国立図書館の魔法教室
ランザーク国立図書館。
かつて、王朝軍や国防軍が魔界に侵入した際に従軍記録員が書き記したメモなどを基にし、書籍に書き換えた物を保管、管理する機関だ。
アスカは図書館の受付をすまして戻ってくる。
「ねぇ、いつまでも仏頂面してないでこっち来て本でも見たら」
「ああ、そうすればいいんだろ」
「なによその言い方」
アスカは適当に本をみつくろい机の上に並べる。
「ねぇ、そう言えば、あなたって魔法も知らないのよね?」
「ああ、魔法は知らないな」
(魔界の魔術なら使えるだけどな……)
だが、基本的に魔術と魔法は似て非なるものであるため、魔法に関してキリは初心者でもある。要は知識はあるが、それを体現させる事は出来ないのだ。
「じゃあ、私がレクチャーしてあげる」
そんなキリを前に、魔法が当たり前の世界の住人であるアスカは『バカでもわかる魔法基礎学』なる本を机の上に広げた。
「おほん! ではアスカ先生が今から魔法の基礎を教えてあげよう」
「お前、遊んでるだろ……」
わざとらしい咳払いと、やけに胸を反らして魔法教師の真似事をするアスカの頭に向かってキリは軽い突きをくらわせる。
「あ、遊んでないわよ! てか、すぐに殴るな!」
それほど痛くしていないのだが、アスカは両手で頭をおさえながら涙目になる。
「で、魔法ってどう発動させるんだよ?」
そんな彼女に構わず、キリは話を再開させる。
「魔法ってのは人間の精神エネルギーを魔力として精製し、魔道具を介して発動されるの」
涙目になりながらも、アスカは広げられた本のページを指し示し、解説を始めた。
「魔道具ってのは十字架とか魔法の杖とかか?」
「うーん魔法の杖は既に『魔法』がある杖って解釈になるから魔道具ではないかな。でも十字架は魔道具だけどね」
いまいち魔道具の区分が釈然としないキリを置いて、アスカはさらにページをめくる。
「で、魔法にも属性と相性があって一般的には5属性がメジャーかな」
「5属性? 相性?」
「5属性は魔法に対して火、風、雷、土、水の意味合いを持たせ発動させること。相性はこれら5属性を円にして時計回りに相性の強さがでるの。火は風に強くて水に弱いみたいにね」
「へぇ、なるほどね」
ちなみに魔術にもこの相性はあるのだが、そこまで彼の周囲にいた魔族は教えてくれなかった。
そもそも魔族は魔王という絶対的な支配者がいるので対立する事がない。故に魔術の相性関係などあまり関係無いし、覚えておく必要性もないのだ。
それを知らないキリはアスカからページをめくる権利を引き取り、本を読み進める。
「ちなみに私は土属性の魔法を使えるよ」
「一人一つなのか?」
「欲張りだな~。二つも属性が使えるのは魔力が高い魔法使いの人達ぐらいだよ」
「ふーん不便だな」
「なによ偉そうに、あなただって一つなんだから文句言わないの」
アスカは唇を尖らせてそうキリに告げる。
「はっ! この俺の強さを見てから言いやがれ」
キリはポケットから、どこで拾ってきたかも分からない木の枝を取り出すと、それを十字架に見立てるように組み上げていく。そして、即席の十字架を手に詠唱を始める。
すると、あちこちの蛇口から水が激しく吹き出し、さらには外のマンホールの蓋が水圧によって吹き上がる。
「ちょ、ちょっとーー! なにやってるのよ!」
「な、すごいだろ」
「すごいけどもうやめてーー!!」
アスカは急いでキリの暴走を止めるべく鉄拳を喰らわせる。
「ぐはぁ!」
「まったくバカじゃないのあなた? 係の人が守護魔法を使ってくれたから本は無事だけど」
アスカは係の人に何度も頭を下げる。幸い本が無事だった事が良かったのか、にこやかに許してもらう事ができた。
「はあ~……、どっと疲れた……」
