう。僕に生きてて欲しいと願うなら、共に生きよう。

 だから、もう泣かないで。


「笑ってよ。ルイ」


 抱えてる辛さを僕に分けて。

 哀しい今日も、不安な明日も救えなくたって軽くはしてあげれる。


「辛い顔はみたくないよ」


 ルイの肩に頭を乗せた。少しでも肩の重荷が降りるように、辛さを軽くできるように。

 めいいっぱいの願いと優しさを込めて。


「あぁ。お前が笑ってくれるなら、笑ってやんよ」


 僕の頭に暖かい温もりが乗っかった。大きな手が撫でる。


「ずっと一緒にだかんな」


 大きくて暖かい温かい手だった。






 緩やかに歯車は狂う。

 狂った歯車は静かに落ちて行く。

 魔法のように。

 それは誰にも止められない。







 ビショビショになったまま俺たちは寮に帰った。もうとっくに帰宅時間を過ぎている。でも寮母さんはなにも言わず、ただ俺たちにおかえり、早く着替えてきなとだけ言った。


 空と同室だが、今は風呂に入っている。ひとまずタオルで拭いて服を着替えた。一通り終えて二段ベッドの下に座った時、控えめにドアがコンコンと鳴る。ドアを開けると重たい格好をした男が立っていた。


「か、カツラギ大佐!」


 あまりの者のお出ましに敬礼をする手が僅かばかりに震えた。

 まさか士官学校に大佐が居るとはとは思わなかった為だ。俺にとっては雲の上の人。


「ルイ少尉。今は非公式の場だ。別に気にしない」

「し、しかし」

「まぁ敬礼を外してくれ」


 そう言われて渋々敬礼を外す。

 大佐と言われた人は柔らかな笑顔を浮かべた直後、真剣な眼差しでこちらをみた。


「 」


 そしてその言葉はあまりにも非情でだった。


「どうして……まだ先の話では」

「今の状況を君はよく分かっているはずだ」

「だとしても、自分には荷が重すぎます」

「君の得意分野ではなかったかな?」

「……はい。でも!」

「口答えは許されない。わかっているね」

「…………はい」


 俺はあまりにも非力だ。


「それじゃあ、また明日。おやすみ、ルイ」


 パタンと無情にもドアはしまった。

 否定することも、何か言うことも、叶わなかった。

 悪夢のようだ。

 悪い夢だ。

 目が覚めれば空と平和な暮らしをしているんだ。

 そう思いたかった。


「ルイー? あがったよー」


 空の声が遠くで聞こえているような気さえした。







「どこ行ったんだか……ルイの奴」


 卒業式の日。ルイは朝から見かけなかった。彼の事だから。心配は無いだろうけど。でも、昨日帰ってからの様子は変だった。何かまた抱え込んでいるような、そんな顔をしていた。

 たった二人の卒業式。それが一人なのがなんだか不安だった。


「開会式を始めます」


 彼がいないまま、式は始まった。


「あ、あの!ルイは!」

「ルイ大佐なら、これから飛行隊とて出撃命令が出ていますよ」


 知らされてなかったのですか?教師は首を傾げる。

 目の前が真っ暗になった。

 大佐?飛行隊?出撃命令?

 何も知らない。教えられてない。 遠くに行ってしまう。ルイが手の届かないところに。

 何故だかわからないのに、もう2度と会えない気がした。


「空!どこにいくのですか!」


 居ても立っても居られなくて、その場を飛び出した。廊下で誰かとぶつかった。白銀の短い髪の人だったのはわかった。

 でも謝る暇なんてない。

 足が前へ前へと急かす。

 脳の指令に脚が着いていかない。


 飛行場に息を切らしてつくと、見覚えのある背中が見えた。でも格好は見覚えのない真新しい服に包まれていた。それは飛行機隊の服。あの人の言葉は嘘じゃなかったんだ。


「ルイ!」


 あと少しでその背中に届くはずだったのに、近くにいた兵に抑えられた。

 腕は虚しく空を切る。届かない。


「ルイ!どういうことだよ!なんで話さなかった!」


 聞こえているはずなのに、ルイは振り返らなかった。少しずつ距離が開く。


「ルイ!おいっルイ!」

「ソラ少尉。これ以上の無礼は許しませんよ」

「カツラギ大佐…」


 その人は何も感情の映さない瞳で僕をみた。

 ゾッとするほど冷たい冷えた色。氷が全身に振りかけられたような錯覚に陥った。


「貴方と彼はもはや立場が違うのですよ」

「…どう、いうことですか」

「そうですよねルイ大佐」


 そう後ろからの声に、初めてルイは振り返った。身震いするほど冷たい瞳だった。カツラギ大佐と同じ、感情を映さない瞳。それなのに、こうも胸を締め付けられるのは何故なのか。

