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あるとき勇者でときどき魔王様!?  作者: 遊家
第一章 魔王勇者の金十字塔
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終章 

 「…………ここは?」

 

 意識を取り戻したキリは周りを見渡す。

 辺り一面が白い空間で覆われていた。

 中でもキリが驚いたのはその広さだ。壁という概念を根本から覆すようにスペースが広がり、見上げても部屋にあるべき天井が存在しているのかも怪しい。

 なぜ、この白く広大な空間が部屋だと認識できるのかは、恐らく目の前に小さな祭壇が置かれているからだろうか……。


 「……これって」


 「それは代々、ロザリオに伝わる秘伝術式の式場の一部ですよ」


 キリが祭壇へと、手を差し出そうとした時だった。

 声がした方向へと視線を向ける。


 「ーーーー!?」


 「お久しぶりですね。キリ」


 その声の持ち主は女性だった。大人びた黒髪は腰周りにまで伸びている。白く整った顔立ちで、黒い瞳が優しく微笑む。


 「ーーは、母上!?」


 あの日、キリが魔王である父親に連れ去られた時に凶刃(いや手刀か……)で倒れ、絶命した筈の母親がキリの背後にたたずんでいた。


 「えぇ、アナタも随分と大きくなりましたね。母は見違えましたよ」


 間違い無い。この人は正真正銘、自分の母親だ。ならば、この場所はーー


 「ーー死後の世界。そう考えているのでは」


 「…………」


 「うふふ。でも残念だけど不正解ハズレよ。ここは先程も言ったけど、ロザリオに長きに渡って伝わる秘伝術式の式場」


 「秘伝術式?」


 母親は祭壇に近いていく。細く白い指先を壇上の上を這わせていき、キリをチラリと見る。


 「そうね……どこから説明しようかしら? やっぱりロザリオの秘密にまつわるお話からかな」


 「ーーロザリオの秘密?」



 ◇◆◇◆


 爆心地に残った赤剣とランス。

 そこに向かってアスカは歩く。まるで酔っ払いのようにフラフラとしている。まるで、足取りがしっかりしていない。


 「…………アスカさん」


 遠くから見ていたロンは、アスカの憔悴したその姿、その表情を眺める事しか出来ない。

 勿論、彼の心には彼女を助けに行きたい! 慰めてあげたい! という気持ちは確かにある。


 (だけど……)


 出来ない。自分が声をかけた所で彼女が、彼女本来の元気な姿を取り戻すことが、無い事を知っているからだ。


 「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」


 長い沈黙だと思う。キリは死んだ。

 それを確かな証拠とする死体も無ければ、キリの魔力すら感じる事が無い。だが、その事実が『愛した人の死』をアスカに突き付け、心に深く刺さる。


 (…………どうして)


 彼が魔族、いや魔王か。その事はルシフェルと交わしていた言葉から出てきた真実。

 彼、キリ=ロザリオの化け物じみた強さの原因が垣間見えた気がした。

 だけど、今日まで限りなく一緒に過ごしてきたキリが魔王だから、魔王の力を有した化け物だから。

 なんて事情はアスカがキリを嫌う理由にはなる事は一切無い。


 (……だけど、どうしてよ)


 爆心地にたどり着き、赤剣を前にアスカは膝から崩れ落ちる。


 (どうして今まで何も言わないの!? なんでアンタが死ななきゃいけないのよ!)


 アスカの頬を大粒の涙がつたう。声を出して、人目もはばからず泣き続ける。

 昔、本で読んだ事がある。

 魔王は勇者と対峙すると自らの死を悟るらしい。そして、世界の半分を与えるだとか、一緒に世界の全てを征服しよう。とか、決まって魔王は延命行為をとるらしい。

 だけど、勇者は全てを断って魔王を討つのだ。

 一見して魔王の無駄な行為。使い古された誰もが知り尽くしたストーリー。


 (アンタなの? 魔王を討つのは勇者の仕事でしょ!? それを勝手にアンタが片付けて、勝手に死ぬなんてどうかしてる!!)


 そう、勘違いをしてはいけない。

 ーー彼。キリ=ロザリオは勇者ではない。

 魔王の息子である事を除けば、普通の少年。

 だからこそ、アスカは勇者の真似事をして魔王であったルシフェルと一緒にこの世界から消え失せたキリを許せない。


 (もし、勇者なら……。生きて、笑った顔で私達に終わった事を教えてよ! キリ!!)


