乳袋を科学する
乳袋――チチブクロ――とは。
主にキャルゲー、エロゲー、男性向けマンガ等々に見られる、女の子の胸部を強調するための手法。まるで左右の乳を別々に収納する袋がついているかのように描かれた衣服。その乳部分。
なお、左右が個別にぶるんぶるんする様子が表現されることもあるが、下手すると、「なにこの子、パッドがずれてますわよ!」状態にしか見えない危険性をはらんでいる。
はじめに言っておきたいのは、この文章は「乳袋なんてあり得ない」と糾弾する目的で書かれたものではないということである。
なぜなら、巨乳の女の子をスタイルよく描くための方法として、乳袋はわりと「有り」だと筆者は考えているからだ。
例えば、バスト100センチウェスト64センチの女の子が、ウェストインせずにブラウスを着るとする。
服は着用する部分のいちばん太い部分に合わせないと着られない。この場合バストに合わせることになる。
単純に考えてウェスト部分が30センチ以上余る。すそをしまわないのだから、胸から下の布が浮いた状態である。はっきり言ってダサい。あと、太って見える。
2次元の世界でそんな太って見えるヒロインを見たいだろうか。筆者は謹んで遠慮申し上げたい。
では、「細いけど巨乳なんだよ」ということをどうやって表現するのか。
乳袋である。
胴部分はからだにきっちり沿わせてナイスバディを見せつつ、創作ならではの誇張で胸部分も強調する。
ダイレクトに乳の形になっているので、ギャルゲー、エロゲーなどの男子諸君の事情に直結しやすいジャンルにも配慮されている。
だから乳袋は「有り」なのである。
とはいえこれは理解できるという意味の「有り」ということで、筆者自身の趣味嗜好に基づく「有り」ではない。
そこのところをぜひ間違えないでいただきたい。
筆者は、袋を作っていない乳がコルセットやビスチェなどで強調されるくらいが好みである。あと、あんまりでかすぎるのも苦手である。
乳袋についてある程度理解できたところで、今度は、「2次元上の表現である乳袋」付きの服を3次元で作ろうとするとどうなるかを考えてみたい。
乳袋付きの服。布の種類を問わないならばそれなりに実現可能である。
伸縮性のあるニット地を、布を作る段階で最初から乳の形を編み上げてしまえばよい。
実際、そのような設計思想で作られた補正下着は存在する。お腹部分は締めつけを強く、バスト部分は締めつけをゆるく立体的に。
まあそんな服はまず商品化されないとは思うけど、これで水着や体操服など伸縮性のある服については解決として、問題はそうでない服についてだ。
みんな大好きメイド服や学校の制服は、基本的に伸縮性のない布(縦糸と横糸で織られた布)で作られるので、布の制作段階で乳袋を形づくる方法は使えない。
折り紙を折るようにして平面の布をどうにか立体に仕上げるほかないのだが、これがひどく大変な上に不恰好なこと確実なのである。
ケース1 ~まずバストに合わせて服を作った場合~
先ほど登場したバスト100センチの彼女のブラウスを、乳袋仕様に改造してみることとする。
細いことは省くが、100センチというバストに合わせて肩幅も広めに作られているので、それを調整するためまず肩からバストトップに向かって斜めに折り畳む。これをダーツという。
それから、肩幅だけでは処理しきれなかった余りが、袖ぐりや下手したら襟ぐりにも足されているだろうから、やっぱりダーツを入れる(お裁縫に明るくない方は話半分に読み飛ばしたらいいと思うよ)。
胸の谷間を作るために、真ん中のボタンがついている部分からもダーツを入れなければならない。
もちろん、バストトップからアンダーバストにかけての傾斜、そしてウェストまでをからだに沿わせるために深くダーツを入れる必要がある。
こうして出来上がったブラウスは、きっとひきつれているだろうしダーツの縫いあとだらけで美しくない。
