超能力かるた
青年の名前は山田一郎。
とあるかるた漫画に影響されて競技かるたを始めてから半年、一郎は初めて大会に参加しようと地元の市民会館にやってきた。
一回戦。
「よろしくお願いします」
礼儀正しく挨拶したのは一郎。
それに対して、
「俺は三秒先の未来を見ることが出来る」
おかしなことを言い出した対戦相手。
一郎は無視することにした。
「難波津に 咲くやこの花 冬ごもり 今は春べと 咲くやこの花」
序歌が読まれた。
次に読まれる札から競技開始だ。
「むらさめの――」
バンッ。
畳が激しく叩きつけられて大きな音が鳴る。
先取したのは一郎。
大して速く取ったわけでもないのだが相手は一ミリも動いていなかった。
未来を見ることが出来るなんて嘘じゃないか。
わかってたけど。
下の句が読まれる間、一郎はそんな事を考えていた。
次の読みに備えて身構える。
「ふくからに――」
バンッ。
二枚目を取ったのも一郎。
相変わらず相手は一ミリも動いていない。
その後も一郎の連取が続く。
調子にのった一郎が対戦相手に声をかけた。
「未来なんて見えてないじゃないですか」
「……俺は未来を見た瞬間から五秒間……動けないのだ」
三秒後の未来を見てから五秒間動くことが出来ない。
デメリットしかない。
そもそも未来が見えていると証明する事すらできない。
結局相手には一枚も取られる事なく一郎の圧勝で終わった。
「予知能力使わないほうがよかったんじゃないですか?」
とは野暮なので言わなかった。
使わざるを得ない事情がもしかしたらあるのかもしれない。
とにかく初大会初試合で勝利を飾る事が出来て一郎はほっとした。
二回戦。
「よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
今度の相手はちゃんと挨拶してくれた。
おかしな言動もない。
普通の人のようだ。
しかしその実力は先程の相手とは違って(超能力の副作用で動けなかったようなので本当の実力はわからないが)一郎と伯仲しており、一進一退の攻防が続く。
そんな熱い試合も終盤戦。
わずか2枚差であと一枚取れば一郎の勝利というところまで来た。
「いにしへの――」
バンッ。
取ったのは一郎。
辛くも勝利した一郎。
一戦目とは正反対の好試合に一郎は充実感を得た。
「俺は時をさかのぼる事ができる」
また相手がおかしな事を言い出した。
「いい試合だったぜ。だが残念だったな」
時を巻き戻してまた最初からやり直すとでもいうのか。
次の瞬間、目の前から相手が消えた。
どうやらさかのぼるのは彼一人だけでまわりに影響はないらしい。
彼が飛んだ先でどうなっているのかは一郎にはわからないし興味もない。
決勝戦。
地方のかるた大会なので参加人数が少ないため三回戦目で既に決勝戦だ。
「よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
今度こそまともな相手でありますように。
そう祈りを込めながら一郎は挨拶した。
序歌が読まれて両者が構える。
「ほと――」
バンッ。
一字目が読まれるとほぼ同時に札が飛んでいく。
速すぎて全く見えなかった。
あまりに速すぎて相手の腕がまったく動いていないように見えたほどだ。
「俺はサイコキネシスの能力者だ」
またか。
もしかしてかるたをやるやつに普通のやつはいないのだろうか。
とりあえずそこはどうでもいいとして。
サイコキネシス。
つまり相手は手を一切動かす事なく念動力のみで札を払っているらしい。
「あしびき――」
バンッ。
「やまがはに――」
バンッ。
「かくとだ――」
バンッ。
相手の四連取。
一郎は手も足も出ない。
今までの残念な超能力者と違って今度の能力者はやっかいだ。
だが一郎は札を拾って戻ってくる相手を見ながら、ある事に気づいた。
相手が手を使っていないのならば、どちらが払ったのかまわりにはわからないのではないか?
そこに気づいた一郎は相手のサイコキネシスで札が飛んでいくタイミングに合わせてとにかく手を出してみる事にした。
「さびし――」
バンッ。
相手のサイコキネシスで札が飛んでいく。
少し遅れて札があったところに手を伸ばし、払ったフリをする。
相手が拾いに行くより先に拾いに行く。
「貴様!今のは私の取りだろう!」
「あなたの手、動いてませんでしたよね?」
「私はサイコキネシスで――」
「サイコキネシス?何を馬鹿な事を言ってるんですか」
その後も同じように繰り返し、あっけなく一郎の勝利で終わった。
「ありがとうございました」
「卑怯だぞ!」
負け犬が難癖をつけてくる。
「かるだでサイコキネシスなんて使う人に言われたくないですね。そもそも僕より反応速いんだから手で取ればよかったじゃないですか」
「あ……」
超能力者は超能力を得るかわりにアホになってしまうのではないか。
対戦相手の間抜け面を見ながら一郎はそんな事を考えるのであった。
大会初参加で見事優勝した一郎。
「かるたやめよ」
と帰り道でつぶやいた。
やめてしまった以上、彼が実は「超能力者相手に競技かるたで負けない」という超限定的な超能力の持ち主であったことを自覚する機会が訪れる事はないだろう。