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あるとき勇者でときどき魔王様!?  作者: 遊家
最終章 魔王勇者と蝿王
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水蛇と金蛇の呪い

「なにをしている?」


 冷たい声。それでいて、明確な殺気を孕んだ声だった。

 白い髪に赤い瞳。ところどころ破れた真っ白なワンピースに身を包んだ少女は、そう言って目の前にいる女の手首を掴んだ。


『気づきました?』


 そう返ってきた言葉は、どこか無機質なような感じがする。と、白いワンピースを着た少女は思った。


「当たり前だ。あまり冥府の女王を舐めるなよ。明確な殺気なら、例え極小の殺気でも、私はすぐに気づくし、なんなら、普通の人間が見えない『人の魂』ぐらい簡単に見えるぞ」


 そう言いながらも、白のワンピースを着た少女は、掴んだ右手の力をさらに強くする。


『惚れている……ではなく、単純に支配と快楽を求めている。全くもって面倒くさいね、君は』

「おい、眼鏡。さっきまでの健気な立ち振舞いは何処へ行った? なに生意気な口きいてんだ? あ?」

『冥府の女王ヘル。意外と飲み込みというか、理解が遅いのかな? 僕は君の知るターニャとかいう女の子ではない、全くの別人だよ?』

「なに?」


 白いワンピースを着た少女ヘルは、そのままの状態で、目の前にいる黒い眼鏡をかけた少女ターニャに疑念の目を向けた。


 別人だと言われても、服は変わらず黒のメイドドレスに、その上から白いエプロンを着ただけの、それこそ最初に見た時と変わりない立ち姿だ。

 ならばどこをもってして別人だと言っている? そうヘルが再びターニャをーー厳密には、別人と名乗る誰かを見る。


『初めまして冥府の女王ヘル。僕はルベルク=ロザリオだ。間接的にとはいえ、君にはお世話になってるよ』

「なんだと?」

『おや? もしかして気付いてないのかな? なら、それもそれで面白いけどね』


 にんまりと笑いながら、掴まれていない手で、ずれた眼鏡をかけ直すルベルクはそう話す。

 ヘルとしても、目の前の人物像がさっきとズレているとは理解出来きている。ただし、それがどう言った原理、思考、行動、理由で成り立っているのは解らないが。


「とりあえず、そこから先の話は、その手で持っている『物』を離してからだ」

『いや~、離したいのは山々なんだけど、僕としては今すぐにでも、この手に持つ物を振り下ろしたいんだけどね』


 そう言ってルベルクは手で持っている『刃物』をひらひらと小刻みに揺れ動かす。

 ここでヘルが動かないのは、やはり明確な殺意が感じられるからだろう。

 見た目メイド服を着た少女だが、相手は殺しを行おうと思って来た奴だ。殺意を感じた瞬間、ヘルは即座に手首を折る。それくらい簡単にやってのけるのがヘルだ。


「で、そうまでして、そこの女を殺したいのか?」

『まあ僕としても、キリ=ロザリオの恋人をーーアスカを積極的に殺したいとは思わないよ。ただ、そう上手くいかないのが、この世界だよ』


 ニヤニヤと人の悪い笑みを浮かべ、ルベルクは手にした刃物をもう一度、左右に振る。

 敵意もない、殺意もない。だが、ヘルはターニャの手を掴んだまま、空いていた片手で思い切り顔面をぶっ叩いた。

 掴んだ右手はそのまま維持している。引っ張る力と離れていく力が一瞬にして同一に変わる。

 結果として、ルベルクが入っているターニャの肩からは不気味で鈍い音が鳴った。

 だが、ルベルクは笑みを崩さない。

 それを見たヘルは追い打ちをかけるよう握っていた手首も砕く。それでも、悲鳴もうめき声も上げず、口元に浮かび上がるのは涼やかな笑みだ。それが、ヘルの背筋を凍らせる。


(仮にも神話級の上にいる私に恐怖という感情を抱かせるとはな。コイツ、もしかして……)


