赤色フードと大剣使いの少女
宿には食堂が完備されているのか、朝からいい匂いがキリの泊まっている部屋に入ってくる。
キリは備え付けられているクローゼットから昨日、着ていた服を取りだし、宿があらかじめ用意してあったパジャマを脱ぎ、着替えを済ませる。
キリは部屋を出ると、アスカが泊まる部屋の前に立ち止まる。
少し前に宿の支配人が現れて、朝食の用意が出来たことを伝えられていた為、アスカにも教えてあげる為だ。
「アスカ……キリだけど、朝ご飯出来たらしいから起きてこいよ」
「まってよ。今行くから」
ドアの向こう側でドタバタと、アスカが急いで準備する音が聞こえてくる。
これは、もう少し時間を喰うなと思い、ドア越しに声をかける。
「先に行ってるからな」
「まってよって、言ってるじゃないの~」
すると、強い風がアスカの部屋に吹き込んだのか、不意にドアが開きアスカの驚愕した目が合う。
要約すると、装甲の下に着るスパッツに手をかけ、片足を入れている途中のアスカと、それを不幸にも正面で見てしまった金髪頭の少年。
朝の宿に少女の悲鳴と少年が殴られる音が響いた。
「俺が悪いか! 俺が悪いってか!」
朝からいい感じの張り手をもらった不幸少年キリは、冤罪を晴らすべく。目下、被告である大剣使いの少女を問い詰める。
「だって、急にドアが開くから、見られると思ってなかったのよ」
「じゃあ、なんで俺が殴られるんですか?」
「それはあれよ。目をそらしてくれれば、いいのに見てくるから」
「納得いかねぇ……まったくもって納得いかねぇ」
アスカは嘆くキリ構わず、宿の従業員が持って来た朝食セットを見る。綺麗に焼けたトーストにスクランブルエッグと基本的な感じだ。
アスカはトーストにイチゴジャムを大量にぬり、それを旨そうに頬張る。
「それより、今日は広場に行って解放戦の戦列に加わるわよ」
「単独でいいよ俺は」
冤罪が立証される事が無いのを悟ったキリは、テーブルの上にあるカップに目覚ましがわりの冷たい紅茶を注ぎ、角砂糖を1つだけ入れる。
「単独なんて認めてもらえる訳ないじゃない。それに昨日の広場での騒動で、あなたの名前って意外と皆に広まってるかもよ?」
アスカはトーストをいつの間にか食べ終えていた。そして、追加注文したコーンスープに手をつける。
「それはいきなりアスカが勝負をふっかけてくるから悪いんだろ!」
「とにかく単独なんて無理だし、許可が降りないからこの話は終わりね」
アスカは支配人に宿代を支払う。もちろん昨日言った通りにキリの分も負担してくれた。
そこは正直に感謝しておく。
「ちょっと早いけど広場に行きましょ」
朝焼けが広がる町並みへと、キリはアスカと供に広場へと向かった。
◇◆◇◆◇
朝の日差しが、ランザーク城下の町並みを縫うように射し込み、町は夜の冷えきった空気から朝の暖かい空気へと変わっていく。
赤色のフードをかぶった少女は、朝早くから開いている市場に向かう。いわゆる朝市だ。
「やあ、サラちゃん。今日も買い出しかい?」
「はい、今日は団長からの頼まれごとで煙草を買いに来たんですよ」
少女はそう微笑みながら、声をかけてくれた店の前を立ち去っていく。
あいにく、今日は寄る必要がなかった。
(それにしても、昨日、出会った金髪の少年はどこに行ったのかしら?)
少女は昨日、敵地の真ん中で出会った少年を難民キャンプに送って行った後に、団長からの呼び出しがあったので別れた。
夕方は、暇が出来たのでキャンプに立ち寄ると、そんな少年は来ていないと、警備員から聞かされた。
(まったく。難民キャンプに行きなさいって言ったのにフラフラして)
彼女は頼まれた煙草を露店商人から買い付け、城に戻ろうとする。
すると、遠方から男女の言い合う声が聞こえる。
(朝から痴話喧嘩かしら?)
