暗闇の逃走劇
辺りは月明かりが一つとして射し込まない真っ暗な森林。いや、雑木林と言うべきか?
道と言う概念が存在しないのか、整備されておらず、仕方なく既存する獣道を紺に近い青色のフードコートを羽織った少女が疾走する。
「まてや! この野郎がぁ!」
背後から追走するような格好で男が叫ぶ。
声には憤怒といった感情が込めらているのが分かるほど猛々しい。
(待てといわれて待つ奴がいますか?)
心の中で、追撃者の叫びにツッコむ。
向こうは長い時間、こちらを自身の視界から逃さないように追走しているが、僅かばかり余裕が無いように見える。
一気に引き離す事も可能だが、それでは追撃者は仲間を呼び、こちらとしては追撃者の数が増えるだけ無駄と言うものだ。
(そもそも、私の目的は逃げ切る事では無いのですからね♪ 追撃者が増えようと関係ないのですよ)
獣道に横たわっていた古木を軽やかに飛び越え、さらに速度を上げていく。
追ってくる輩は、倒れた古木によって足止めを喰らってしまったのか、ガクンとスピードが落ちた。
(これなら余裕でたどり着けちゃいますよーー!?)
その時、暗闇に紛れて道の脇にでも待ち伏せていたのか、敵の刺客によって左足を狙撃されてしまった。
「ーーーーっ!!」
その場から転がるように転倒する。
すぐに起き上がり、その澄みきった翡翠の瞳を凝らして傷口を観察すると、どうやら矢が刺さっているのが分かる。
(毒とか仕込まれてなきゃいいんですけど……)
激痛で舌を噛み切らぬように泥で汚れた袖を噛み、一気に引き抜く。
「~~~~!」
出来れば消毒などの応急手当を施したいが、追手が障害物を乗り越えて来たらしく、再び走り始める。
(どうやら狙撃者はこの先にいるようですね。この暗闇からの狙撃は大した腕前ですけど、狙撃現場から直ぐに逃げないのは落第ですね)
走る道先に狙撃者の魔力を感知すると懐刀を取りだし標的の首を切り裂く。
飛び散る鮮血は少女の長い水色の髪をより一層、艶やかに引き立てる。
鮮やかすぎるその手口に、狙撃者は声を漏らすことなく倒れた。
(このペースで行けば、あと二、三日で着く!)
胸の辺りに手を伸ばし、コートから小さな金色のロケットを取り出す。
中には一枚の写真。
少し大きめな少年と、寄り添うように立つ幼い女の子が仲良く並んでいた。
(…………ってて)
ロケットを握りしめ、心の中で呟く。
(待っててね。今、行くからね)
写真に写った少年に向かって確かに叫ぶ。
「お兄ちゃん!」
少女と追撃者による真夜中の逃走劇はまだ続く。




