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あるとき勇者でときどき魔王様!?  作者: 遊家
第一章 魔王勇者の金十字塔
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行間 運命の日

 澄みきった空、広大な草原に幼い子供とその母親が青いシートを広げ、楽しそうに会話している。

 

 「母上! 見てください!」


 子供は、はち切れんばかりの笑顔を浮かべながら手に握ったものを見せる。


 「まぁ、大きな蝶ですね」


 子供の手には斑模様の蝶が握られていた。蝶はゆっくりと手の中で羽を動かす。


 「へへ、母上に差し上げます」

 「ありがとう。ただ蝶にも帰る場所があるから帰えしてあげましょうね」


 子供は言われた通り、そっと蝶を野に放つ。だか、母親に喜ぶ顔が見えた事が嬉しかったのか、母親の周りをぐるぐると走り回る。


 「母上、今度は父上も一緒に来れるといいですね」

 「えぇ。いつか必ず来ましょうね」


 子供の顔には、何一つとして汚れた事がないような純情そのものが表情として浮かぶ。

 穏やかな風が辺りを吹き抜け、母親の艶やかな黒髪を揺らし、大きく舞い上がる。


 「さあ、そろそろ帰りましょうか」


 母親は少し乱れた髪を整え、子供の手をとって少し先に見える小さなログハウスを目指して歩く。



 ◇◆◇◆◇◆


 ランザーク城下にある、とある宿の一室には大剣使いの少女アスカが、二日前に倒れたまま意識を失い、未だに目をさまさない少年キリの看病をしていた。


 「お嬢さん。少しは休んだらどうだい?」


 後ろで椅子に座りながら煙草をふかす白髪の頭をした男が苦々しい顔で見ていた。


 「大丈夫です。私、昔から体は丈夫ですから」


 アスカは後ろを振り向かずに答える。

 だか、男はアスカに近寄り、そっと肩に手を添える。


 「あまり根をつめるのはよくない。彼が起きた時にお嬢さんが倒れていたら元も子もないだろう? それにその事に責任を感じるのは彼だろう?」


 「…………」


 「な、だから休みな……。大丈夫だ、昔から看病って物は休むのも仕事だって言うじゃねーか」


 「…………でも」


 「大丈夫だよ。代わりに俺が見るし、容態が急変すれば隣の女医にすぐに看てもらうさ」


 男はアスカを強引に部屋から退出させる。



  ◇◆◇◆◇◆


 その日はあいにくの雨だった。

 

 降りしきる雨は、子供の行動範囲を室内に限定してしまう為、あまり喜ばしくない。

 幼い子供は家で退屈な時間を過ごす。こんな時は子供部屋にある絵本を読んで過ごすのが、一番だと言う事を子供は知っている。

 最近のお気に入りは連れ去られたお姫様を城に出仕する騎士が助け出すお話だ。


 いつか騎士のようになりたい。


 それが、この本を読み続けた彼の夢だ。

 爛々と瞳を輝かせながら読んでいると、不意に二階の寝室から、激しく咳き込む声が、一階にある子供部屋まで聞こえてきた。


 「いけない。お薬の時間だ」


 絵本から手を離し、丸い木目調のテーブルに置いてある小さなビンを背伸びしながは取り、落とさないようにしっかりと持って、目的の寝室にむかう。


 「母上、お薬を持ってきました」


 子供は寝室のドアを静かに開け、ベッドに寝ている母親の元へむかう。


 「ありがとう。こっちに渡してもらえる」


 母親はベッドから起き上がりビンをもらって中身を飲む。

 心無しか母親の顔は蒼白で、今にも倒れそうな顔色だった。子供は心配な顔で見つめる。


 「母上、大丈夫ですか?」

 「えぇ、少し休めば良くなりますよ」


 母親はにっこりと笑う。

 無用な心配をかけないとする母の痩せ我慢だったが、子供は安心した表情を向ける。


 「また母上が良くなったら外にいきましょう」

 「そうですね……また行けるといいですね」


 母子二人は小さな約束をかわす。 


 しかし、それは二度と叶う事のない約束ーー

 


 ◇◆◇◆◇◆


 キリが寝ている部屋は真っ暗になり、今夜は満月なのか、いつもより多めの月明かりが窓から差し込む。


 「どうだ? 彼は大丈夫か?」


 手には買ってきたばかりの煙草がまとめて入ったカートンを持っている。白髪男はキリを診察していた女医にそう声をかける。


 「まだよ。急に上がった魔力が未だ、体に負荷をかけてるから予断は許されないようだわ」


 女医はキリから手を離すと、診察した結果を男に口頭で伝える。


 「…………今夜が峠か」


 男はカートンから煙草を取り出し、そう呟いた。



    ◇◆◇◆◇◆



 幸せそうに眠る子供の頭をさする母親。和やかな夜。親子の雰囲気をブチ壊すかのように、一階から玄関ドアが乱暴に開けられる音が、家の中に響き渡る。


 「…………!」


 母親は近くで小さな寝息をたてている子供を手元に引き寄せる。その手には無意識に力が入る。

 下の階から複数人の足音が聞こえる。

 強盗では無い事だけは、母親は分かっている。

 いや、むしろ強盗の方が百倍マシだと思う。


 「…………は、母上? どうしたのですか?」


 子供はその足音で目をさまし、虚ろな声で母親に問いかける。


 「大丈夫です。すぐにいなくなりますよ」

 「いなくなるって誰がですか?」


 キョトンとした様子で子供が起き上がる。

 瞬間、寝室のドアが勢いよく開けられた。


 「…………見つけたぞ」


 金髪の頭をした赤い目をしている男が、低くく、それでいて殺意を含ませた声で母子に話かけ、真っ直ぐに向かってくる。


 「帰って!! もう貴方とは縁を切ったはずよ!」


 子供は生まれて初めて、聞いた事が無いような母親の怒号に身体が震る。


 「確かにお前とは縁を切ったし、用はない。だが、その子供の方に俺は用がある」


 男は子供を掴むと、母親からあっさりと引き離す。

 あまりの恐怖に子供は呻き声一つあげることが出来ない。


 「その子を離しなさい! さもないと貴方を殺す!」

 「ふん、ただの人間に俺は殺せんさ。それにお前の体は既に限界だろう」


 金髪の男は子供を連れて家をあとにしようとする。


 「その子を離せぇぇぇ」


 母親はベッドの下から小刀を取りだし、男を刺し殺そうとする。

 しかし、男は僅かな動きでそれを避け、手刀で母親の心臓を貫く。


 「ふん。つまらんな」


 男は手を引き抜くと、手についた返り血を払って再び歩き出す。


 「は、母上…………」


 子供はかすれた声で、母親に呼びかける。


 「キ……リ……ど……うか生きて、行き続けてね……」


 母親の最後となる声を幼き少年、キリが聞く事はなかった。

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