人間界への逃亡
父親との小競り合いの後、二階にある自室に戻ったキリは、最低限必要な物をまとめ、家を出る準備を進める。
何より母親を殺した相手と同じ屋根の下に暮らしている事自体に、酷い嫌悪感と母親に対する罪悪感が強く、いつかこの家を出るつもりだった。
(ここに居たら仇を討つどころか、魔王として生きていく事になる……)
幸い父親や世話役のアスタロは会議があるらしくこの場に居ない。家には最近になって雇い入れた数人の従者のみ。
(――チャンスだ)
家を出る事がばれれば、魔王である父親はキリを強引にでも引き留めるだろう。
そうなれば監獄にでもぶちこまれて一生を終えるかもしれない。
そんな人生は誰だって嫌だろうし、自分自身がそんなクソッタレな人生は御免だ。
木製の扉。そのちょうど真ん中に付けられたドアノブを握り締め、ゆっくりと音を立てずに開ける。
息を押し殺し、ゆったりとしたカーブを描く階段のスロープを掴み、一階へと従者達の目を掻い潜り、そして無事にバレる事なく家を脱した。
時刻は昼を過ぎたばかり。明るい内に出来るだけ父親の手が及ばない所に逃げるしかない。
では、どこに逃げるか?
キリは人間でもあり魔族でもある。
ならば選択肢は一つ。人間界に逃げ込む事。
魔界と対をなす世界でもある土地に行けば何とかなるだろう。
ただし仮にもキリは魔族。しかも、魔王の息子であることが発覚すれば、そこからも追い出されたら最早、キリにとっての逃げ場は無いに等しい。
だが、それでも人間界に行くしかない。
この世界で魔王に対抗し続ける人間と共に、こちらに再び戻ってきた時、魔王を討ち取って母親の仇を取り、少しでも変わった未来が、この先にあると信じ突き進むしかないのだから……。