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あるとき勇者でときどき魔王様!?  作者: 遊家
第二章 氷結界と誇り高き白狼
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VS レオナルド②

 宙を舞ったキリが目にしたのは、まるで別人のように姿を変えたレオナルドだった。


 身長はキリより少し高いぐらいだったのに、二倍以上に伸び、執事服を破り捨てた身体は、背中が白い毛並みで覆われ、胸や腹などが屈強な筋肉の鎧として現れる。


 「まさか……、お前、獣人族か!?」


 「違うな。俺をあんな下等種族と一緒にするな」


 声質さえも変わり、低く重い声で返答する白狼レオナルド。


 ギラリとこちらを睨む黄色い瞳に寒気を覚える。しかし、今は迫り来る地面というか、暗闇の床に対処しなければ。と、キリは傷ついた体に鞭を打ち、着地体勢を取ろうとする。


 「俺は【神獣族】。神を守りし、誇り高き白狼だ」


 床まであと数センチの所でキリは再び吹き飛ばされた。


 「がっーー、はっ!?」


 背中で暗闇の地面を削りながら滑り、焼け付くような痛みに堪えながら赤剣を握り締める。


 「また、神の正式種族名は【主神】。対になる種族【魔王】から、その身を助けるのは【神獣族】たる俺の使命!」


 そう叫びながら来るレオナルドの飛び膝蹴りを転がりながら回避し、急いで寝そべった体を起こす。


 「故に、魔王である貴様は神獣族である俺に絶対に勝てない」


 辛くも手にした間合いを一瞬にして消化され、鋭利な五本の爪でがら空きの胴を縦に振り抜かれる。


 「ぐああぁぁぁぁああああ!!」


 鮮血が飛沫となって飛び散り、ガクンと両膝を地面に着く。

 ここまでの多量な出血によって意識が朦朧もうろくし、視界が白くぼやけたものに変わる。


 「それは先祖代々、繰り返されてきた縮図である事を理解して眠れ、今代の魔王」


 と、いい放つレオナルドの左手には巨大化した身体に比例するように刀身が太くなったレイピア。

 最早、レイピアではなく、大剣と呼ぶに相応しい堂々とした元細剣の剣先をキリに向けて放つ。


 狙うは心臓がある左胸。

 フェードが会うと約束した相手だが、殺しの許可が出た今では躊躇う理由が無い。


 冷酷、残忍、厳酷、残酷、苛酷、過酷。

 哀れみなど不要なのだ。

 非情に徹してやる事が剣を交え、互いに命を賭けた闘いを演じた共演者への礼節だとレオナルドは思っている。


 ただし、その美学は時として周りから非難され、差別される立場へと変えてしまう諸刃の剣。

 そして、その周囲に対する僅かな心の揺らぎを前魔王や強大な敵と死闘を演じ切り、今日まで生き抜いてきたキリは見逃さない。


 いや、瀕死のキリが相手を見て形勢を判断するのは無理な話だ。

 ならば、残るは戦いに戦いを重ねて培った本能のによる反撃だった。


 「神獣族がなんだよ。魔王がなんだよ。俺はそんなちんけな縛りなんかに絶対負けねぇ!」

 

 あらんかぎりの力を振り絞り、飛ばされても離す事のなかった赤剣でレオナルドを切り裂く。


 「っ! 貴様ぁ!!」


 「種族がどうかしたかよ? 俺を殺したければ獣から神になってから出直して来いよ」


 赤剣の刀身に血まみれの手を塗りつける。

 キリの血に反応し、真っ赤に光輝く赤剣。


 【ドラコン息吹ブレス


 強敵に立ち向かい、必ずキリを勝利へと導いてくれた剣戯。

 燃え盛る火炎が剣より放射され、一帯が紅蓮に包まれる龍騎兵団の秘伝技。


 目標は白狼レオナルドただ一人。

 キリは輝きを増す剣を引き、反動をつけて繰り出した。


 「竜の息吹!!」


 レオナルドが竜の息吹を避けようと、その場から移動している姿が見える。

 だが、遅い。

 放たれた火炎は呼び名の通り、竜へと形を変え、標的を焼き殺すまで消える事は無いのだから。


 