ケース2 ~まずウェストに合わせて服を作った場合~
はじめに、彼女の胸を無視して作った服の胸部分に、ふたつ丸く穴をあける。
帽子を作る要領で乳の形を作る。
縫い合わせる。
この方法のほうが面倒も少ないし仕上がりもきれいにできるだろう。
しかしそれでも乳部分の縫い目や継ぎはぎ感は確実に残ってしまう。やはり美しくない。
あのゲームやあのマンガのヒロインのように、継ぎ目なくなめらかな乳袋は再現不可能なのだ。
さっぱりイメージのわかないというそこのあなたは、試しに折り紙で半球を折ってみるとよい。折り目だらけになるはずである。
まあそれはそれとして、せっかく作った乳袋なのだからと着用してみるとどうなるだろうか。
ここで注意してほしいのが、「乳袋服はボディラインがきっちりでるほどからだにフィットしている」ということである。
タイトなシルエットの服はからだの動きに対応するためのゆとりが少なく、窮屈だったり動きにくく感じたりすることがある。
乳袋服もまず間違いなくそうなる。
こう筆者が断言できるのは、胸が大きい人向けのシャツやブラウスが実際に商品化されていて、それを着て感じたのが「動きにくい」だったからなのだ。
大きい胸で前ボタンの服を着ると、小さめの服の場合ボタンとボタンの間がパカッと割れる。かといってゆとりのあるサイズの場合、上に述べたとおりウェストが余る。
なので、グラマーさん対応サイズの出番である。隠しボタンを追加し、胸にゆとりをもたせつつしっかりダーツをとることですっきり着られる。バストに合わせてサイズ展開されている。便利!
筆者は巨乳には程遠い、けどボタンがパカッとする程度の乳持ちなので、サイズ展開の端っこにかろうじて引っかかった。
これはいい、試してみようと購入、さっそく着てみる。
胸がきれいにおさまる。素晴らしい。かといってウェストがだぼつかない。マーベラス!筆者は思わず万歳三唱をした。
ばんざーい、ばんざーい、ばんざ――おや?
肩の動きにつられて胸部分がすぽっと上にずり上がり、腕をおろしても胸の上に引っかかったまま戻ってこない。裾をよいしょっとひっぱると胸がおさまる。腕を上げる。すぽっと抜ける。
胴部分が細すぎて胸を自然に通ることができないのだ。
筆者は、そっとブラウスを返品した。
きっちり乳の形をしていなくてもこうなのだ。
苦心して作り上げた乳袋服にその巨乳を袋におさめて、軽く伸びをするなり腕を動かすなりする。
胸の上、だいたい鎖骨のすぐ下あたりにびよーんと乳の形をした袋状の布が垂れ下がると思われる。
乳がきっちりおさまっていてすっぽ抜けなかったとしても下乳に食い込んで痛いのではなかろうか。
いや、そもそも伸縮性のない布であまりにもからだにフィットする服を作ったら、まず着るのも難しいし、もし着られたとしても、動けないか、無理に動こうとして服を破るかである。
つまり、一般に制服に使われるような素材で乳袋服を作るのは現実的でないと言える。
ニット地で作れなくはないけど作る人がいない。伸びない布ではつくれない。
じゃあ乳袋キャラのコスプレをするときどうしたらいいの!
考えられるのは、質感が全く変わってしまうことを覚悟してニット地でブラウスやジャケットを作る。
型紙を工夫したら、比較的乳袋っぽいものに仕上がるかもしれない。
もうひとつは、質感を重視して、伸縮性のない布を使い実用に耐えうるギリギリまでボディラインにフィットさせ、胸を強調することで妥協する。
こんなところではないかと思う。
結論、乳袋はあくまでも2次元上の表現手法であり、実際再現しようとするには少々無理がある。
3次元に生きる我々は、斜めかけかばんの食い込みで満足しておくべきなのであろう。
これはあくまでも裁縫を趣味とする素人の考察です。
服飾の専門家からみたとき、こむるとはまた別の意見が出される可能性があります。