序章
どっぷりと深い闇が広がる巨大な部屋。
太陽の光が一つとして射し込まず、部屋を支える無数の柱に吊るされた魔灯の光が、部屋の輪郭を露にする。
恐ろしいほどその部屋は広く、白で統一された石畳が敷き詰められていた。天井は吹き抜けになっているがそれより先は暗闇に包まれていて見る事は叶わない。
『グォォォォォォォォ』
そんな部屋の中心で、低く重々しい声を上げているのは巨大な牛人だった。
短い白髪から突き出ているのは、黄色い巻き角。顔は人だが、時折、意識が飛んでいるのか、鮮黄色の瞳は焦点が合っておらず、呆けるように開いている口からはポタポタとよだれが滴っている。
全身は深い青色をしており、鍛えぬかれた屈強な肉体を、惜しみもなく晒し、人の倍以上ある大きな刀を握っていた。
不気味なまでの空気を纏うその青い牛人を中心に、剣や槍、弓矢等で武装した三十人近い人間が、包囲網を築いていた。
しばらくの沈黙。
すると、青い牛人と対峙していた一人の金髪頭の少年が、突如、疾駆の如く広い部屋を走り、巨大な牛人との開いた距離を一気にゼロにする。
ダンッ! と勢いよく石畳の地面を蹴り、垂直に飛び上がった。
身に付けていた黒いコートを翻し、背中から一本の剣を抜く。
金髪頭の少年は、持てる力を全て込め、剣を真横へと薙ぎ払う。
「はあぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
『グブォォォ』
互いに叫び、巨大な牛人の持つ大きな刀と、少年の持つ剣が同時にぶつかり、甲高い音とともに大量の火花が舞う。
明らかに力の差があり、斬りかかった少年の方が、地面へ吹き飛ばされる。
両手両足、体幹を駆使し、空中でなんとか姿勢を正しながら、
「アスカ、俺がもう一度突っ込むから援護してくれ!!」
「了解!」
と、少年は着地と同時に、後ろに控えていた華奢な体つきをした少女の名前を叫ぶ。
アスカと呼ばれた少女は、背中にある鞘から剣を取りだし、巨人の足元へと斬りかかる。
しかし、
ガキィィィ。と斬りかかったアスカの剣は巨人の大刀によって防がれ、勢い余ってその手から剣がこぼれ落ちた。
『グォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!』
その隙を巨大な牛人は見逃さない。
大きな刀を水平に構え、雄叫びとともに、鋭い打突を繰り出す。
見開かれた瞳に写るのは己を一撃で葬る事のできる必殺の剣舞。
だが、アスカはその瞳を決して閉じない。
なぜなら、
「おい、余所見してんじゃねえよ」
アスカと牛人の一連のやり取り。その隙を突き、金髪頭の少年が、牛人の背後に回り込み、その分厚い胸板を背中から突き抜こうとしていたから。
「これで終わりだーー!!」
渾身の力を込め、とどめを刺しにいく。
石畳を力一杯蹴り飛ばし、剣先を牛人に向けて勢いよく飛ぶ。まるで全身を槍に見立てたように。
突き出された少年の剣撃。だが、牛人は回避行動をとるには不利な体勢にも関わらず、真横に飛び、すんでのところで少年の攻撃を回避する。
まさに、絶対的な筋肉質量に任せた回避行動。
「ーーーー!?」
空振りに終わった刺突は、牛人の隣を通り過ぎ、少年は中空を舞う。まるでスローモーションのように、地面へと向かう時間が延々と続くかのように遅く感じられた。
「ブオォォォォォォ!」
少年の体が再び地面へと着地する事を許さぬよう、牛人は手に持つ大刀を、まるで裏拳のように振るい、身動きのとれない少年の体が真一文字に切り裂かれた。
「キ、キリーーーー!!」
キリと呼ばれた金髪頭の少年の体は、牛人の持つ巨大な刀によって真横に一閃され、傷口から血が大量に吹き出す。
血が流れ過ぎたのか、キリの視界が大きく揺らぐ。
体が空に浮いている途中だからなのか、上下左右の方向感覚が狂っている。
(勝てねぇ、勝たなくちゃならないのに……)
自責と後悔する気持ちが体の隅々に流れるのを感じ、そこでキリの視界は真っ黒に染まった。
全ては『あの日』に遡る。