グラントール市解放戦①
翌日の朝。
この宿には恒例なのか、朝食の匂いが、キリの部屋全体にたちこむ。
キリはベッドから起き上がる。
調子は悪くない。
右手を無造作に開閉させ、体の状態を確かめると身支度を整えて、食堂へと向かう。
「…………………………………………………………」
階段を降りる歩調がほんの少しだけ心もとなく聞こえる。
あれから一晩。何故、自分に魔王としての力が存在するのか、キリは自問自答を繰り返し考えていた。いや、考えた所で、答えは出なかった。
『なぜ』という事だけが、頭の中をめぐり、答えが出ない気がしたので、そのまま寝てしまった。
(ちっ。まあ、なるようになるか?)
疑念に囚われた気分を一新する為にも、と急いで一階に降り立ち食堂へと向かう。
すでに食堂には、宿泊客がまばらに座っていた。
とりあえず空いていた席を確保して、宿の従業員に軽めの朝食として、トーストと目覚ましがわりの冷たいコーヒーを注文する。
(今日から遂に、エリア1のグラントール市に向かうんだよな……)
あのあと、ルシフェルから手紙が届き、(しかも深夜に)義勇軍が向かった先、エリア1『グラントール市』で軍が全滅した事が、キリには伝えられていた。
(早く広場に行って、第二次の義勇軍と合流しないと)
本来なら、単独で挑んだ方が正体が知られるリスクを避けられるから都合がいいのだが、ルシフェルから強制的に軍に同行するように。
そう指示書にも記されていたので、今回は単独では挑めなくなっていた。
キリはそそくさと、トーストを食べ終え、コーヒーでそれを流し込む。
(よし! 行くか)
キリが席を立ち上がった瞬間、寝ぼけながら食堂に降りてきた、黒髪ショートの少女と目があった。
そう言えばアスカに意識が戻った事、伝えたっけ?
そんなキリの疑問に答えるべくして、アスカの鉄拳が放たれた。
しかも手のひらではなく拳でーー。
「で、私に何か言うことは無いわけ?」
アスカは席に座って朝食の注文をする。しかも大分、毒々しい物言いだ。
「いや、俺も感謝やお礼の言葉をしようと思ってたんですけど、その……色々ありまして……」
アスカはふたたび拳を振りかぶって、キリの頭頂に二発目を叩き込もうとする。
「うわぁ、ちょっと待ってくださいよ。けっしてアスカの事を忘れていたわけじゃ、ございません」
キリは素早く土下座モードに移行しようとする。
ふん! とアスカはそっぽをむいて、運ばれてきたタマゴサンドとコーヒーを受け取る。
「もう、怒ってませんか?」
キリがそっと顔を上げアスカの顔をうかがう。
そんなキリの挙動を見て、アスカは思いっきり机を叩いた。
「そんな簡単におさまるか!! こっちは心配しまくってたのに、勝手に起きて声もかけずに、どこか行こうとしやがって!!」
キリは再び頭を下げ、土下座モードに。
「で、どうなのよ体の調子は?」
アスカはタマゴサンドを頬ばりながら、キリの状態を聞いてきた。
なんだかんだで、アスカは優しいのだ。
「ああ、大丈夫だよ。体も動くようになったし」
「そう……ならいいんだけど。それより何よそれ? その変な首飾り?」
アスカはキリの首飾りを指を指す。
「えっと……これはお守り的なやつかな?」
「はあ?」
「ほら市場に売ってるんだよ。たまにけど……」
魔王であることは知られてはならない。そう自分で決めていたキリは、水晶本来の用途を彼女に教える事だけは、絶対にしなかった。
ーーばからしい。と彼女は興味が失せたのか、首飾りから視線を外し、冷たいコーヒーに大量のミルクと砂糖を投入する。
もはやコーヒーではないと思う。甘い汁だよソレ。
しかし、キリは思いを口にせず、彼女を見守る。
「で、あなたはこれからどこへ、何しに行くつもりだったのよ」
アスカはコーヒー(ミルク、砂糖大量入り)を口に含みながら聞いてきた。
「えっと……広場に行ってエリア1の解放戦に参加しようと思ってたんですけど」
「それなら、尚更、わたしに声をかけろバカ!」
アスカはコーヒーをぐいっと飲み干すと、さっさと勘定をすまし、一人で行こうとした下手人キリの手を掴んで外へと連れていく。
広場に着いた二人は、広場に広がるその光景に、驚愕した。
あまりに少ない人数。
広場には約二十人ほど解放戦に参加する人が集まっていた。
(前回の全滅があったとはいえたった二十人か……)
恐らく、今回も失敗すれば義勇軍に参加する者は次回からほぼ、皆無になるだろう。
そんな予測まで立てられる雰囲気が漂っている。
「少ないわね」
アスカも雰囲気を感じとったのか、その手に力がこもったように見えた。
「揃ったようだな」
集まった人達の前に、白髪ニコチン中毒男が現れる。
「ルシフェル、あんたも来るのかよ?」
キリは巨大な盾とランスで武装した、第一大隊隊長のルシフェルに近く。
「今回ばかりは俺も参加しなくちゃならないし、何より今回、義勇軍の指揮は俺がとるしな」
ルシフェルはそう言い残し、壇上に上がると集まった人達に出発前の挨拶を行う。