 どうしようもない心の叫びがアスカの中を駆け巡る。



 ◇◆◇◆


 「その昔、世界は一度だけ崩壊の危機に直面した」

 

 祭壇の前に立ったキリの母親はそでから短刀を取り出すと、自分の指先にプツリと切れ込みを入れる。

 その華麗な指先から、赤い血が滴り落ちる。

 

 「そして、世界を統べていた王は状況打破の為に十字教徒をありったけ集めて身を守る術式を構築した」


 血で濡れた指先を壇上につけ、何やら文字を書き込んでいく。


 「その時に発動した魔法『王滅護封式おうめつごふうしき』といってね、王とその世界を守る術なの」


 ーーだけど。と彼女は静かに呟き。


 「王だけを守るのは何事だ! って異を唱えたのがロザリオ家なの。それにロザリオ家は、当時、世界有数の魔法師団だったから影響力が強くてね王族から嫌われていたの」


 「それが秘伝術式と関係してるのか?」


 「相変わらず勘が良いわね。だけどちょっと違うわ」


 母親はどこかしら楽しそうに見える。

 口調も生き別れた時とはちょっと違うように感じる。


 「結果、王は民衆も含めた全世界を守る事にし、世界は無事に救われた。だけど、ロザリオ家と王族には確執が生まれた」


 「…………」


 「王族はロザリオ家に対して断罪を行い、我が種族を滅ぼそうとした。この秘伝術式は万が一、ロザリオ一族が断絶しそうになった時に発動するものなの。いわゆる断罪に向けて、一種の保険ってとこね」


 全ての準備が終わったのか母は祭壇から身を引く。


 「さっ、お話はここまでかな? もう私も時間がないし始めるね」


 「始めるって何を?」


 「もう! あなたを生き返らせるのよ。ロザリオは絶えてはいけない種族だから、この世界の道理を外れた禁忌魔法でね」


 生き返る!? 突然、提示された現世への帰還。

 ただ、キリは素直に頷けなかった。


 「駄目だよ……俺が生き返るなんて事は」


 「あら? どうして?」


 「そもそも俺は魔王の力を有した化け物だよ。そんな人間が生き返ったとしても……」


 「迫害、追放、拒絶。そんな感情が向けられるから現世には帰りたくないと」


 母は、キリの思いを読み取ったのか、キリの言葉を被せるように話す。


 「だけど、ロザリオは絶えてはいけない種族。重荷を背負わせるようだけど、アナタには耐えて欲しい」


 それを聞いたキリは、ぐっと手を握りしめた。

 本当は言いたくない。生き別れる前まで慈愛を持って育てくれた実の母親にこんな言葉はかけたくない。

 だが、抑えられなかった。


 「…………っざけんな」


 「キリ?」


 「ふざけんな! 誰を思って、俺がアイツを魔王を倒したと思ってるんだよ! 世界が滅ぶかも知れないから、母さんの仇を討つとか、こっちは必死に考えて行動したのに急に『生き返りましょうか』なんて言われてハイそうですか。なんて、なるわけないだろう」


 「ーー!? 母さんはアナタの事もちゃんと考えて」


 「うるせぇよ! 大体、俺の事なんて考えてねぇだろうが。さっきの話だって全部、ロザリオ家の為じゃねぇのかよ!?」


 かなり怒鳴り散らしたと思う。だけど、今の母親は全てがロザリオ家の為に行動していて、キリの思いを汲み取ってはいない。


 「だから、もういいんだよ。俺は役目を終えたんだよ」


 「…………」


 「もういいだろ母さん。終わったんだよ、ロザリオ家も魔王も全てが」


 もしかしたらそれは願望かもしれない。

 しかし、それぐらいの対価があっても良いと思う。魔王を倒し、世界を襲う災厄から救った。僅かなご褒美。


 「だから、だから俺は生き返ーー」


 「黙れよ小僧」


 不気味にまで変わった低い声が、キリの思いを乗せた訴えが遮られる。


 「せっかく母親に化けて穏便に済まそうとしたのに台無しじゃねぇの。なあ、キリよ」


 誰だ!? 先ほどまで居たのは華麗な女性、キリの母親だったはずだが今は違う。

 なにより性別が変わっている。

 綺麗な黒髪は面影もなく坊主頭に縦十字の傷。

 鍛えぬかれたその肉体は岩のように硬い。さらには対峙した者の胃を抉るような鋭い視線が、さっきと全く違う。


 「キャンキャンうるせぇ小僧だよ。とっとと現実世界に帰りやがれ」


 そう言って男は祭壇の前に立つと詠唱を始める。

 猛々しい声が白いスペースに響く。

 キリが必死になかって止めようとするが、捕縛術式でも仕掛けられたのだろうか、身動き一つ取れない。


 「テメェ、何者だよ。人の母親に成り済まして俺を現世に返そうとしやがって」


 男は何も言わない。

 ただ、術式の完成を目指しているだけだった。

 祭壇から放つ赤い光がキリの体を包む。


 (ーーヤバい、このままだと何も知らずに現世へ帰っちまう)