少女は現場に急行する。
一応、軍に所属する彼女としては治安維持も一つの任務だ。
おせっかいだとしても仲裁に入る為、少女は走る。
「あなた達! 喧嘩はやめなさーー」
そこで少女は言葉を失う。目に入ってきたのは、黒髪ショートの少女が、昨日知り会った金髪頭の少年の襟首をつかんで引っ張っている。
「誰よあなた? 私はこれからこのバカを連れて広場に向かうから邪魔しないで」
少女は、突然現れたサラに向かって怪訝な表情を浮かべて、怒気を含んだ声でいい放つ。
一方、少年はこちらに向かって『そこの見知らぬお嬢さん助けて』と涙目で訴えてくる。
「あんたは……私の事を……簡単に……忘れてくれやがってクソ野郎がぁぁぁぁ!!」
本日、二度目の理不尽極まりない張り手が、キリを襲った。
近くの喫茶店に入った一行はキリを窓際に押し込め拘束する。
「で、あんたはどうして昨日、難民キャンプにいなかった訳?」
「えーと……あの後に義勇軍に参加したら、隣に座っている彼女にですね勝負をふっかけられまして……」
キリは隣に座るアスカを指差しながら答える。
「ねぇ、キリ。この人誰?」
アスカはアスカで、突如現れた少女に不信な目を向けている。
「えっと、この人は俺を首都に連れてきてくれた人で、えっと……確か迷子だったような……」
「迷子じゃないわよ!」
少女は大きな声で否定すると、アスカに自分の名前を教える。
「私の名前はサラ。サラ=ラーゼフォン」
「ミドルネームってことは貴族関係の方ですか?」
アスカは注文した冷たいカフェオレに口をつけながら聞き返す。
「えっと……、貴族と言うか一応、王朝軍です。第一大隊後方支援部隊で副団長をしてます」
サラはにこやかに微笑む。どうやら彼女は同性に対しては優しくなるようだ。
「ところで、あなた達って義勇軍なのよね?」
「はい。今から広場に行って戦列に加わるつもりですから」
アスカは相手が上位階級だと知ると敬語で話す。
「ふふ。そんな畏まらなくていいから」
「あっ……はい! じゃなかった。えっと、これから広場に行こうかと思ってるの」
そっか。っとサラはうなずく。
「で、さっきの話なんだけど義勇軍って昨夜遅くにエリア1のグラントール市の解放に向かった筈だけど……」
アスカとキリは目を合わせ一緒に驚く。
「まじかよ……なんで俺達おいてけぼり?」
「多分、所属チームを決めずに広場を出たから連絡が回って来なかったんだわ」
アスカは机にたおれこむ。サラがなだめるように背中をなでる。
「まあ今日は情報収集にでも時間をあてたらどう?」
「情報収集って町中じゃそんなに無いだろ」
キリはサラに向かって仏頂面で反抗する。
「はぁ~~。あなたって何も知らないのね」
サラはポケットから地図をとりだす。
どうやら、ランザーク城下の見取り図のようだ。
「いい? この喫茶店から少し離れた所にランザーク国立図書館があるから、そこに行けば過去の解放戦からのデータがあるのよ」
「へぇ~~。相手の特徴とかもあるのかな?」
アスカは身をのりだしサラを見る。
「まあ過去のデータだけど」
「ううん!わたし見てみたいかも」
アスカは目を輝かせながら答える。
「キリも行くだろ? このままじゃ暇だしさ」
「いや、俺はパス」
「なんでよ? 暇でしょあんた」
「そうじゃなくてだな……」
キリは半分が魔族であり人生のほとんどを魔界で過ごしたのだ。それは自分の家を分厚い解説付きの参考書を読む感覚に近い。つまりは無駄だと言う事。
「行きなさいよ。おのぼりド田舎者のくせに……」
「なんだと!?」
サラの悪態にキリは逆上する。
「いいから行きなさいよ。私は団長に煙草を届けてから合流するから」
赤色フードの少女は喫茶店から出ていった。
「ほら、行くわよ」
アスカに引っ張られて国立図書館に向かう。