 愛しい翡翠の瞳は"僕"を写してない。ただただ、物事を見るだけのレンズのよう。


「たいさ……」

「えぇ。彼は昨日付けで飛行機隊の特務大佐と任命され、今から出撃です」

「そんなこと、聞いていない」

「言う必要が無かったからだ。ソラ少尉」


 翡翠のレンズは僕を写した。

 声が遠い。

 ルイが遠い。


「な、んで」

「愚問だな」


 冷たい声は「お前が必要なくなったから」と氷水を自分に浴びせた。

 力が抜ける。抑え込んでいた兵に気がつけば僕は支えられていた。


「サヨナラだ、少尉。もう2度とその顔を見ない事を願おう」

「あ…」


 ルイは飛空挺に向かって行った。

 決意に満ちた足取り。もう、ルイを止められない。

 たった数秒、たった数歩。

 それでルイはもう僕から届かない場所に行ってしまう。


「いか、ないで」


 漏れた声は掠れて、情けなかった。


「行かないで。ルイ……行かないで」


 動きは止まらない。僕を見ない。


「我儘だってわかってるよ! ねぇルイ!」


 お願い、僕を見て。


「行かないで!僕を置いていかないで……!」


 ドアがの中に消える。声は届いてるのに。


「独りにしないで!ルイ!」


 手は届かない。

 ドアが閉まり、風を起こしてソレは青い世界に消えて行った。

 頬が冷たい。

 寒い。

 痛い。


 見上げた飛空挺は太陽の光を遮った。大きな光に影として映るすがたはこの先の未来を写しているようで怖かった。

 行かせたくなかった。

 でも、ルイを止めるには僕はあまりにも弱くて、非力だった。





 そのあと、どうしていたかよく覚えていない。誰かになにか言われた気がした。卒業式はやったはず。でも何を言ったか覚えてない。誰にも何も言われなかったから、滞りなく進んだと思う。


「夕暮れ…」


 昨日と同じ色を称えた夕日が沈んでいく。同じ太陽で同じ色なのに、とても寒々しくて。

 だけど、温かみに満ちた色をしていなかった。たった1日で世界はこんなにも変わるものなのか。


「ただいま」


 いつもの癖というものは治らない。夕日で普段明るい部屋も、電気が消えていて暗い。

 嗚呼、体が重い。

 酷く疲れた。

 足を引きずるように部屋に入る。


 そこでテーブルの上に何か置いてあるのに気付いた。見ればそれはルイからの手紙だった。

 一瞬読むのを躊躇した。その中に、一体どんな事が書かれているのだろうか。

 もしかしたら、今まで騙してたとか書かれているかもしれない。


 震える手を戒めつつ、中から取り出す。しかし中身をみて拍子抜けした。

 写真と花、だった。ルイと二人で撮った写真。


"最愛の空へ


幸せになれ。それが俺の幸せだ。

また会おう。


ルイ"


 今更、こいつはなにを言うのだろうか。散々、あれだけ冷たくしてきた癖に。

 どうして?

 どうして、優しくするのだろうか。

 本当に嫌いになったのなら、希望なんて持たせるな。優しくするな。


「ばか…僕の幸せは、ルイがそばにいることだよ」


 まぶたが熱い。

 頬が冷たい。

 どうしようもなく心が苦しかった。



「ルイ…」



 大切なルイ。

 この世界でたった一人の家族。

 帰ってきて。生きて、帰ってきて。

 僕も諦めないから。

 生きて帰るから。

 生きて帰って、二人で暮らそう。

 大切な、大切な。

 たった一人の僕のルイ。


 手紙に添えられたアセビの花がぽたりと机から落ちた。





ーーーーー




「はぁ…はぁ…」


 銃弾の音

 火薬の匂い

 煙の匂い

 煙る視界

 魔法の残響


 嗚呼、懐かしい。

 血が騒ぐ。

 右へ避けろと本能が囁く。

 飛び跳ねるように右へ。

 先程までいた場所に銃弾が撃ち込まれる。

 瓦礫に身を隠し、グレネードを投げ込む。

 爆発音。

 身を乗り出し銃口を向ける。

 連射音。

 人々の悲鳴が響いた。


 嗚呼、懐かしい。

 教え込まれた事は忘れていない。

 水を得た魚は泳ぎ回る。

 獲物を見つけた狼は逃がさない。

 天を駆ける鳥は誰にも捉えられない。


「平和の為に。制裁を」


 所詮僕はそういう人間だ。

 ヒトゴロシだ。






"オーダー。こちら本部。本部より伝達ありどうぞ"


