キリという人間
月明かりが窓から差し込み、部屋をほんのりと照らす。
窓際のベッドに寝ているキリは、ゆっくりと瞼を開け、視界を確保しようとする。
だが、視界はぼやけ、遠近感がはっきりとせず、分かりにくい。
(こ、ここは…………)
ベッドからゆっくりと起きようにも、力が入りにくい。キリの手は震え、体がふらつく。ベッドから起きるのも一苦労だ。
部屋を見渡すと、どうやら宿泊していた部屋に戻って来たらしい。今は、そう判断するのが精一杯だった。
「よお、目が覚めたかい?」
部屋の中でも一番暗い所から、声が聞こえてくる。
「…………誰だ」
キリは暗い部屋に浮かぶ、小さな赤い光が、見え隠れする方角へ言葉を投げかける。
近づいてきた白髪の男は、煙草を吸いながら答える。
どうやら、先ほどの赤い光は煙草の先端部分だった。
「ランザーク王朝軍、第一大隊隊長のルシフェル=ランドルクだ。よろしくな」
ルシフェルと名乗った男は吸い終わった煙草を手で握りしめ、ポケットに入れる。
「今回起きた国立図書館での魔力暴走事件。それについてお前さんに話があってな。それで、お前さんが、目覚めるのを待ってたのよ」
ルシフェルは近くにあった椅子に座り、二本目の煙草をとりだす。
「最初に図書館でお前が使った魔力。あれは魔王としての魔力だよ」
キリは魔王という単語に驚愕する。しかも魔族や魔王だということは、キリが人間界で生きていく上で、知られてはならないタブーなのだから。
病み上がりの体に精一杯力をこめ、この男を殺して、口封じをしようとする。
「お前さんの正体をばらすなら、とっくにやってるよ」
キリの挙動から思考を読みとったのか、ルシフェルは片手でキリを制する。
「なんで俺が魔族……いや魔王の息子だと分かった?」
キリは警戒の目をむける。
ルシフェルは自分の頭を指をトントンと叩くと。
「魔族と人間のハーフって人種は、全員もれなく金髪になるんだよ。現に、ここランザーク城下には五百人ほどの魔族ハーフが在住してるよ」
ルシフェルは口から勢いよく、煙草から出る白煙を惜しみもなく、外に排出する。
「まあ、城下全体としては一割にも満たんがな」
「五百人にも…………」
キリは少なくとも同じ人が、この世界にいるとは考えた事もなかった。
「で、ここからが本題なんだがな。キリ、お前さんの体には魔王としての力が、半分以上を宿している。そして、その力にお前さんが囚われたら、魔王となってしまう」
魔王になってしまうだと……。
この男は何を言っている?キリはルシフェルが言っていることが理解出来ない。
ルシフェルは茫然自失となっているキリにむかって、水晶が埋め込まれた首飾りを投げ渡す。
水晶の中は白と黒で、ちょうど半々に彩られていた。
「これは……?」
キリは渡された水晶に視線を落とす。
「魔力測定器を俺が改良したもんだ。黒が魔王、白が人間としての魔力だと思ってくれて構わない」
ルシフェルは早くも三本目の煙草に火をつける。
「その水晶が黒に染まった時、お前さんは第二の魔王としてこの世界に誕生する。この事だけは頭に入れておいてくれ」
「染まるって……。じゃあ、俺はどうしたら染まるのを止められるんだよ?」
「ある特定の感情を避ければ、何の問題も無いよ」
「その感情は?」
キリは持っていた水晶から目を離す。
「憎悪だよ。憎しみや怒り。といった感情が、心を支配すると魔王の力が発動し、最後には心と身体が、完全に魔王となる」
「……………………」
あの時、国立図書館で見た本が、キリの憎悪という感情を掻き立て、それが魔力暴走事件へとつながった。
「でも、なんで俺に魔王の力が存在するんだよ!?」
「さあな。それは恐らく、お前という人間に楔を打ち込みたかった。からじゃねーのか?」
「は? 楔を打ち込む?」
「もしお前さんが魔王に変わった時に、うっかり人間界にいました。じゃあ、洒落にならん。そのまま討たれて魔族が滅ぶからな」
この俺に死なれては困るだと……?
そんなことを、あのクソッタレな魔王である父親は考えていたのか?
「まあ俺からの話はこれだけだ。あとはどうするかは、お前さんが決める事だしな」
そう言うと、ルシフェルは立ち上がり、部屋をあとにしようとする。
「待ってくれ! あんたはこんな事まで知ってるのは何故だ! 一体、何者なんだ?」
ルシフェルはドアの前で立ち止まり。
「それは俺もお前と同じ魔族だからだよ」
ルシフェルはそう言い残し部屋を出て行った。
(俺が魔王…………)
未だに受け入れがたい事実。
キリは己が魔王。という衝撃の事実を飲み込む事が出来なかった。