 確証があるわけでもないが、ヘルはゆっくりと、それでいて、慎重に掛ける言葉を選ぶ。


「お前は、あの大陸をニヴルヘイムの入り口に落としてから、何かしたのか?」

『いいえ』

「お前は、ニヴルヘイムの入り口を大陸一つを使って閉ざしたな。一体何がしたいんだ?」

『何も』

「なら、お前は何者だ?」

『……』


 返事は無い。

 ヘルが問いかけ、ルベルクが答える。

 問答自体は淡白で、その実、会話が成立しているようでしていない。

 ただ、ヘルは背筋が凍っていくような感覚を必死に振り払うかのよう次々と問いかけていく。

 目的、意義、成り立ち、未来、過去。

 似たり寄ったりな問いかけもあるが、矢継ぎ早に聞いていく。たとえ答えが返ってこなくとも。

 震えた手や足を、神格級の自分が格下相手だという事をーー悪夢であってくれと願いを、全てを忘れる為に。


『そろそろ良いかな?』

「……なにがだ?」

『本題。とやらに入りたいのだが。それにいつまで僕は君と付き合い続ければ良いのかを聞いているのだが?』


 そう言うルベルクの瞳は冷徹で、声の温度も先程までのふざけた様子も感じられないくらい低い。

 砕かれ、まるで持ち主の意志が感じられなくなった手首をプラプラと振っている。そんな敵意の無い動作にも、それが分かっている筈にも関わらず、ヘルは悪寒が止められない。


『さて、本題といこうか』

「……」

『そう身構えなくていいよ。本題、と言っても簡単に言えば、僕の目的を話すだけだよ』


 たっぷりと時間を使い、ヘルは二、三度、深く深呼吸をする。

 

『僕が彼……キリ=ロザリオに求めているのはただひとつ。彼に《魔神》となってもらう』

「魔、神……?」

『そう魔神だ。魔王の更に上……、いや違うかな。世界中見渡しても存在しない唯一無二。そう言う存在になってもらいたいだけだ』


 魔神。という言葉の意味がヘルには理解出来ない。

 元々、彼女が住む場所は死者の国だ。魔界や人間界といった二つの世界に対しての認識すら無い。


「なってもらってどうするつもりだ?」


 分からない。分からないのだが、ヘルはそう聞き返した。これだけ、これだけは聞いておきたいと思ったのだ。


『言葉の意味通りさ。魔神ーー魔界の神という位置に彼を据える。それが僕の目的だよ。その為なら人を千単位で殺すし、大陸の一つや二つだって消滅させてやる』

「大陸? まさか、本当にこの間の大陸崩壊……、いや墜落か? それを引き起こしたのも」

『ああそれね。詳しい内容は伏せておくが、僕がやったと言って差し支えは無いよ』


 不意にルベルクの顔が間近まで迫り、ヘルは思わず後退る。

 それがいけなかった。

 刃物を持っていた手首は砕いたはずだ。なのにルベルクは、刃物の柄を握りしめ、ヘルを蹴り飛ばしアスカの喉を狙って降り下ろした。

 ゴッ!! と肉を突き抜け、刃先が骨にぶつかったような音が部屋に響く。

 壊れた蛇口から少しずつ滴る水のように、ポタポタと音を鳴らしながら真っ赤な血が落ちた。


『……』


 ベッドの白いシーツに赤いコインのような染みが一つ、また一つと増える。

 ただし、それはアスカの喉からではない。

 彼女を凶器から守るよう、まるで握手でも求めているような形で差し出された手に、刃物は刺さっていた。

 それを見て、ルベルクは不満足そうに眉を寄せた。


『おかしいな~。こんなの予定になかったのに。それに、僕と君が出会うのはまだ先に設定した筈なのになあ~。ね、キリ=ロザリオ君?』


 ルベルクはそう言って突き刺した刃物を抜き捨てると対峙するキリを見据える。


『でもってちょっとだけご都合主義じゃないかな? 基本的にヒーローって言うのは後半にしか出てこない筈なんだけどなあ』

「いや、むしろ今までの流れを見たら予想はつくだろうよ。お前も分かっているからこそ、長々と魔神について話をした訳だろ?」


 堰を切ったように傷口から溢れる血を、アスカの顔に付けないよう素早く刺された手を下ろす。

 

『正解正解、大正解! いや~、さすが渦中の人。話がすんなりと通っていて助かるよ!』

「で、本題はなんだ?」

『だから魔神だよ』

「違うだろ」


 キリはそう吐き捨てるように言い切った。

 

「『魔神』になるには俺の体を元に『魔王の力』を昇華させなくちゃいけない」

『そうだね。まあ君は知らないだろうけど、昇華させただけじゃあ魔神にはなれない』

「ああ、その方法は知らない。勝手に昇華して勝手に魔神になれたのなら俺はとっくになっているよ。問題なのはここからだ」


 キリはそう言って、パックリと突き開かれた傷口から湧き水のようにいつまでも溢れている鮮血で赤く汚れた手を握ってルベルクの前に突き付けると、


「お前は何であの時に現れなかったんだ?」


 手から滴る血が、床に溜まった血潮に落ちる音が数回続き、少しの沈黙が訪れる。


「ルシフェル。あのクソ忌々しい野郎の目的も『自分が魔神になる』だった。なら、お前の目的と相反するものだ。普通、千単位で人を殺し、大陸一つ落とすこと位、朝飯前なお前が何で止めなかった?」