「こちらスカイ。応答確認。どうぞ」


"こちら本部。第7区制圧完了。帰還命令が出ました。こちらへ帰還してください、どうぞ"


「こちらスカイ。伝達確認。帰投します」


 レシーバーを切り、辺りを警戒しつつ帰還予定場所に戻った。

 遠くで銃声音が聞こえる。恐らく交戦中なのだろう。

 残弾も底をつきかけている。一度戻るべきか。


 警戒を強めているとき、兵士の死体を見つけた。やけに数が多い。

 不審に思い近づけばそれらは航空隊の死体だと気づいた。


「…まさか」


 近くに落ちたか何かしたのだろう。

 この中にルイは居ないと思っているのに、視線が探す。大丈夫。ここにはいない。

 どこかホッとするが、不安で仕方が無い。そして大概僕の悪い予感は的中してしまう。


「あ…」


 日の当たる場所。

 十字架のように鉄筋が見えてる場所に、彼はいた。

 四肢を投げ出し寄りかかるように座る彼を、僕は見間違えるはずなんてなかった。

 ずっとそばに居たから、間違えるはずなんて。なのに、この時だけは間違って居て欲しかった。


「ルイ…」


 脚が震える。届かなかった筈の手が触れる。

 冷たい。足に跨り、覗き込むように顔を見る。


「ルイ」


 神様がいるなら、なんて残酷なのだろうか。

 いや、残酷なことをするなら神様じゃない。神様なんていない。

 どうして。なんで、ルイは死んでいるの?


 煤に塗れた頬の汚れを、落とそうと親指でなぞる。

 汚れた髪の埃を落とす。

 動かなくなった冷たい身体を抱き締めた。まだ香る血と硝煙の匂い。


「っく……」


 どうして。

 どうして。

 どうして?

 前を歩くルイは、僕の手を引いてくれたのに。

 なんで、置いていくの?


「ぅう……」


 ずっと一緒だって言った癖に。

 嘘つき。


「うああ…」


 帰って来て、一緒に暮らす約束したじゃないか。生きて帰ってこいって言ったのはルイじゃないか。

 ルイが死んじゃったら、僕は…


「ああああああぁぁぁっ!」


 ぼくは……わたしは、どうやって生きればいいの?

















「おい、こいつ生きてんぞ」

「軍のやつだ」

「は?軍は帰ったんだろ」


 ウルサイナ


「置いてかれたんだろ?」

「ハッザマァねぇな」


 ダマレ


「こいつらのせいで、俺の家族は…!」


 ダマレ


「お、おい。もうこいつは戦意は無いぞ…!」

「知るか!ころしてやる!」


 背後で銃を構える音がした。

 その時、ルイの胸元から何かが落ちた。写真だ。私にくれたのと同じ写真。

 裏を見ると、言葉が書かれていた走り書きの汚い文字。ルイの最後の言葉。


"生きてるのが、辛い。

ねがわくば、さいあいの人にしあわ"


「写真の裏にお願い事なんて、古いっての…ルイ」


 私は煤で付け足した。

 付け足してる途中、背後から撃たれた。心臓に近い場所だった。


「や、やった!」

「……お前ッ」


 後ろが騒がしい。静かにして。もう何処かにいって。

 まだ動く身体で必死にルイによじ登った。最後くらいは、一番近いところに。何も隔たりなんて作らせないように、弱く強く抱き締めた。


「るい。一人で、せおわせてごめんね」


 口から血が零れる。紅く濡れる下ろしたてだったはずの白いシャツ。後でルイに怒られそうと頭の片隅で思った。近くの声が消えた。


「ひとりに、させないよ。わたしが、そばにいるから」


 大切な、世界で立った一人の家族の幸福を願って。優しさを込めて。

 肩に頭を乗せた。

 あの日のように、頭に手が乗っかった気がした。視界が霞む。遠くの銃声も聞こえなくなった。でも、ルイの感覚だけは最後まで消えなかった。

 頭に乗っている気がする手が、なんだか暖かく感じてこれが愛なのかなと思った。

 これが愛なら、悪くない。

 愛しい人のそばでの終わりは悪く無い。

 幸せな、さいご、です。












"生きているのが、'幸'い。

ねがわくば、さいあいの人にしあわ'せを'"





花言葉:2人で旅しよう・犠牲

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