アスカは机に突っ伏す。まるでうだったように。
「なあ、もうちょい違う本見てきていいか?」
さっきまで興味ゼロの顔をしてたくせに……
アスカはさっきと一転して興味津々になったキリに半ば呆れる。
「いいけど今度こそ静かにね」
キリは適当に奥にある本棚に向かう。
(へぇ~、魔界の事だけじゃなく普通の人間界に関する本もあるんだな)
ふと、本を選ぶ手がとまる。
背表紙には『魔界の生誕と魔族の王』と書かれた本が目に入る。
それを手に取り数ページをめくった所で手がとまる。そこには文字が書かれておらず一つの絵が載っていた。
真紫の空に小さな家が建っていて大きな男が女の人から小さい子どもを引き離し女の人を男が殺している様子が書かれていた。
まるでキリの過去にあった出来事が再現された様に記されていた……
「…………………………」
うなだれていたアスカは不意に顔を上げる。
見渡すと、図書館の窓が全て震え出し風が国立図書館内を吹き荒れていた。
「な、なによこの風!?」
アスカはびっくりして館内をぐるりと眺める。
慌てた係の人が守護魔法を使うが、無惨にも本は無数に飛び交い、ページが激しくめくり上がっている本さえある。
アスカはキリがいるであろう奥の本棚に向かう。
「ちょっとキリ! 一体なにやってるのーー」
アスカはそこで言葉を失う。まるで見たことがない顔をしてたキリがいた。
こめかみの部分を這うように黒い紋様がザワリとうごめいている。
「……キリ」
アスカは戸惑う。昨日、知り合っただけだが、剣を交えたからこそ分かる。彼はこんな表情を浮かべ、図書館を荒らす様な事をする人じゃないことぐらい。
「通報通りだ! 探せ!」
不意に背後から男の声が聞こえる。
どこから嗅ぎ付けたのか、男たちは国防軍のエンブレムをつけた連中だった。
(まずい……。今、キリを連れていかれたら……)
アスカはキリの手を握りしめ転移魔法を唱える。
館内は風が治まり二人の姿は消えた。
「はあ……はあ……」
転移先はランダムに設定してあった為に場所は選べ無いのだが、運よく人が居ない場所に転移が出来たのは不幸中の幸いだろう。
アスカはキリから風が治まった頃合いを見て転移先から泊まっていた宿に戻る。
「キリ……起きてる?」
部屋に入り、キリをベッドの上に寝かせる。心配したアスカはキリの顔を覗き込む。
顔からは大量の汗が吹き出ていた。
それは以前、見たことがある。
アスカは一度だけ、実戦形式の模擬試験で魔力を使い過ぎた人が、その場で倒れた事があった。
その人は、教官達の的確な応急処置と、搬送先の病院に勤務していた人間界随一の名医によって一命をとりとめた。
「キリーー」
アスカはどうにも出来ず、ただ立ち尽くす。
「ちょいと失礼」
突然聞こえた声にアスカが驚いて振りかえると、煙草を吸った白髪の男と医者らしい服装をした金髪の女性がいた。
男の服装は今、一番警戒心が強くなっているアスカを驚愕させるのに十分だった。
(純白の服に青の縦十字!? この人、王朝軍の!)
アスカが反射的に剣へと手をかける。
「おっと、ちょいと待ったお嬢さん。俺たちは君たちに危害も加えないし、連行もしない」
白髪の男は口に加えた煙草から上がる白煙を揺らしながらアスカを制する。
すると、女性の医者がキリの体に触れる。
「どうだ? 治りそうか?」
白髪の男は近くにあった椅子に腰を掛け、早くも二本目の煙草に火をつける。
「大丈夫です。急に魔力が増えた事による肉体的な負荷があるだけですよ」
女医はバックから治療器具を取りだしキリの治療を始める。
「彼は助かるんですか?」
アスカは白髪の男に聞く。
「お嬢さん。彼は助かるよ。だから安心するといい」
アスカは視線を治療中のキリに戻し
「キリ……」
そんな小さな声がアスカから漏れた。