 突如として現れた男によって帰らされる。

 抗う事も出来ずに、ただ立ち尽くす。

 光が体をむしばんでいき、遂に視界が暗転した。


 「ああ、最後に教えてやるよ。俺は魔ーー」


 転生が終わり、男の言葉が途切れた。



 ◇◆◇◆


 魔王の城ーー広間。

 爆発の跡地に膝をついてたたずむアスカと、それを見守るサラとロンの三人だけになっていた。

 他の連中は、既に副隊長としてサラが撤退命令を出したため、この場には居なかった。


 「……アスカちゃん、もう帰ろ? きっと大丈夫だよアイツならいつの間にかランザーク城下に帰ってるかもよ」


 「…………」


 「ほら、立って。私だって一緒に居て、キリが居なくなった時があったけど、また会えたから」


 本当はアスカもサラも分かっている。

 魔王を倒した少年、キリ=ロザリオが帰ってこない事は。

 だけど、こう言わなければ心が砕けてしまう気がしたから……。


 「ね、皆で帰って勝った宴でもしようよ」


 「ありがとう……サラさん」


 二人が手を取り合い立ち上がる。

 最後にキリが使っていた赤剣を回収しようとしたその時だった。

 赤く輝きを放った光が、アスカとサラの目の前に現れた。

 

 「ーーーー!?」


 光が飛散する。

 出てきたのは彼女達が待ち望んだ金髪頭の少年。


 「……キ、キリ!!」


 「アスカ! つー事はここは現ーー!」


 被さるようにアスカが飛びつく。

 関係なさそうなロンやサラでさえも、同じようにキリに飛びかかる。


 「良かったです! キリさん! 生きてて良かっですよ!!」


 「ちょっとロン!? アンタが一番、泣き出してどうするのよ」


 「サラさんだって泣いてるじゃないですかぁ」


 「な、泣いてない!」


 なにやら賑やかだな。とキリは思う。

 ただ、全員が乗っているので、帰って来たとたんに死にそうな圧力がかかる。


 「でも、どうやって戻ってきたのよ」


 泣きじゃくりながらアスカは問う。

 当然と言えば当然か……。死んだはずの人物が蘇るなんておとぎ話の世界にしかない事だ。


 「えーと、どこから説明しようか」


 ロザリオ秘伝術式で見知らぬ男によって強制送還されました。なんて事は伏せた方が良いのだが、それでは説明しようが無い。

 不意に背後からカツンと音が聞こえた。


 「それについては儂が後々話そう」


 現れたのは、しわくちゃな顔をした小さな老人。

 だけど、キリは知っている。

 あの老人は龍騎兵団の本拠地から南に外れたボロ小屋に住んでいた人だ。


 「なんで、ここに……」


 「これまた、『なんで』とは不粋だな」


 ケタケタと笑う老人はどこに隠していたのか、小屋で見せてくれた石板をキリ達の前に放り出す。


 「お前が戻ってくるのは必然だった。石板にも記されておる」


 半ば強引な説明だと思う。

 だが、アスカ達を納得させるには少しだけ効果があるのだろう。

 老人は彼女達を外に向かって追い出すかのように背中を押していく。


 「ほれ、お前もとっと出ていかんか」


 「ちょ、ちょっと待ってくれよ。アンタは一体、何を知ってるんだよ」


 「あとで話してやるからな。まずはランザーク城下に戻るが先決じゃ」


 そう言って老人はキリを広間から追い出す。


 「行ったか……」


 ため息混じりにそう言うと、落ちていた石板を叩き潰した。まるで証拠隠滅を図るように。


 『ハッハー♪ おじいちゃんたら大胆で強引だね』


 どこからか声がする。まるで、子供の様な声。

 老人は声の主が分かっていたのか背後を振り返る。

 そこには死に体だったはずのランザーク第三王子が佇んでいた。

 だが、瞳には光が帯びておらず、手足もダラリと垂れ下がったようにブラブラしている。

 まるで体に糸をつけて操っているような人形みたいな姿。


 「黙れ、こうでもせんとお前が暴れるだろう?」


 『いや~それは邪推だよ。僕は何もしないよ』


 「ふん。死体の残留思念を乗っ取る化け物が何を言うか」


 『ふふ、しかし面白かったよ彼ら。まるで劇のように話が進むんだからさ』


 「それは楽しいだろうよ。お前が作った自作自演オリジナルストーリーならな」


 万が一、この二人の会話を聞いていた者がいれば驚いただろう。

 老人はあくまで楽しそうに語る遠方にいる術者が、例え周りに人が居たとしても、今と同じように笑っているのが安易に想像できる。


 『そんな事ないよ。それに最後だって物語パズル主役ピースが欠けそうになったけど思いがけない妨害があって、彼は助かったしね』


 あくまでにこやかに話す。

 

 『じゃあ、あとはヨロシクね! 僕は時間だから帰るよ』


 「ああ、上手くやっておく」


 バイバイと死体を操って手を振る。

 異形な光景だが、彼らはまるで日常茶飯事のように言葉を交わす。


 『ああ、最後に一つだけ』


 「なんじゃ? まだ用か」


 『いやね、"世界の災厄"なんて嘘ついて彼を殺そうとするのやめてね。最後の妨害で彼が死ななかったから良いけどサ』


 最後に聞いた声はゾワリと老人の背筋を凍せるほど、充分な殺気を含んでいた。

 しかし、直ぐに殺気は消え失せ、死体は無惨にもその場に転げ落ちた。


 「なんでも思い通りに行くと思うなよ。ルベルク=ロザリオ…………」


 その言葉は広間だけが聞いていた。 

第一章  〈了〉

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