 キリが言うには、何故止めるべきタイミングでルベルクが出てこなかったのか。そして、何故今なのかと言う事だ。

 せっかく舞台を整え、計算しつくし、完璧なまでのタイムスケジュールを破綻させられそうになったのにルベルクは出てこなった。


「言っておくが、今のこの現状が計算した先のゴールだなんて言うなよ。それは結果論だ。お前が犯した不自然な矛盾を解消できるカードにはならないぞ」


 キツく睨み付け、精神的な意味での逃げ場を潰していく。

 キリにとってルベルクは敵だ。魔王の先に存在する魔神を知り、利用しようとしているのだから当然ではあるのだが、その敵意は凄みすらある。


『……手を加えない』

「?」

『あえて手を加えなかったんだ。あのまま魔神の力が無くなったとしても僕の計画に支障はない。それにだ。君のその推測は間違っているよ』

「答えになってねぇよ」

『そうかな? でも本当に支障はなかったよ。だって発動させる鍵が無いからね』


 何度も繰り返し訪れる沈黙。息がつまるようなものではないが、それは対峙している彼らだけだろう。少なくとも、彼ら以外の他人が見ていたら卒倒ものではある。


「……まあいい。だけど、今の、今お前がしようとしていた事は決して許さない!」


 そうキリが言った瞬間、この薄汚れた地下室が揺れ動き、照明用に使っていたランプが三つ、四つ連続して割れ、ガラスが砕け散る音が響く。

 

 ーーそれが短い開戦の合図だった。


 動いたのはキリだ。ベッドを悠々と飛び越え、赤く染まった右手で拳を放つ。

 ルベルクは予備動作を省略して、まるで瞬間移動でも使っているように、その場から数メートル離れた部屋の入り口に。だが、そこには先回りしたヘルが刀を構えて待ち伏せていた。


「死ね!」


 雑じり気のない殺意を込めた一言と共に放たれる全力の一振り。水平に凪ぎ払った刀は、ルベルクの脇腹を捉え、真一文字に左から右へと刀先が流れる。

 ズバッッッッ!!!! と音が遅れて届き、デカいキャンバスに赤い絵の具をぶちまけたように、壁紙に向かって鮮血が飛び散った。

 腰をぶった切られたルベルクに、追い討ちをかけるようにキリは空振りした右手に魔力を込める。


「【火竜カグツチ】!」


 ゴウッ。と右手から剣の形を模した炎が燃え盛る。

 腕を振り払うよう炎剣を思い切りルベルクの正面に叩きつけた。だが、


『いでよ、我を護りし大蛇【水蛇ケートス】!』


 その声と同時に、ルベルクの口から巨大な蛇が現れる。

 ナマズのような顔を全て覆う白髭に、半分でている蛇らしく長い体には濃い青色をした鱗がびっしりと敷き詰めたようにある。


「なっ!?」

「呆けるな!!」


 向かってくる炎剣を【水蛇ケートス】が丸飲みした瞬間、ヘルが急いで立ちすくむキリを真横に蹴り飛ばすと、目一杯、空気を吸い込む。


「【地獄ヘル咆哮サウンド】!!」


 迫る水蛇を、まるで空気の大砲をもって対抗する冥府の女王。

 視界一杯に広がる水飛沫と纏まりを失った空気の塊が嵐のように地下室を席巻する。

 やっと景色が見えるようになると、そこにルベルクはいない。


「っ! どこに……!?」

『こっちだよ』


 柔らかな声音に引っ張られるように振り向くと、ベッドの上に寝転ぶアスカの隣にはルベルクが立っている。


『うん、そろそろ時間切れだね。では、本来の目的を果たさせてもらうよ』


 するとルベルクのかざした手からは、金色をした蛇が無数に這い出てきた。

 なにをする気だ。と、数秒間、まるで金縛りにあったようにキリは動きが止まる。


 ーーそれが致命的だった。


『楽しかったよ。これは僕からの礼であり、招待券だよ。きっと君は来てくれると思う。では、また会おう』


 全てがスローになったように。僅かな距離だと言うのに、どこまでも続く水平線のような感覚。

 足掻くように差し向けた手が、助け出そうと差し向けた右手が、


『この呪いは僕しか解けない。【金蛇の呪いファーブニル】!!』


 届かない。 

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