ランザーク城下の騒乱
季節外れの手形の紅葉を顔につけたキリは、納得のいかない顔で、目の前にいる赤色のフードコートを着た少女に向かって問いかける。
「で、なんで俺は殴られたわけ?」
少女はまだ怒りが収まっていないのだろうか、両手をクロスさせながら肩を持ってキリを睨み付ける。
「あなたが急にフードの中に手を入れて私の頭をさわるからじゃない!」
「それは顔がすごく赤くて、病気か何かだと思ったんだよ」
「それは突然、手なんか握るから……」
少女はボソボソと、か細い声で話す。
「あ? なんにゴニョゴニョ言ってるんだよ?」
「な、なんでもないわよ!」
少女は恥ずかしさに堪えきれないのか、その場から離れようとする。
「ちょっと待った! 俺を町に連れて行ってくれるんじゃないのかよ」
「もう! 知らないわよ!! 勝手に一人で行けばいいじゃない」
「無茶言ってないで頼むよ」
キリは少女に懇願する。このチャンスを逃せば町には行けないだろう。
少女は振り返り、ため息混じりにキリを見つめ、スッと手を差し出す。
「わかったわよ。民間人は優先して離脱させなきゃ駄目だし」
「わりぃな、恩にきるよ」
「その代わりに変な事しないでよ」
「しねーよ! 大体、俺は自分から一回も手なんか出してないし」
どーだか? みたいな顔でこちらを見ながら転移アイテムを取りだし、
「目標ランザーク城下!」
少女が行き先を告げると二人を青い光が包み、姿を消した。
◇◆◇◆
人間界ランザーク城
人間界最大の防御力を誇ると同時に、人間界の首都でもある。
テレポートしたキリ達は、そんなランザーク城下のとある広場に降り立った。
(へぇ、ここが人間界か……)
石造りの町並みが多く、ランザーク城をぐるりと囲むように立ち並んでいる。
おのぼりさんみたいなキリの様子を見た少女は、クスクスと笑いながらキリに話しかける。
「あなたって、首都に来るの始めてなの?」
「まあ、首都に来たっていうか、人間界自体が初めてというか……」
「はあ? 人間界自体ってどう言う事よ」
「いや、それはあの……」
怪訝な顔をする少女に、キリは弁解の言葉を探す。
「あ、あれだ、魔界に近い地域に住んでたからあんまりこっちに来たことなくて……」
「ふ~ん……まあ、いいけど」
石畳の大通りを二人は並んで徘徊していく。
通りの脇には青果や生鮮食品を扱っている露店が数多く出店している。
さすが首都というだけあって行き交う人は多く、雑多としていた。
そんな時、不意に少女のフードコートの中から甲高い音が鳴り響く。
「いっけない! 団長からの呼び出しだわ」
少女はワッと大きな口を開ける。
口を手で覆いながら、音源である小さな無線機らしき物を取り出す。
「あの、その無線機みたいな物を使えば、あんな所で迷子にならなかったんじゃ……」
「あ、あの時は回線妨害が掛かっていたのよ」
少女はかかってきたのにも関わらず、ワンコール目で無線機の音を強引に切りながら、そう答える。
「じゃあ、私はここで失礼するわね。難民キャンプは大通りを西に真っ直ぐ行けばいいから」
少女はそう言って難民キャンプがある方角を指差しながら説明をする。
「わかったよ。いろいろサンキューな」
「じゃあ今度、ケーキおごってね」
「難民からケーキたかるなよ。ま、別にいいけど」
まあ、ここまで連れてきてもらったのだケーキの一つくらいどうって事はない。そう思っておくことにした。
「じゃあよろしく~」
少女はそう言って人混みの中へ消えていった。
さて、せっかく人間界ーー。しかも、その世界の首都に来たのだ。少女は難民キャンプの場所を教えてくれたが、キリは少しだけ町を散策してみることにした。
(人間界の首都って、敷地だけは魔界の城より規模がでかいんだな)
あちこち見てまわっていると、大通りよりもさらに沢山の人が集まる広場に踊り出た。
(なんだ? 何か始まるのか?)
仮にもキリにとっては敵地なのだが、不意に沸き上がった好奇心が冷静さを失わせる。
広場には屈強な体つきをした男やマジックハットをかぶった魔法使いみたいな奴らがちらほらと見受けられた。
広場は彼らが話す声で埋め尽くされている。
すると、それらを上回るよう大きな鐘の音が広場に響き渡った。
それを合図に、ざわついていた広場の連中の視線が、いつの間にか壇上に上がっていた男に向けられる。
「集まった諸君。初めまして、ランザーク王立国の国防軍中佐のランディールだ。以後よろしく頼む」
ランディールと名乗った男は、律儀に持っていたマイクから手を放し、広場に集まった連中に向かって敬礼をする。
「ここに集まって頂いた諸君は知っていると思うが、我が国防軍並びに王朝軍は先月、魔界に支配されたエリア解放戦に合同で挑んだ。結果は、我が軍の敗北。そして、壊滅的な被害を受けた」
キリはその話を知っている。
人間界の大部隊が攻め入って来たこと。それを魔王である父親が直接に出向いて壊滅させたことを。
「そこで諸君には義勇軍として、我々と共に戦いに挑んでもらいたい」
広場は歓喜の声や雄叫び、といった声が響き渡る。筋肉質な戦士もいれば、キリと同い年の子も武器を手に取り高らかに持ち上げる。
そこで、キリの脳内に一つの可能性がよぎる。
(これを利用すれば親父を討ち取れる)
そんな、ありもしない可能性に思いを馳せ、キリは広場に集まった彼らに混ざり、剣を振りかざして彼らと共に雄叫びをあげる。
「では、これより部隊の編成を行った後に、エリア1に出発する。諸君らの健闘を祈る」
そう言い残してランディール達、国防軍の兵士達は広場を後にする。
広場に残された彼らは、各々に部隊を組んで行く。彼らは元々、知り合いだったのか、身内同士でチームを組んでいく。
あぶれたキリは、広場の端にあるベンチに腰をかけて成り行きを見守っていた。
「ちょっとあなたここで何してるの?」
そんな時、不意にかけられた声に顔をあげると、目の前には一人の少女が仁王立ちしている。
蒼白の装甲に身を包み、黒いショートヘアを独特の模様が刻まれたバンダナでくくっている少女。
「ここで何してるのって、聞いてるんだけど。聞こえてる?」
「聞こえてますよ。何ですかあなたは」
あんまり絡みたくない相手には敬語が一番だ。
若干、偏見まじりの撃退方法。
「なにって、部隊編成から離れてこんな所で油を売ってる奴が見えたから声をかけたんじゃない」
少女はこちらを覗き込む。淡いブルーの瞳がキリを睨み付けてくる。
「みんな身内同士でチーム組んでるから俺は一人で参加するよ」
「はあ? そんな事じゃ、あなた真っ先に死んじゃうわよ」
「はっ、少なくともあんたよりは戦力になるよ」
まともに取り合わず、キリは少女から目を逸らす。
「なっ……!」
最後の言葉や態度が気に食わなかったのか、少女は背中に装備していた剣を抜くと、鋭い剣先をこちらに向けて叫ぶ。
「そこまで言うなら私と勝負しなさい!」