 しかし、飛び出た火は小さな塊だった。


 「はっ!?」


 あまりに小さな火の塊。

 同じく驚きに留まっているレオナルドを視界にとらえ続けているが、思考が追い付かない。


 たが、先に動いたのはレオナルドだ。

 大剣で火の塊の軌道を逸らし、三度目となる音速のスピードで迫る火塊を真っ二つに切り開き、キリとの距離を詰める。


 「今度こそ終わりだ」

 

 その言葉を聞いた直後、キリは銀色の大剣によって貫かれ、意識を失った。



 ◇◆◇◆



 レオナルドは音速のスピードで貫いたキリの体から大剣を引き抜く事をしなかった。

 意識を失ったのか、ダラリと剣にもたれ掛かるように体を折ったキリを手繰り寄せ、肩に担いだ。


 僅かに感じる呼吸と脈動。

 大剣を引き抜かったのは、これ以上の出血でキリが死なないように考慮したため。

 フェードが言ったのは『殺せ』ではなく、『勝負による優劣』なのだ。


 ならば、この勝負はキリの意識を奪ったレオナルドが勝者で、敵の肩に担がれたキリは敗者。

 これ以上ない分かりやすい結果に気持ちが高ぶることなく、レオナルドは粛々とした態度で暗闇の地面を数回、踏みつけた。


 『おや、終わったのかぇ?』


 「はっ。つい先ほど終了致しました」


 無限に広がる暗闇の空間。

 そこに響くように流れるフェードの声にレオナルドは淡々と結果を報告する。


 『やはり、神獣たるヌシには敵わぬか……』


 「いえ、陛下がこの場を用意して下さらなければ私が敗者として転がっていたでしょうね」


 『おや? レオナルド。ヌシが珍しく【相手の肩を持つ】なんてな』


 「…………」


 短い沈黙を会話の合間に挟み、レオナルドは己の主に気付かれぬように小さくため息をつく。


 我が主ながら嫌な所だ。

 顔を合わせた者の心を読み、操る術を熟知している事に何度、疎んだか分からない。


 無論、主たるフェードへの忠誠心が揺らぐ事は無いのだが、どうもわかり得ない所なのだろうと思う。


 『それとも、かつて勤めた将軍剣士としての矜持かな?』


 まただ。と、心の中で嘆息するも間違ってはいないと感じる。

 押されぎみだった状態からの逆転はフェードの手助けがあってこそだ。


 ならばキリを高みへと持ち上げる事で『強者』と『強者』による激闘だから自分は一時、劣勢だった。として、己の矜持を守ったと言ってもいい。


 「それより、早く結界を解いて下さい。彼の傷は浅くはありませんので」


 『ホッホッ、当たりか。ワシの腕もまだ使えるな』


 それを最後に暗闇が消え去り、崩れた本の山や戦いによって傷んだ床が露になる。


 「では、後はお願い致します」


 担いだキリを床に置き、レオナルドは部屋を後にしようと歩き出す。

 抱えた脇腹からは抑えきれない血が出続けてくる。


 ポトポトと指を伝って落ちる血の雫を尻目にまた一歩、また一歩と絨毯を踏みしめる。


 (最後の……)


 神獣状態の体から執事としてのレオナルドへと戻しつつ、思い出す。

 最後のキリが放った火の塊。

 あれが本来の技で無いことは分かる。分かるが何故不発に終わったのかと思う。


 何か、何かキリには引っ掛かる。

 あの技は前に見た事があるような気がするのだが、思い出す事が出来ない。


 (竜の息吹、か……)


 調べてみよう。

 あの方を助けだし。そして狼藉を働き、家名に傷を付けた馬鹿な弟を倒すのに、あまり時間は残っていないのだから……。


 キリとは違う決意を固めた男が城を闊歩する。

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