「今回、総指揮を務めるのはこの私、王朝軍第一大隊大隊のルシフェル=ランドルクだ。よろしく諸君達」
集まった人達は静まり返り、広場は静寂と化す。
アスカは壇上に上がったルシフェルの正体を知らなかったのか、「隊長だったの?」と、驚きの表情を浮かべている。
「さて、諸君たちの知っての通り、前回の解放戦では義勇軍、並びに王朝軍までもが、全滅してしまった」
ざわり。と広場に動揺が走る。
事前に知っていたとしても、流石に動揺するのを抑える事は出来ないのだろう。
「だが、我々が恐れ、退くときは人類の敗北を示す。恐れるな! 我々が諦めないかぎり、勝利は必ず我々にやってくる! すべては解放の為に!」
決意の声明に、広場に集まった彼らは、死地へと向かう勇敢な戦士達に豹変し、猛々しい声で溢れた。
「行こっか」
アスカがキリの手を引いて、彼らのあとに続き、城下をあとにする。
◇◆◇◆
ーーグラントール市
ランザーク城から西に位置する商業都市で、ここが最初に解放すべきというのが、上層部や王族といった連中の意向らしい。
そのためには、グラントール市へ向かう道中にある、『ベルクの森』を抜けなければならなかった。
「二人ともすまなかったな」
隣を歩くランス装備に身を包むルシフェルは、二人、並んで歩くキリとアスカに声をかける。
「いえ、誰がしなくちゃいけない事ですから」
アスカは気丈に振る舞い、ルシフェルに言葉を返す。
キリはルシフェルにある疑問をぶつける。
「あんた、本当に勝算があってこの解放戦を決めたのかよ? 前回は五千人で挑んで、全滅したのに今回は二十人だぞ」
「ああ、大丈夫だよ。何せ、初日に広場で暴れたお前さんとお嬢さんがいるからな」
「答えになってねぇよ」
キリはルシフェルを睨み付ける。
正式な軍隊ならあり得ない光景だが、キリとアスカは広場で力を見せた際に、同行する連中から一目置かれているのか、何も言われない。
「それと何で、すぐ迷子になりそうな、あんたまでいるんだよ」
キリは後ろから追従する、赤いフードコートをきた少女に視線をむける。
「な、迷子じゃない! それに私だって第一大隊に所属してるんだからいいでしょ」
「そうよ。キリよりサラさんの方が戦力になるんだからね」
アスカはサラの背後に回りサラを擁護する。
「はいはい、せいぜい迷子になるなよ」
「な……! あれはたまたまって、言ってるーー」
その時、サラの言葉が途切れ、真面目な顔でルシフェルに報告する。
「隊長、前方より敵の魔力を確認。距離は二百。数は三十前後です」
サラは重要な事だけをルシフェルに素早く伝える。
「よし、総員迎撃態勢に入れ。くるのは一瞬だぞ」
キリは魔法で黒剣を出現させ、中段に構える。
「敵魔族、接触までのカウントダウンを始めます! 3、2、1。来ます!」
木々が激しく揺れると、現れたのは背に羽を生やし天狗のような顔立ちで、手には武器と思われる出刃包丁を握った全身が真っ青な魔物だった。
キリは空に垂直に飛び上がり剣を真横に振るい魔物を真っ二つに切り裂く。
先手必勝!!
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉ」
雄叫びとともに剣を右から左へ真横に振るい上から思いっきり叩き込む。
魔物は出刃包丁を縦に持ち変え、正面に構え直し、キリの初撃を受け止める。
ーーガキィィィ。と金属音がなり響き、火花が地上へと飛散する。
恐らく、魔術でコーティングしているのだろうか。出刃包丁は剣で叩かれても折れず、形を保っている。
ーーこれならどうだよ。
キリは素早い突きを連続して魔物に与える。
もちろん魔物も出刃包丁で受け止めるため、あまり効果はない。
たが、数撃与えた所で剣を上に払う。
相手の出刃包丁が勢い余って手から放りだされる。
隙が出来た胴に力一杯の斬撃を加え、止めを刺した。
「ウゴゴォォォォ」
最後に叫びを残し、地面に向かって落ちていった。
アスカや他の連中も、次々に魔物を撃退してゆく。次第に魔物の数は減っていき、数分後には全て撃退していた。
「いぇーい初勝利!」
地上に降りたキリをアスカはハイタッチで出迎える。
「あなた達って本当に強かったんだ……」
サラは二人に対して驚きの声と表情で近づいてきた。
「なんだよ、俺らがこんな所で死ぬわけないだろ」
キリは黒剣を戻しポケットから水が入ったペットボトルを取りだし口に含む。
「この分だとグラントール市には昼過ぎには着くんじゃねーか?」
「いや、恐らくだが、今回の魔物は偵察が目的の下等種族だろうな」
横合いからルシフェルが声をかける。この男は魔物には容赦がないのか(容赦していては駄目なのだが)、出刃包丁を盾で吹き飛ばした後、ランスでひとつきにし、戦闘時間がほとんど皆無と言っていい速さだった。
「早くグラントール市に向かおう。長く森に滞在すれば奇襲をかけられるからな」
ルシフェルは部隊を集め、進軍命令をだす。
「私達もいきましょ」
サラは二人に声をかけキリ達は後を追う。
その背後で息づく魔物の気配に三人が気づくことはなかった。




